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落語聞き覚えメモ『人形買い』(笑福亭仁鶴)
(喜六、以下)こんにちは、いてるかいなぁ?
(清八、以下)おお、上り上がり。
●いててくれたよかったなぁ。もぉ留守やったら仕事場まで訪んねて行こか知らんと思てたんやけどな。
■おぉ、なんやいな?
●今朝方、祓い給えの先生とっから、チマキもぉたなぁ?男の子の初節句やちゅうて。
■あぁ、もおた。立派なチマキやったなぁ
●お前も知ってるとおり、この長屋では、うれしいことでも悲しぃことでも四十八文と決めたぁんねんけども、柏餅やったらそんでええけど、あない張り込んでチマキ配りはったんやさかい、それだけでは愛想がないやろっちゅうて、もう四十八文足すわな、九十六文つまり一貫やね。んで長屋一軒ずつ集めたら、ちょ~ど二十四軒あって二貫四百文集まるさかい、それでまぁめでたい人形でも買ぉて、祝ぉてやったらどないやとこぉ思てな、おまえに相談へ来たんやけど
■あぁ、そらえぇことに気が付いてくれたな。そぉさしてもらお。
●さぁ、お前は長屋の嫁はんと一緒で喜んでくれるけども、この長屋とでは何かにつけてゴテ臭ぁゴテ付くやつがおるさかいな
■こんなめでたい話に誰がゴテ付くねん?奥の噺家か?
●いやいや、噺家はニコニコ笑ろて人格者ばっかりやさかい。
■ほな、誰がゴテ付くねや?
●奥から三軒目のあの講釈師の先生。
■あぁ、あら、やっぱり理屈が多いさかいなぁ。
●そやろ。こないだも風の吹く日ぃに井戸端でベッタリ会ぉたんで「先生、えらいこらまた風でんなぁ」言ぅたら「土風激しゅうして小砂眼入す」なんてぬかすねや。
■何のことやねん?
●いや、土風が激しゅう吹いて眼の中に入って困ったって。
■で、お前どない言ぅたんや?
●どない言うたって…向こうが機嫌ようしゃべったはんのにわしも黙ってるわけにいかんさかい「すたんぶびょうの儀でござい」と。
■何やその「すたんぶびょうの儀でござい」って?
●箪笥と屏風あべこべに言うといたんや。
■お前のほうが上手いがなそれやったら。そうかいな。
●そやさかいね、もうなんぞ言うたら文句言いよるさかい、先に話もって行っとかんと、「ああわかりました。手前どもは伺っておりませんので、そちらでどうぞ、お話をお進め」なんて言われるとね、ややこしなるさかいな、先に断りに行っとこうと思うねんけど、ついてきてくれるか?
そらええがな。それから二貫四百文やけどな、今から仕事に出てるやつもおって、集めても歯抜けになるやろ?夕方みな仕事から戻って来よった時に集め直そと思うねや。それまで二貫四百文を、お前に立て替えてもらうわけにいかんかいなぁ、思て相談に来たんやけど。
■はぁはぁ、その二貫四百文といぅのは天保銭でえぇか?
●それで結構や。
■文久銭やったらいかんか?
●おんなじこっちゃがな
■二十一、波銭やったら、ややこしか?
●ややこしことあらへんがな。
■どれもないねん。
●お前の話のほうがややこしいやないかい。所帯構えててそれぐらいの遊んでいる金がないのんかいな。心細い。
■えらそうに言いないな。お前とこも無いさかい、わいとこへ来たんやろ?そんな金があんねやったら、この時候がええのに鬱陶しい家ン中で燻ってるかいな。
●難儀やなぁ…二貫四百それまでどないしよ?
■そやなぁ、最前、木挽きの鶴やんがな「頼母子でちょっと金がまとまって入ったんやさかい、嬶に見付かったらむしりとられるのんで、しばらく預かっといてくれんか」言ぅて銭入れごと放り込んで行きよったんけど、こん中から二貫四百文立て替えさしといて、集めたのちに元へ戻しといて「実はこぉいうわけやった」言ぅたら、長屋のこっちゃさかいあいつも文句言ぃよれへんわい。そないしよか。
●ああ、そなそうしてくれるか。
■よっしゃ、ちょっと待ってや、あいさつに行かないかん。
●え~、講釈師の先生、お邪魔します。
(講釈師、以下)おぉおぉ、どなたかと思えば隣家の若人達。我が陣屋へ何用あって訪れしな?
