
落語聞き覚えメモ『道具屋』笑福亭仁鶴
(喜六、以下●)おっさんこんにちは!おっさんこんにちは!
(道具屋の佐兵衛、以下■)おうやってきたな?相変わらず仕事もせんとぶらぶら遊んでるらしいな?いまお前のおかんが来て泣いてたで?
●へぇ、泣いてましたか。わいも女泣かすようになったか。
■んなあほなこと言いな、わけのわからんやっちゃ。働く気はないのんか二十五にもなって?
●誰が二十五じゃ!二十八や!
■余計悪いわ。働く気はないのんか?おかんが嘆いていた、年頃やのにぶらぶらしてる、世間体が悪い、嫁の来てはない、信用がつかん、おじさんから働くように言うとくなはれと言うて最前帰ったとこや。そこでわしは夜店山車の道具屋をしてんねけども、今日おまはんに代わりに行かそうと思うねやが、どや?やる気あるか?
●へぇ、やらしてもらいます。
■よかった、これでお母さんも喜ぶじゃろう。出かけよう思て品物は風呂敷に包んだあんねん、こっち持っといで。これ、鋸振り回すねやない。
●おっさん、この鋸切れまっか?
■さぁどやろな?なんせ火事場で拾ろてきた物やさかいな。
●この鋸火事場で拾ろてきたん?
■錆落として油塗って焦げてた柄を挿げ替えて、まぁまぁそんなもんでも並べときゃどこぞのあほが買うて帰りやるやろと思て、慌て者が。どさくさに売ってしまえ。ここにある扇風機やけど、足が三本なかったらいかんねんけど、一本折れて二本しかないねや、どさくさに売ってしまえ。わかったあるな?ほんでこれは芝居とか踊りで使う短刀や。漆塗りになったある。他の物にぼーんと当てて漆が剥げたら値打ちが下がるさかいそっと持っていきや。お雛さんの人形、頭持ったら首抜けるさかい気ぃつけよ。古道具屋がらくたもんばっかりや、ぱっちはぱっち、衣類は衣類でまとめて売るように。そこの掛け軸取ってみ?掛け軸を。
●掛け軸っておっさんどれですか?
■紙の巻いたやつあるやろ。
●これはなんですか?
■中に絵とか字とか書いたある。
●はぁさよか、いっぺん見してもらお。うわぁ~ほんにおっさんおもろい絵でんなぁ。
■生意気なことぬかすな、お前にその良さがわかってたまるか。
●わかりますわおっさん。こらなんでっしゃろ、ぼらが素麺食うてるとこでっしゃろ?
■どこぞの世界にぼらが素麺食うかい!お前あべこべ見てんねん、鯉の滝登りやそら。
●鯉の滝登りか、あんたぼらが尾で立って素麺食ってんのかしらんと思って。鯉っちゅうのは滝登りますか?
■勢いのええ魚や、川上へ泳いで行って滝があったらにゅーっと滝登りをするという。
●あぁさよかな。いまおっさんの話聞いてて鯉の獲り方思いついた!
■どないすんねん?
●鯉のいてそうな川行きましてな、橋の上からバケツの水を「滝やぞ~~!」言うて流しとりましたら鯉が滝と間違うてびゅう~っとバケツの中に。
■お前やなかったら考えられんわそんなん。もの考えんのやめ。「商いは牛の涎」ちゅうて粘り強ぉやれよ。向こう行たら本屋の善さんちゅう人いてるさかいな、「道具屋の佐兵衛の代わりに来ました」ちゅうてな。世話方や、場割からちゃんとしてくれはる。がんばっといで!
●おおきにすんまへん!おっさん文句も言いはるけど親切に教えてくれはんねん。えぇおっさんや。うわぁ~来んの遅いさかいぎょぉさん夜店出たあんなぁ。ちょっと物尋んねますが!
(通行人A)へぇへぇ。
●本屋の善さんちゅう人はご存じやおまへんか?
(通行人A)あぁ、善さんやったら向こうで立ち話したはるやろ?頭の後ろに小さい禿のある人や。
●あぁさよかおおきにどうも。あの、本屋の善さん言うたら!
(本屋の善、以下▲)わしやけど?なんぞ用か?
●ほんまに本屋の善さん?
▲疑り深いな、本人がそやちゅうてんねやないかい。
●えらいすんまへんけど、向こう向いてもらえまへんか?あ、善さんや!
▲何を言うてんねやお前は!
●禿見てまんねや。
▲はっきり言いなお前は。何やいな?
●道具屋の佐兵衛から来ましたけど?
