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【掘り下げ編】化学メーカーのマテリアルズ・インフォマティクス導入が「当たり前なのにできない」5つの理由
「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を使ってデータをきちんと活用すれば、新素材開発が格段にスピードアップするはず」──これは業界の人なら誰しも一度は聞いたことがある“当たり前”の話ですよね。でも、実際に本格的な導入や運用までできている企業は、まだまだ少ないのが現状です。
では、なぜ「当たり前」と言われる理屈が、現場でうまく実践されないのでしょうか? ここでは、トヨタ生産方式で有名な「5 Whys(なぜを5回繰り返す)」のアプローチで、根本的な課題を探りつつ、もう一歩踏み込んだ背景を掘り下げてみます。
なぜ(1):データ活用すれば開発が加速するはずなのに、なぜ実践されない?
背景
「ビッグデータ×AIが化学メーカーの研究スタイルを変える」「失敗データこそ宝の山」──そんな言葉はよく聞くのに、いまだにPoC(概念実証)の段階から先へ進めないケースが多いです。
研究開発部門や製造現場には“膨大な実験データ”が眠っているのに、「AIにかければ一発で画期的な新素材が…」という期待値だけが先行し、いざ導入しようとすると止まってしまう。
理由
研究データや実験ノートがバラバラで、統合にものすごいコストがかかる。
実際にはフォーマットも統一されておらず、データの品質もバラつきがある。
多くの企業では「あるにはあるが、取りに行けない」状況が続き、二次利用しづらいため、PoCだけで終わりがち。
もう一歩掘り下げると…
“個人の成果”を守りたい心理: 研究者が個別にデータを持っているのは、自分の経験値・ノウハウを死守したい気持ちも背景にある。
誰がやるのか不明瞭: 実際にデータを整理しようとすると「IT部門? 研究者本人?」と役割が曖昧で、結局誰も動かない。
なぜ(2):データの統合・標準化が大事だとわかっていても、なぜ進まない?
背景
「データを整える」「フォーマットを合わせる」などは昔から言われ続けている“あるある”課題です。でも、なかなか解決に向かわないのが現状。
多くの研究者や管理職は「それが必要なのはわかる」と思ってはいるものの、日々の研究やプロジェクトが優先され、根本的な標準化は後回しになりやすい。
理由
“ブラックボックス化”した過去資産
Excelファイルや手書きノートが研究者個人のPCやキャビネットに眠っていて、全社的には把握できない。
過去10年分、20年分のデータを一気に整理・統合するには、地味で時間のかかる作業が必要。
結局、「誰がその苦労を引き受けるのか?」が曖昧なままに。
標準化に対するインセンティブ不足
新製品リリースや次のプロジェクトが優先され、データ整理は“後回し”になりがち。
個人がいくら頑張ってデータ標準化しても、社内で大きく評価されるわけでもなく、“やる気”を維持しづらい。
もう一歩掘り下げると…
縦割り組織の弊害: 部門ごとに使う機器やソフトが違い、フォーマット統一には横断的な合意形成が必要。そこに時間と調整コストがかかる。
過去実績を崩したくない心理: 「今のやり方でも一応開発は回っているし、標準化にリソースを取られるより、実験を進めたほうが有益」と考える研究者も多い。
なぜ(3):それでも本腰を入れて標準化やシステム構築を進めないのはなぜ?
背景
データ基盤を真面目に作り込むには、かなりの投資や時間が必要。PoCを繰り返すうちに疲弊して、立ち消えになるケースが目立ちます。
「PoCで実験回数を大幅に減らせました」といった成果は出るものの、そこから全社展開に至らずに終わってしまう。
理由
ROI(投資回収)の見えづらさ
MIは、未知の材料を見つけ出すという“中長期的メリット”が本質。
「すぐに利益を生むかどうか」が曖昧なため、経営層が強くコミットしにくい。
3~5年後、もしくは10年先を見据えた投資が必要なのに、短期の業績目標に追われがち。
PoC止まりの“焼き畑感”
小規模なPoCで「ある程度成果が出たからとりあえずOK」となり、本格導入は先延ばし。
組織横断の仕組みづくりまで行かずに“PoC実績”だけで満足してしまう。
結果、各所で同じようなPoCを繰り返し、学びが蓄積しない。
もう一歩掘り下げると…
短期vs長期の評価軸の相克: 社内制度や予算配分が1年単位で動いていると、長期案件はどうしても後回しになる。
“データ整備=コスト”という誤解: 表面的な費用だけでなく、将来的な価値創出を数字やストーリーで示さないと、誰も本気で動かない。
なぜ(4):経営層や研究リーダーが本気で動かないのはなぜ?