●ほんで困んねん。「我が陣屋」て、汚い陣屋やなぁこれ。雨漏り陣屋やなぁ……。実、先生、今朝方、祓い給えの先生とっからチマキをもらいました一件ですが。
▲ああ、手前どもも頂戴つかまつった。
●そぉでおまっしゃろ。ほんで先生もご承知のとおり、この長屋では泣き笑いともに四十八文と決めたぁりまんねんけど、柏餅やったらそんでえぇが、あぁして張り込んでチマキ配りはりましたんで、四十八文その上に足して九十六文、一貫でやすなぁ。で、長屋一軒当て百金ずつ集めたら、二貫四百集まんのんで、それでまぁ人形でも買うて祝おうってやったらどないやと。先生にご相談にきましたが。
▲あぁ、はぁはぁ、なるほど。それで、人形というものはどこで買い求める所存かな?
●「所存かな?」いうても、あの、御堂前の人形屋で買おか知らん思てね。
▲あぁ、向こうはよい人形屋が揃ぉておるがいたって向こぉは掛け値を申す。仮に敵が掛け値を申してもそれは計略を以って安く買う。そもそも計略といぅものは密なるを以って善しとする。だいたい……
●ありがとぉさんでございます。
「せやから肩凝んねん、あの先生とこ行ったら。話が大きなるし。」ぼやきながらやってまいりましたのが御堂前の人形屋はんで、前方はみな御堂前に人形屋が並んでたんやそぉでございますが、我れ一にとお客を呼び込んでおりますが。
(人形屋、以下★)どうぞお入り、どうぞお入り。
●入れてもらうで。
毎度、ありがとぉさんでございます
●実は、毎度やないねん。わいら初めて寄してもうたんやけども。
■余計なこと言ぃなアホ。毎度でええのや。毎度のほぉがあと段取りええのやさかい
●あ、すんまへん、今「初めてや」言ぅたけど毎度と取替えといてもらえまへんやろか?
もぉ余計なこと言ぃなっちゅうねん。ちょっと見してもらいたい。
★へぇへぇ。どうぞ、ご覧になっていただきますように。
■あぁ~ぎょうさん並んだんなぁ~棚の上のほうに、それから下のほうに。あの、上の人形なぁ、あれは何の人形や?
★あれは加藤清正で。
■ああ、清正ね。なるほど。加藤清正や。
●うわぁ~大きな猫退治してね。
■加藤清正の猫退治ちゅうのは聞いたことがない。虎や。
●ああ、虎やな。
■あれはだいたいなんぼや?
★よっぽどよい人形でございますれば、五両二分ということで。
■五両二分ね。で、その隣の人形は?
★武内宿禰の人形でございます。
■武内宿禰ね。あれもいくらで?
★あれもよっぽどよい人形でございますれば、五両二分という。
■えらいもんやなぁ、やっぱりなぁ。
●何がや?
■「何が」ちゅうたかてお前、値段聞ぃてから言ぅねやないけども、、やっぱり立派なもんやなぁ。あの着せ付けと言い、押し出しと言い、人形とは思えんな。じいっと見てたらいまに動き出しそうや、生きてるようななぁ。物でも言いそうななぁ。
●ほんまやな。向こう見てみ。暖簾から顔出してるあの子供のほうが生きてるように思うねんけどな。鼻垂れてな。。
■あらこの店の丁稚やがなあほやなぁ。
●生きてるような…
■生きてるがな。
●いまに物言いだしそうな…
■物言うがなあほ。いや、実は人形屋はん。長屋の付き合いでな、そないよい人形ちゅうわけにいかんので、下の人形をな。
★これでしたら、神功皇后さんで
■神功皇后さんやて。わかるか?