▲あんたかいな?佐兵衛さんがいつも言うたはった。「うちに甥がいてんねや」おたくだっか?
●へぇ、わたいだす。
▲乗りだしなはんな、まぁまぁこっちおいで。佐兵衛さんはいつもえぇ場所に座ってもうてんねけども、あんた来んの遅いさかいな。もうお便所の前しか空いてへん、辛抱しぃや。遅れてきたらしゃぁない。茣蓙敷いて、上敷敷いてね、品物並べなはれ。言うときまっせ?店先にあんまり金目の物置きなはんなや?お客さんが掴んでどっか行くちゅうことたまにあるさかいに、がらくたものでよろしで?これ、ちゅう品物は膝の周りに大事に抱いときなはれ。ほんで扇風機立てとき。
●え?立ちやしまへんでこれ?二本しかおまへん。ぼてっとこけまんで?
▲こけるちゅうたかて転がしといたら誰も買わへんでこんなもん。ほな後ろの塀に立てかけとき。しっかりやりや!
●へぇおおきにどうもすんまへん。あぁ~地べたに座って往来見るっちゅうのはおもしろいなぁ。いろんなこと考えてみな歩いたはる。
(よその露天商)おたく道具屋はんでっか?えらい流行ってまへんな?
●ほっとけ人のことは!しょぉもないこと言うてんと自分の商売しぃな。地べたにすわってるだけでは陰気臭いさかい景気つけまっさ。へぇ道具屋でっせ!でけたての道具屋!新しい道具屋!
(露天商)あんた古道具屋やで?どこが新しいねん。
●景気つけてまんねん。道具屋でっせ!
(客A、以下▼)道具屋はん。
●どうぞお上がり!
▼どこへ上がんねんお前とこは。
●どうぞおかけ!
▼どこへかけんねん。
●どうぞおしゃがみ!
▼んなおもしろいこと言いな。ちょっとそこのノコ見せてみ?
●え?
▼ノコ見せてみ?
●のこにある?
▼何を言うとんねん、鋸じゃ。
●鋸やったら鋸って最初から言いなはれ、ノコって途中で切るさかいわからしまへんねん。思い切って「ノコギリー!」まで行きなはれ。すーっとしまっせ?人間ギリ欠いたらあきまへんで?
▼道具屋さん。この鋸は、こら焼きが甘いな?
●なんですか?
▼焼きが入ってないな?
●そんなことおまへんやろ?焼きは十分入ってるはずでっせ?おっさんそら火事場で拾うてきたんや。錆落として油塗って焦げてた柄挿げ替えて。そんなんでも並べときゃどこぞのあほが買うて帰りよるやろ。あんた買うか?
▼いらんわ!
●あ、怒って帰りよった。難しいもんやな。
(客B、以下▼)道具屋さん。
●へぇお越し。何しまひょ?
▼なんぞ珍しいもんはないか?
●へぇ、こんでしまいです。
▼そこの短刀を見しとくれ。
●たんとにもぎょうさんにもこれでしまいや!
▼わからんやっちゃな。そこの刀見せてみ?
●へぇへぇ。
▼道具屋さん、これには何か...銘はないのか?
●何ですか?
▼銘はないのか?
●へぇ、姪はいてまへんけど天下茶屋におっさんが!
▼あのな、誰が親戚の話しとんねん。わからんやっちゃなぁほんまに、お前としゃべっとったら頭痛いな。つまりね、腕のえぇ職人は品物に名前入れんねん。「銘入り」いうて他のもんとは値打ちが違うねや。銘はないか?
●おまへん。
▼うーん...ほんだら無銘やな?
●そぉですわぁ。気ぃつかなんだなぁ~。無銘いう人がこしらえたんやなぁ。
▼なんっにもわかっとらへんねやなこいつは。よぉそれで商売してんな。あれ?抜けへんな。
●抜けまへん。錆ついとぉる。
▼こういうのんは抜くと中から銘入りのすごいのんが出てくることがちょいちょいあるさかい、古道具屋廻りがやめられへん。楽しぃて。それにしてもこらちょっと固いな。そっち持って引っ張るか?
●さよか、引っ張れちゅうねやったら引っ張らんことおまへんけど。へぇどうぞ。
▼ん゛~~~!!こ゛ら゛か゛た゛い゛な゛ぁ゛...
●か゛と゛ぉ゛お゛ま゛っ゛し゛ゃ゛ろ゛
▼な゛ん゛で゛こ゛な゛い゛ぬ゛け゛へ゛ん゛ね゛や゛
●ぼ゛く゛と゛う゛で゛ん゛ね゛や゛
▼はぁ...はぁ...はぁ...こいつはあほか。木刀が抜けるわけないやないか。
●せやさかいわたい最初から抜けへん、言うてんのにあんたどぉしても抜くちゅうさかい。木刀抜いたら中から何が出てくるや...
