弱聴の逃亡日記「ホテル探し」
国道4号線に入り、辺りの景色は田畑が広がる平地の中に、時折商業施設が並ぶ区間が出現するといった様相に変わった。
弱聴は気が沈んだまま、足を引きずるように歩いていた。
いつの間にか太陽は完全に沈み、遠くの峰まで見えていた景色は黒く塗られ、外灯で照らされた4号線とその周辺の建物だけが光を放ち闇の中に浮かび上がる。
そろそろ今日の寝る場所を探さなければならない。けれど昨日の凍える野宿を思い出すと…今日はとても野宿をする気になれない。出来ればホテルに泊まりたい。そして風呂に入りたい!
しかしそのホテルを探すのが一苦労なのだ。普段だったらスマホで検索してすぐ見つけ出せるのに、今の弱聴にはスマホが無い。自力で見つけ出すか、人に聞くしか無いのだ。
(中略)
通りかかった大型スーパーマーケットに入り、ホテルの場所を尋ねてみる。今度は先ほどのような失敗は繰り返さないよう、言葉を選んで尋ねる。
「すいません、道をお尋ねしたいのですが。今、栃木方面に向かって4号線を北上しているんですが、ホテルを探していまして、4号線沿いに宿泊施設はありますか?」
「4号線沿いのホテルですと…」
やった! 今度はちゃんと通じたようだ。
「栃木方面に4号をずっと行くと幸手ICがあるんですけど、そこをさらに進むと○○ホテルというビジネスホテルがありますよ」
「ここからどのくらいありますか?」
「そうですね、車でだいたい15分くらいかしら」
「車じゃなくて」と言いかけて、急に恥ずかしくなって辞めた。お礼を言って店を出る。
店員さんが当然のように「車で」と答えてくれたのも納得できる。
ここは田畑の一角に建てられた国道沿いの大型スーパー。店の正面には広い駐車場が設けられ、その3分の2は車で埋まっている。客の大半は車で来ているはずだ。それに「栃木方面に四号線を北上している」と言えば、車で移動していると思われて当然だろう。
「車じゃなくて歩いて移動しているんですよ」と言うこともできただろうが、弱聴にはその勇気が無かった。変な目で見られたり、深く詮索されるのが怖いのだ。道を尋ねるのだって本当はやりたくない。ちぐはぐな格好に大荷物を持って疲れた顔で道を尋ねる弱聴を人はどう思うか――そう考えるだけで恥ずかしくて逃げ出したくなる。
とにかく、4号線にホテルがあることと、そのホテルの名前が分かった。あとはひたすらホテルを目指して歩けばいい。車で15分は徒歩で何時間だろう? とりあえず歩いてみる。
道路沿いの商業施設の数がだんだん増えてくる。
パチンコ屋、車屋、全国チェーンの飲食店、大型ショッピングモール。
またパチンコ屋、飲食店、ショッピングモール――店名は違えど同じような施設が繰り返し現れる。
幸手市に入っても、またパチンコ屋、また飲食店、またショッピングモール――
「いつになったらホテルが出てくるんだ? ホテルはどこにあるんだ! 車で15分って、もうそのくらいの距離は歩いたんじゃない? まだ着かないの?」
だんだんイライラしてきた。もしかして店員さんに騙されたのではないか? もしくはホテルが潰れて無くなっているとか? とホテルの存在まで疑い始めた。
車通りの絶えない主要道路に賑わう店々。すぐそばに人の気配があるのに、歩道の上には弱聴しかいない。
体のあちこちが痛んできた。特に足の裏は地面と触れる度に痛みが走る。
とうとう耐えきれなり歩道のコンクリートブロックに座り込んだ。靴を脱いでみると足の裏全体が赤く腫れ上がり、あちこちにマメが出来ていた。
醜く腫れあがった自分の足を見てため息をつく。治療をするにも道具がない。
仕方なくそのまま靴を履き直そうとするが、パンパンに腫れた足を靴に収めようとすると締め付けられる痛みで立つこともままならない。靴紐を緩めて踵を踏みつぶしスリッパ履きにすることでどうにか歩くことができた。
少し歩いては休憩して、また歩いてはすぐ立ち止まって――その間に何台もの車が通り過ぎて行く。
今すぐにでもベッドに横になりたい。横になって足を地面から離したい。足を自分の体重から解放してやりたい。ホテルはまだなのか?
スマホがあればホテルの正確な位置が分かって現在地からの距離が分かるのに。
弱聴は急にスマホが恋しくなってきた。
やっぱりスマホを持ってくるべきだっただろうか?
いやいや、そんなことをしたら着信が鳴る度に「旅、やめちゃおうかな」なんて心が揺れ動いてしまうに違いない。たとえ電話やメールを無視しても、不在着信や未読メッセージの通知を見る度に惑わされてしまうだろう。
それにスマホを手放さずに完璧な逃亡は成しえないと弱聴は考えていた。というのも以前、こんな事件があった。
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この間まで「憧れの野宿」とか言ってた癖に、結局ホテルに泊まるんかい。
と、自分でもツッコミを入れたくなる。
でもね、野宿してからのホテルはマジで感動します!
そのエピソードは後ほど。