●人形屋はん、どっちが神功さんで、どっちが皇后さん?
★一体で神功皇后さん
●あぁ一体で。その隣の人形は?
★太閤秀吉公の人形でございますな。
■あ、なるほどね。だいたいどいれぐらいすんのんかいなと思ってな。長屋の付き合いで持っていくやっちゃさかい、ちょっと勉強してもらいたい。
★さいでございますなぁ…勉強さしていただいて(パチ、パチパチッ)こういうところでいかがでございまっしゃろ?
■あぁそぉ、ははぁ~…お前もっぺんそろばん置いてな「こういうところではいかん」と、「もっとこのぐらいにしとけ」言ぅて置いたれ。
●(パチ、パチパチッ、パチパチッ……)こんなもんでどないやろ?
★な、何ぼやねん?
●それ以上もぉ置かれへんで。
■みな上げてどないすんねん。お前そろばん知らんねんやろ?
●そろばんそれや。
■何言うとんねんあほ。そろばんよぉ置かんねんやろ?
●貸してみ?置くが。
■すんまへんなぁ、人形屋はん、こいつそろばん知ってんねんや思たら、知らんねやて。もう、むちゃくちゃやがな。いまそっと見たら全部上がってまんねや。四万九千八百四十八両二分三朱、三千五十八貫三百文になっとりまんねん。なんぼにしてくれる?ちょっと勉強してもらいたい。
★そうでやすな…
■もぉそろばん持ちな、ややこしい。口で言ぅて口で。
★そうでやすな、三貫ということで。
■三貫、悪いけどそれ、二貫三百にならんかいな?
★いやいや、手前ども一軒が人形屋でございますればな、張り切って値も付けますが、軒並みでありまして競争ですから手前どもは。こんなこと申し上げてなんでございますが、ちょっと職人に貸しがありまして、安う作らしてますんで。もしなんでございましたらいっぺんお回りになって「やっぱりあいつの言うてたとおりや、あこは品物が良うて安いなぁ」とお思いでございましたら、お立ち寄りを。
■そう開き直られたら困んねんけど。なんとか二貫三百ということで。
★えー…さいでやすなぁ。初めてのお客さんでございますので。このまま帰られたんでも、うちも一日気が悪うございますので。ほなまぁおまけいたしましょうか。「よいよいよいッ」と、負けました。
■早いなぁ。二貫三百文。ここ置いとくで。
★へえ、ありがとうさんで。
■それからな人形屋はん、言うてるとおりこの祝いに持っていくやつで、長屋で小うるさいやつがおるのでな。「どっちの人形にしたらええやろ」ちゅうようなことになって、勝手に決めるわけにいかんので、神功皇后さんと太閤秀吉さんの人形をね、二体ちょっと預かって、ほんでまぁ決まったら一体持って帰るといぅことにさしてもらわれへんかいな?
★へぇおっしゃるとおりさしていただきます…。これ、定吉。お役さんにお供するように。そうじゃ、人形を二つ持って、神功皇后と太閤秀吉と。んで一つ決まったらじき帰るように。寄り道せんと。わかったあるな?
(人形屋の丁稚、以下)へーい。
●おい。
■え?
●長屋から二貫四百文金が集まんのに、二貫三百や二貫三百やちゅうてたんはあらどういうことや?
■どういうことって、足代や。
●足代ちゅうと?
■ワラジ銭や。
●「ワラジ銭」ちゅうと?
■わしらの働き代やがな。
●働き代か、百文。
■そうや。焼き豆腐で酒を二合ずつ飲も思てんねや。
●はぁ~こないして二貫三百や二貫三百や言うてたんやな?そうか。
■子どもっさんすまんなぁ、急に用事を増やして。
▼いえいえ、どぉいたしまして。本日はまことによいお天気でございますのんで。気分がよろしゅうございますな。
■また愛想のえぇ子どもっさんやなぁ。
▼いえいえ、どぉつかまつりまして。
■んで子どもっさんは今年いくつになんねや?
▼十二でございます。
■ほほぉ、十二にしては体が小さいなぁ。
▼へぇ、その代わりよぉヒネてございます。
■勝間南京みたいな子ぉやなぁ。
▼ところでお客さん、その人形はなんぼでお買いなすったんで?
