消防団研修とゴミ拾い
皆さんこんにちは
今日は消防団の研修で震災訓練をやって思った事とゴミ拾いをやって思った事を書いてみたいと思います
消防団研修
消防団の研修は4日間みっちり、夏と冬の2回です
消防団とは消防組織の1つで、地域ごとに割り振られた中で選出された(自主的)人材が消防士と同じような消防活動を行う事ができる重要な組織です
ただ、消防士のような訓練は受けておらず、知識や能力共に劣ります
その消防団が大震災で果たしてどこまで、何ができるのか?
私は消防団の研修を終え、震災訓練を終え、正直めちゃくちゃ不安になってしまいました
不安が大きく大きくなってしまいました
なぜなら、命のやり取りを突然迫られることが分かったからです
私は指揮隊長の役割でありました
指揮隊長は命令を出し全体指揮を取る最も重要な役割の1つといっても過言ではありません
指揮隊長の命令のミスで、被災者の命あるいは隊員の命も失わせるようなこともあり得えます
こんな重大な役目を1〜2回の練習ではとても果たすことはできません。。
やるのであれば、10回以上の本気の練習が必要だと思う
いや100回は必要だと思います
ネガティブな事を言っていても解決しないので、積極的に訓練に取り組もうと思います
また、今回トリアージの練習もしました
トリアージは過酷な災害現場において、少ない医療資源を有効に適切に、ある意味命の選別をする作業です
緑は歩ける人で軽傷な人
赤は呼吸が10回未満もしくは30回以上で傷病の可能性が高い人
黄色は赤にはならないが救助が必要な人
黒は最後に救助される人
トリアージは医療従事者が行う仕事とされていますが、非常に心の葛藤が伴う過酷な作業だ
この作業も、1〜2回訓練したからといってできるものではありません
普段は十分にある医療資源や医療施設が、大災害では状況が一変します
命の選別は非情だと、不道徳だと、私も思います
しかしながら助かる命の可能性を最大限活かす方法としてのトリアージは、「命の選別」ではなく「医療行為」の作業であり、しっかりとした医療技術として考えた場合、大災害時のトリアージは必要だと思いました。
消防団研修を終え、命の尊さを改めて考えさせられ、不断の訓練を本気でやらなければ、むしろ人の命を軽視することにつながってしまうと思いました
軽々しくできない
まずは身体を作ろうと思います
そして訓練を繰り返し繰り返しやっていきたいと思います
ゴミ拾い
ポジティブ防災DAOとしてゴミ拾いに参加しました
自主的にゴミ拾いを皆でやることは初めてでした
非常に気持ちが晴れ
嬉しい気持ちが起りました
「ゴミを拾う」ことが
心を満たす事につながるんだと
新しい発見でありました
しかしながら、このゴミ拾いは
最終的に自分の心を悩ますことになります
ゴミを出すのは誰だろうか
ゴミを拾うのは誰だろいか
ゴミの行方はどこだろうか
分からない事でも
継続は力なり
やっていこうと
思います