▼よぉあほなこと言うとぉる。抜けるもんはないのか?
●お雛さんの首抜けまんねん。
▼あのな、わしゃもう帰るわ。
●あぁ帰ってもぉた。
▲あのね、うちゃ下駄売らへんねんけどね、おたくの商売見てたら退屈せんでよろしいなぁ。えぇ?よぉあんなあほなこと言うてなはんなぁ....ねぇ?しっかり商売しなはらんかいな。あんた初めて見る顔やさかいお客さんはどんどん来んのに、しょぉもないことばっかり言うさかい、お客さんみな小ン便して帰ったはるわ。
●え?
▲せっかくお越しになったお客さんがね、みな小ン便して帰ったはる言うねや。
●さよか!?気ぃつかなんだ....
▲何を言うてんねやこいつは。わからんやっちゃなぁ~こいつは。つまり、冷やかしだけで買わんと帰る客のことを「小ン便」ちゅうねや。
●さよか!
▲そやがな、道具屋の符丁や覚えときなはれ。
●はぁ~....買わなんだら小ン便、か。買うたらうんこ....
▲何を言うねがなこの人は。しっかり商売しぃや。
●やっぱり後ろがお便所やさかい小ン便しやすいんねんな。
▲喜んでんやあらへんがな。
●今度お客さん来たらわたし小ン便でけへんってこない言いまっさ。
▲好きなように言い、もぅ。今日はわたし見物さしてもらうさかい。世の中にはいろんな人がいたはんねんなって勉強になるわ。
●お客さん来るなり「小ン便でけへん」ってこない言うたろ。
(客C、以下▼)おい道具屋!
●へぇお越し何しまひょ?
▼そこのぱっち見してくれるか?
●そのぱっち小ン便でけしまへんで?小ン便でけしまへん。
▼このぱっち小ン便でけへんの?前開いてでけそうに見えたあるけど。
●見えたあるけどしたら張り倒すで?
▼よぉそんなあほなこと言うわ、ぱっち買うて小ン便して張り倒されたらかなわん、また来るわ。
●あぁ、また帰ってもうた。
▲あんたほんまにあほやな。どこぞの世界に小ン便でけへんぱっちてなもんがあんねや?
●難しいもんでんなぁ。
(客D、以下▼)道具屋さん?
●へぇらっしゃい!!!何しまひょ!!!
▲んな怒らいでもええんや、別に。
▼そこの笛見してくれるか?
●へぇっ。
▼放りなはんな。品物に華飾れちゅう言葉を知らんかおまはんは?なぁ、笛ちゅうもんは口つけるもんやで?衛生に悪い。ねぇ?店番を何と心得てなはんねん?こぉして綺麗にしなはらんかいな。あんたまた初めて見る顔やね?佐兵衛さんの甥御さんか?そうか。佐兵衛さんがいつも言うてなはんねん、うちに心配事が一つだけあんねん。どうやらおたくのことらしい。こうすると、値打ちがちがいまっしゃろ?店番というものは、お客さんが途切れた折りに埃叩きなはらんかいな。これであんた、綺麗な音色が...なんか詰まったある。こんなところへ物詰めて音が出るかい?だいぶ変わってんなあんた。何が詰まってんねや?こういうこと来たお客にさしなはんなあんた、大体が....、えらいこっちゃ、指抜けんようになった。
●あんた何して遊んでなはんねん?うち時間来たら店閉めて帰りまんねんで?あんたと笛を連れて帰るわけにはいかんで?なんとかしとくなはれ。
▼なんとかしなはれってこれ...えらいこっちゃで?指抜けんようになったで?
●抜けんようになった言うたかってあんた、なんとかしてもらわんと。
▼どないしょ?
●抜けんようなったら買うてもらわんとしょぉおまへんな。
▼いや、買うてもらわんとって....えぇ?これなんぼや?
●あ、さよか、ちょっと待っとくなはれ。元帳見たろか、笛な。笛は一本一円二十銭か。やっすいなぁ。抜けしまへんか?帰り角のおでん屋で一杯やりたいなぁ...抜けしまへんな?はぁ~着物も買いたいなぁ。はぁ~家建てたい...
▼何を言うとんねんこいつは。ものすごいこと言うとんな。一本なんぼや?
●十円!
▼あほなこと言うなお前!!こんなもんさらで買うても五銭までやないか。そんな人の足元見な!!
●いや、手元を見ております。