■まぁ、三貫や言ぅてはったやつ、ごちゃごちゃ言ぅて二貫三百に負けてもぉた。
▼あ~、そらお客さんだいぶ買いかぶってなはんなぁ。
■え? 二貫三百で買ぉても買いかぶってるか?
▼へぇ、その人形は二貫三百で買うていただいても、二貫でも買うていただいても、うちは損せん人形でございまんのんで。
■へ~ッ、どういうわけで?
▼どういうわけちゅうたかてね、去年のこの時期に店に並べてありましてね。他のもんは売れたんですが、それは売れ残ったやつで。蔵へ放り込んだぁりましたんを、時期になったんでホコリ払ろて店に並べたぁん。ちょっと肩のところが焼けておまっしゃろ。去年の儲けたカスですなぁ、利カスですなぁ。一文で買うてもぉてもタダでもうちは損せん人形です。
■へぇ~、えらいもんやなぁ、おい。安ぅ買うたつもりやけど「商人は損と元値で蔵が建つ」っちゅうけど、ホンマやなぁ。しっかりしてんなぁおたくの番頭はんは。
▼いや、あれ、うちの番頭はんやございまへんので。あれ若旦那でねぇ、ご養子さんですわ。番頭はんは今商用でお出かけでございましたんで。
■そうかそうか、いや勉強になった。大したもんやで商売人というのは。
▼ところでね、お客さん、あの若旦那とうちのオモヨがややこしい仲やちゅうのはご存じですか?
■知らんがな、そんなもん。初めて店へ寄してもぉたのに
▼ほな、言ぅたげまっさかい八文おくんなはれ。
■もぉえぇ、しっかりしてんなぁこの子は。はよ歩き。
▼わたいもぉ黙って歩いてても眠とぉなりまっさかい、ボツボツ勝手にしゃべらしてもらいます。こないだ昼過ぎにちょっと二階へ上がって横になっとりましたら、オモヨどん上がって来なはって。鏡台の前へベタ~ッとお座りになってな、髪をときつけてなさるところへ、若旦那が「オモヨ、何してんねん?髪ときつけてんのんか。ちょっとえぇのんができたんとちゃうか?その櫛をこっちへ貸してみなはれ」「まぁ、若旦那。女ごの櫛をどうなさるんでございますか?」「髪をときつけてみたいねんがな」「まぁ、若旦那の髪をだすか?」「何言ぅてんねんオモヨ、お前の髪をときつけてみたいねやがな」「まぁ若旦那、男のお方が女ごの髪をときつけられやいたしません」「そのときつけられんところをときつけてみたいねやがな、櫛こっち貸し」「若旦那、やめとくなはれ」「こっち貸しなはれ」「若旦那、あれ~ッ!」
■何をゴジャゴジャ。あんたの話聞ぃてて長屋一町ほど過ぎたぁるがな
●あっはっはっ。いまの話オモロイなぁ。八文やって続き聞こか?
■アホなこと言ぅてんねやあれへん、八卦見の先生とこ行っとかんと。あの先生も小うるさいさかい。
■先生、どぉも、こんにちわ
(八卦見、以下◆)おぉ、こりゃ隣家のお二人さん。どぉなさいました?
■いや、実は、祓い給えの先生とこからチマキをちょうだいしまして、お祝いに人形を買うて参りました。子供っさんちょっとこっち出して。神功皇后さんと、太閤秀吉さんの人形でございますけれども。これ、どっちにしたらよろしかろうと、先生にちょっと、ご相談に伺いましたのやが。
◆ほぉ~、なるほど。神功皇后さんと太閤秀吉さんの人形、どちらがよかろうかと、お尋ねになるのじゃな?
