弱聴の逃亡日記「計画 その1」

2017年11月23日 逃亡1日目

 弱聴は玄関を出て、大きく深呼吸した。
 空は雲一つない快晴。正に天気も祝う出発日和。
(中略)
 とても気分が良かった。
 以前から歩いて旅することに憧れていた。社会人になってまさかこの夢が実現できる日が来るなんて思ってもみなかった。
 なんて浮かれている場合か、弱聴! 仕事はどうした? 今日はたまたま休みだが、明日から普通に出勤するはずだったではないか。
 思い立ったのが昨日で、勢いで飛び出したが今日。事前に休暇を取っていたはずもなく、何日掛かるか分からない旅に出発してしまった弱聴。明日の仕事はおろか、何日休むことになるか。これは社会人として許されざる行為だ。

 突然の長期休暇となると――病気、もしくは失踪――そう思われてもおかしくないだろう。
 あながち間違いでもない。弱聴自身、失踪したかったのかもしれない。

 ともかく、こういった突飛な旅行は初めてなので、なるべく周囲の人に迷惑や心配をかけず、なおかつ旅を邪魔されないよう、弱聴は計画を立てた。その計画を話しておこう。

 まず会社と家族にメールをする。
(会社の上司宛て)「実家で静養したいので数日間休みをください」
(家族宛て)「会社に休みをもらった。途中下車の旅をしながらゆっくり実家に帰る予定」
 普段なら電話で伝える内容だが、詳しいことを聞かれると面倒なので、ここはあえてメールにした。
 次に、スマホを家に置いて出発する。スマホを持っていくと充電の心配が出てくる。それに失踪したのにいつでも誰とでも連絡がつくようでは話にならない。
 ここで肝心なのはスマホを充電満タン、電源オンにしておくこと。下手に電源を切っておくと電話が繋がらないので怪しまれる。電源を入れておけば電話は通じるのでさほど怪しまれない。
 そのうちメールを読んだ上司が連絡をしてくるだろう。
(会社の上司)「実家で静養? どうしたんだろう? 電話してみよう」
 しかしその頃すでに弱聴は家を出ており、持ち主に置いて行かれたスマホはテーブルの上で独りブルブルと鳴り、
(会社の上司)「…あれ、電話出ないな。とりあえず留守伝を入れて、あっちから連絡がくるのを待とう」となる。
 家族も「観光しながら帰ってくるのね。メール送ったけど返事が返って来ないわねぇ。まぁ、そのうち返事が来るでしょ」と一時保留の状態になる。
 この一時保留状態を作りたかった。
 何の連絡も無しに出たら、失踪したと思われて捜索願を出すような大ごとにされかねない。かといって、歩いて旅をすると周りが知ったら「危険だ」と言って止められるだろう。
 徒歩の旅は電車やバスに比べ移動速度が遅いので、居場所の予測もつき易く、車で追われたらすぐに捕まってしまう。せっかく出発したのに、すぐに捕獲されてはたまったもんじゃない。
 そこで時間が欲しかった。出発した2~3日後であれば居場所の予想もつきにくく捜索も困難になるはず。2~3日はバレないで歩く時間を確保するため「実家で静養」や「途中下車の旅」などと嘘をついたのだ。
 そして計画の仕上げ。家を出た後、最寄りの郵便局から実家宛てに手紙を出す。内容は「実家まで歩いて旅する」と事実を綴ったものだ。この手紙が届く頃、おそらくこうなっているだろう。
(会社の上司)「2~3日経っても連絡が来ないな。電話も出ないし。実家の方に連絡してみようかな。」
(実家の母親)「もしもし、ああ、娘の会社の方ですか? 実は娘からの手紙が今日届いて、東京から歩いて帰るって書いてあるんですよ。そうなんです、はい。連絡も取れないし、今どこにいるのか…」
 こうして事情を知る頃には数日経っているからどのルートでどこを歩いているのか見当がつかない、誰も弱聴を探し出せない。
 完璧とまでは行かないが、なかなかいい計画だ。と、独り悦に入る弱聴。
 ただ心配事が一つ。家族が心配して当てもなく探し回りはしないかということだ。
 私が行方不明になったら心配性の母は不安で居ても立ってもいられなくなるだろう。わざわざ東京まで来て、当てもなく何日も探し回るようなことになったら――。想像するだけで胸が痛む。

 弱聴は出発直後に出した手紙にこう書き足した。
「目的地は実家、今お父さんとお母さんがいる場所だから、探さずに実家で待っていて欲しい。必ず無事で実家に帰るから」

                              つづく

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前回書き忘れておりましたが、これは去年の11月下旬のお話です。
弱聴はまだフリーターではなく、大手企業で契約社員として働いておりました。1か月分のシフトが出ていたにも拘わらずにこんな風に旅に出るなんてほんと社会人失格ですよね。

そんな状況の中、不謹慎ですが逃亡計画を考えるのは楽しくて仕方ありませんでした。
皆さんがもし逃亡の旅に出るとしたら、どんな計画を立てますか?
弱聴のように「なるべく迷惑を掛けないように」なんてみみっちいことに配慮した計画?
それとも形跡を残さずきれいさっぱり消え去る計画?
ベタに「探さないでください」の置手紙?
バスルームにルージュの伝言?(一度はやってみたい!)

ぜひコメントでお寄せいただけたら嬉しいです。

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