背景
化学メーカーは事業部や研究所などが複雑に連動し、どこか1カ所だけで決められるものではありません。そうなると、上層部の明確な後押しが必要です。
しかし、せっかくPoCで成果が見え始めても、上層部が「いまは予算が厳しい」「まず実績をもっと示してから…」と慎重姿勢を崩さない事例が後を絶ちません。
理由
短期KPIに縛られすぎ
「今期の売上」「目先の研究成果」が優先されがちで、数年かけて成果が出るプロジェクトは後回しにされる。
製造・販売の現場にとって、すぐに貢献しない“将来投資”に対する理解が得にくい。
変化への抵抗感
「AIよりも自分の経験を信じたい」「やり慣れたプロセスを変えたくない」といった心理的ハードルが根強い。
研究の進め方が大きく変わることを敬遠する空気があり、結局“従来の延長線”で対処しがち。
もう一歩掘り下げると…
既存組織の“英雄研究者”モデル: 経験豊富な研究リーダーがカリスマ的立場にあり、AIを導入すると組織や研究スタイルが変わるため抵抗が起きる。
トップダウンの決定プロセス: 結局は社長や取締役会レベルの承認が必要になるが、短期利益が優先されやすく、大きな改革を嫌う風潮が色濃い。
なぜ(5):最終的に浮かび上がる“根本の課題”は何?
組織文化の変革が求められる
MIは単にデータやツールを導入して終わる話ではありません。研究者全員が“データドリブン”な開発フローへ切り替えるには、企業風土そのものを変える必要があります。
「個人の勘と経験」に重きを置く文化から、「データを組織的に活用する」文化へのシフトは想像以上にハードルが高い。
長期的視点を重視できない経営体制
本来は「10年先に大きなリターンをもたらす種まき」なのに、短期の目標や数字に追われがちな評価システムだと、腰を据えた投資が難しい。
中長期的なロードマップを共有し、社内合意を得る仕組みが弱いと、いつまでも本格導入が先延ばしになる。
失敗データをオープンにしにくい風土
本当にAIに学習させたいのは“失敗や不具合のデータ”ですが、それを共有する文化がないと情報が集まらない。
失敗情報をオープンにすることに価値を感じられない組織では、MIの恩恵を得にくい。
橋渡し人材の不足
データサイエンスと材料科学の両面を理解する人材が足りない。
片方の専門だけではなく、研究現場や事業側とも連携できる存在が不可欠。
PoC段階から運用設計へ移行する仕組みづくりの脆さ
一度PoCが終わると、そこから先の社内横展開やシステム連携がスムーズに進まない。
恒常的にノウハウを蓄積・拡張していくフレームワークが整備されていない。
まとめ:「当たり前」を実行するために必要なこと
マテリアルズ・インフォマティクスを“当たり前に活用できる”ようになるためには、上記のような構造的・文化的なハードルを乗り越える必要があります。
技術導入だけでなく、組織改革や意識改革も同時進行で進める。
失敗を出しやすくし、データを横断的に管理・活用できるプラットフォームを整備し、トップダウン・ボトムアップ両面から支援する。
短期KPIのみならず、中長期的な投資回収モデルを提示し、経営層の理解と研究者のモチベーションを結びつける。
こうした取り組みこそが、はじめて「データを整備すれば開発が加速する」という“当たり前”を現場で実現してくれます。結果的には、新素材の革新だけでなく企業全体の競争力向上にもつながっていくはずです。
最後に
「頭ではわかっているのに、なぜか進まない」──そんな状況にいる方こそ、まずは組織やプロセスの現状を5回掘り下げてみると、取り組むべき課題が案外はっきりと見えてくるかもしれません。
あなたの企業でのマテリアルズ・インフォマティクス導入に、少しでもヒントになれば嬉しいです。
次回の【実践編】では、これらの理由を踏まえて、どうやって実際に動かし、組織を変え、成果を出していくのか──具体的な進め方を解説していきます。