■へぇ、さいでございます。
◆じゃ~、八卦の表で占ぉて進ぜよぉかな。
●おい先生、易見る言ぅてはるけど。そんな邪魔臭いこと。
「いやいや、お手間は取らしませんので」と言ぃながら、奥から小さな机を出してまいりますと、こちらに筮竹ちゅうて伸子張りみたいなやつ五十本ほどね、灰吹きみたいな竹の筒にぽーんと放り込んだある。こっちには易書が、梅花心易たらいぅて五冊ほど積み上げてあってね。天眼鏡なんていぅて、ポッペンのひしゃげたようなやつがあって、こう置いたある。それから我々が使います小拍子を六つ合わせたもんがあって、これを算木と言いますがな。六つあって算木やなんて半分しか値打ちがおまへんような。そういうのんが並べてあって、この筮竹を使ってね。
◆乾元享利貞、乾元享利貞、いま不吉の卦が顕われる。出でましたる卦名は沢山咸、咸は通ずる、山沢気を通じ、鴬吟じ、鳳凰舞うという卦でございますな。
●えぇ~、先生そらどういうことで?
◆まぁ、これだけではお分かりにならんと思いまするが。太閤秀吉公は日本六十四州を治め、その勢いはさながら火が燃え上がるごとくなり。そこで太閤秀吉公を火と見立て、卦名に関わらず今年生じたる子ぉは金生にして、金とその火を合すれば火尅金と申して、こらいたって相性が悪い。また、神功皇后さまは婦人にして、女ごは北、北は陰、陰は水、水は方円の器に従う。丸き物に入れれば丸く収まり、角なる物に入れれば角に収まる。そこでまぁ、金と水と合すれば金生水と申して、相性がまことによろしいので。神功皇后さまがよろしかろうな。
■あっ、さいですか、どうもありがとぉさんでございました。先生、そんならそういう段取りにさせてもらいますのんで。
◆あ~こりゃこりゃ、易の表で見ますれば、わたしの業態じゃから、見料を置いて行ってもらいたい。
●先生、金出せ言ぅたはるがな…せやさかい八卦見になんか見てもらいなっちゅうてんねん。
■頼んでへんがな、勝手に見はったんやがな。
●何ぼや聞ぃてみ?
■何ぼだす?
◆四十八文を頂戴したい。
●出しとけ。
◆はい、どぉもどぉも。
■子どもっさん、悪いけどもぉ一軒付き合ぉてくれるか。講釈師の先生とこ行かんならん。
●もぉ止めとこぉな、また銭とられるで。
■何を言うとんねん。講釈師の先生が八卦見たりするかい。
●そらそうやけども。先生、さきほどは出まして。
▲お~、謀は的中いたしたかな?
●いずれへ宿替えしよう思てんねん。こういうけったいなやつやつばっかり住んどぉるさかい。だいたい安ぅ買うてきたつもりでんねんけどね、子どもっさん人形を出して。神功皇后さんと太閤秀吉さんの人形ね、これどっちにしたらええかいなと思って、先生にね。決めてもらいたいと思て。
▲おおなるほど。今、相分かろぉ、読み終わろぉといぅところ…そもそも太閤秀吉公は愛知郡中之中村、百姓竹阿弥弥助の倅にて幼名を日吉丸、成長ののち浜名の領主松下嘉平治に随身をなし(ポンポンッ)初陣の功名、伊藤日向守を討ち取り、その功により松下の家名を継がせんと図りしが、何の他人の家名に関わらんやとて、我れと木下藤吉郎と名を改め、尾州に立ち越え織田信長に随身を成す。中国征伐の折、織田信長、逆臣明智光秀により京都本能寺にてその命をば(ポンポンッ)。その弔い合戦が天正十年六月十三日、山崎天王山にて明智光秀を討ち滅ぼし、翌年柴田・滝川両家を討ち滅ぼし、関白太政大臣の位に上らせたもぉといえども奢侈に興じ、その家三代続かぬとある(ポンポンッ)。男子の初節句、三代続かぬは縁起悪し。こらやはり神功皇后さまの人形がよろしかろうな。
■ああ、さいですか。どぉもありがとうさんでございました。ほな子どもっさん決まったさかい帰ってくれるか。
▼へぇ、わたいもぉ、聴ぃてたら眠とぉなってきたんで、帰らしてもらいますわ。
■先生どぉも。
▲あーこりゃこりゃ、講釈を聴いたら金を置いていかんか。席料をな。
●また金や言ぅたはんで…何ぼだす?
▲四十八文を頂戴したい。
●ここ置いときまっせ。
▲それから座布団代が二文と、茶代が二文じゃ。
●四文も自腹やがなこら。置いときまっせ。こら、ええ加減にしぃや。
■何がいな?
●せやないかい、焼き豆腐で二合ずつ言うてたんが一合ずつになって、とうとう四文も自腹んなったある。
■ぼやきな、これから祓い給えの先生とこ行ったらええねやさかい。
●もうやめとこやまた銭いるねや。
■何を言うとんねん。今度は駄賃が出るねん。
●出るか?
■当たり前やがな。オタメが出んねんオタメが。
●ほんまに出るか?
■誰かてめでたいときやさかい、間よりか張り込みはるわいな。焼き豆腐で二合どころやない、なんぼ飲めるやわからへんで?
●早いとこ行こ。え~先生、今朝方はどうも。
(祈祷師、以下◎)あ~、あんまりめでたいので、おすそ分けをな。
●へえ、頂戴しました。チマキな。柏餅やったら四十八文で済んだんですけども、あんたヤマコ張ってチマキ配りは、こっちはえらいことになっとりまんの。だいたい、二貫四百の人形が二貫三百で浮いて、百文で焼き豆腐で二合ずつ飲もう思てたん。それが一合ずつになって、しまいに四文の自腹ちゅうことになって、ぼやいてまんねや。あのチマキかて、皮剥いたら餅の貼り付けみたいになったある…温い間は美味いけど、固ぅなったら食えんし。砂糖買うてこないかんし。それはさておき、どぉぞご仏前へ。
■お前何を言うてんねん、験の悪いこと言いな。すんまへん、ちょっとボ~ッとしとりまんのんで、わたしが口上を。
◎いやいや、そんなもぉ難しぃことはよろしい。
■形だけでございます…。え~、本日はまことによいお天気でございます。
◎あぁ、おっしゃるとおりですな。
■まぁ、この具合ですと明日もえぇ天気になるやわからんと思とりますが。
◎あぁ、そうかもわかりませんな。
■ほっといたら、あさっても天気やと思って、このまま天気が続くのやないかと。
◎まぁ、おっしゃるとおり。お天気は幾日続いてもよろしいが、雨は三日で飽きると言いますからな。
■ああ、そうおっしゃるとおりですわ。もぉ長屋雨降ったら雨漏りしまっしゃろ?んで溝の蓋が浮いて流れて、へっこんだとこへ水溜まるわ、子供こけるわでね、だいいち長屋の便所が水でいっぱいになりまっしゃろ。上から落としたら下からびちゃ~っと。それはさておき、神功皇后さんの人形でございます。
◎あんたの話は綺麗ような汚いような。まぁわたくしが神職と見立てて神功皇后様の人形とはまことにありがたいことで。そもそも神功皇后様と申したてまつるは、人皇十四代仲哀天皇のお妃様、息長帯比売と申したてまつり。仲哀の帝、筑紫退治の折、船中にてご崩御。神託あって三韓征伐せんものと、息長帯比売、御髪を左右に分け、鉢巻きをなさる。これ即ち男子の形なり。我れ三韓討てべくば魚かかるべしと御自ら弓の弦を外し、王冠にてこしらえし釣針を松浦川に付け下ろしたまえば一匹の魚かかる。これ即ち鮎なり。それまで鮎という魚あらざりしが、占のうて魚と書いて鮎なり。その折、御腹に応神天皇を宿したまいしが、船中にて我が腹冷えざる法無きや御尋ねある。側に控えておりました武内宿禰応えて曰く、御腹汚れたるをお厭いなくば、鹿の生皮をお巻きなされ、と。それを用いましたるゆえ、いまだに男山八幡宮の門扉に鹿の生皮を貼るなり。続いて人皇十五代…
■ああもうよろしいいわ。そないしっかりやってもぉたら、またお金要りまんねやろけども、おたくとこのんは……オタメの内から引ぃといとくなはれ。