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落語聞き覚えメモ『口入屋』笑福亭仁鶴

(口入屋の番頭、以下●)あぁ、これ。よぉしゃべるなぁ。女三人寄ったら「姦しい」ちゅうけど、わちゃわちゃわちゃわちゃ...と。そこの子、豆を食べたらね。殻を散らかさんとまとめときなはれ、それ。なに?成駒屋に後ろ幕がしてやりたい?お前らでけへんでけへん。そんなことしたかて役者がお前のほう向いてくれると思もてんのかいな?そんな金があんねやったらもっと噺家を贔屓にしたれ。あれやったら焼き豆腐と二合とでえらい喜ぶやないか。な?そんなことばっかり言うてんと、収まることを考えてくれんないかんがな。

(女中A)そらおっさん、あてらのな、行きたいところへ世話してくれたらじき収まるわ。

●そやさかい言うてくれたらええやないかい、こうこうしたとこ行きたい、ちゅうて。ほなこっちも世話がしやすいてなもんや。ええ?そこの子、あんたどういうところへ行きたいんな?

(女中B)あてなぁ、仕事が楽でなるべく給金が高ぉてなぁ、月に二へんほど芝居を見に行けるようなところ。

●わしが行きたいわそんなところあったら。どこにあんねやそんなもん。遊びに行くのと違うで?働きに行くねやで?えー、そこの子あんたどういうとこ行きたいんな?

(女中C、以下C)あてなぁ、旦さんと御寮んさんの二人っきりの家でな、旦さんがお達者で御寮んさんが病身なところ行きたいわ。

●おかしな望みがあんねなぁ?御寮んさんが病身なところがええのんかいな?あぁ、病人の世話でもしたいのんか?

C. そうやないねんわ。御寮んさんが病身やったら旦さんが箸豆になったはりまっしゃろ?そんなとこへあてみたいなべっぴんがいたらな、手ぇ握ったり袖引いたりしはりますわいな。そらもぉ好きなようにさしときまんねんわ。ほな病人に悋気ちゅうもんが起こってな、病がだんだんだんだん重もなってころっと死んでしまいはったらな、わたいがずるずるべったりに入り込んでな、ほんで御寮んさんの帯や着物すっくりもぉてな、女子衆の二人も使うておもよやお清や言うてな、一生左団扇で暮らすわ。

●悪いやっちゃなぁこいつは、お家横領を企んどんねやな。うかうかこんなやつ世話もできんな。そこの子、あんたはどういうところ行きたいんな?

(女中D、以下D.)あたい小商いの店行きとぉおまんねんけども。

●えらい!感心な!こら、ちょっと前へ出てこいお前らこの子の爪の垢煎じて飲んだらどや?そやろ?女子衆しててなんぞええことないかいなぁ...、そんなことばっかり考えてるさかいあかへんねがな。いずれ嫁へ行かんならんやろ?そないなったら亭主は働きに出てるがな。その間に家で小商いしててみぃな?助かるやないかいな。いまから小商いのコツを覚えようやなんてな。あぁ~、先々のまで手ぇ回したえぇ考えや。そやろがな...

D.そうやないねんわ。

●ほななんで小商いの店行きたいん?

D.小商いの店へ行ったら小銭触るさかい、小遣いに不自由せぇへんやろ?

●盗人やがなこいつ、まぁ~悪い奴ばっかりでこんなんうかうか世話もでけへんなぁ...

言うてますところへやってまいりましたのが、腕白盛り十二、三の丁稚さんでな。こう垂れた鼻をぺーんと弾いたままの恰好で。

(定吉、以下■)口入れ屋のおやっさん!

●おぉ、やって来よったな、布屋の丁稚やがな。お前とこの注文はいつも変わってるなぁ、こないだも聞いたけども。だいたい、べっぴんの女子衆いてまへんか?ちゅうとこはちょいちょいあるけど、お前とこの注文はできるだけ不細工な、山から出たての人間三分化け物七分みたいな女子衆いてまへんか?言うて入ってくるやないかいな。それも陰でこそっと言うてくれたらええわいな、入ってくるなり化け物みたいな女子衆いてまへんか!!それ聞いてあんた行ってくれ、言うたら気ぃ悪するやないか。そんなん困んねんで?

■ええ、今日はべっぴんの女子衆たのみに来たん。

●おお、えらい風向きが変わったなぁ。

■風向き変わったんや。なにも番頭はんに頼まれてへんで?

●ははぁーん...お前とこの番頭に十銭もぉて頼まれたんと違うか?ちょいちょいお前十銭もぉてるさかいに。な?

■なにが?

●なにがやあらへんがな、十銭もぉてべっぴんの女子衆を連れてくるように頼まれたんと違うか?

■頼まれてへん!言うてんのに。

●噓ついてもあかん、ちゃんと顔に書いたある。

■顔に書いてあるか!?誰が書きよったんやろうなぁ...(顔をこする)取れたか?

●取れるかいそんなもん。おっさんらなんでも見通しや。

■えらいもんやなぁ、ほなこれわかるか?

●なにが?

■うちのな、杢兵衛どんな、わかめが嫌いやねん。ほんで今日わかめのおかずやったんや。こんなんで飯食わへんわ!言うてな、五銭出してなぁ、揚げ昆布買いに行ったんやけどな、これわかるか?

●わからいでかいな。お前とこの杢兵衛どんはわかめが嫌いやろ?な?もっと前へ来て。お前とこ昼わかめのおかずやったやろ?

■わかるか!?

●わからいでかいな。これでは飯が食えへん言うて五銭出して揚げ昆布買いに行ったやろ?

■わかるか!?

●わからいでかいな。お前が買いに行って帰りしなつまんで食うたな?

■ああっ、怖っ!ちょっと手の筋を。

●なに貸すねん?

■(見回す)あぁ~...あんまりええ子いてまへんなぁ。

●んなこと言うねやない。

■いや、ほんまのこと言うてまんねや。え~っと...あ!向こうに座ってる子、あの子綺麗な子でんなぁ。

●どの子?

■向こう向いて座ってる子。

●向こう向いて座ってる...??子の顔が綺麗かどうかわかるか?

■後姿がよろしがな。

●なにを言うとんねやほんまに。え?ちゃんと見てな。

■あ、あの~、(指をさす)この子に来てもらいまっさ。

●あ、そうか。あのな、丁稚さんと一緒に行っとくなはるか?ええ、布屋はんちゅうて古手屋はんやけど、うちは前々から世話させてもぉてんねん、えぇお店やさかいに、ほんでまぁ、話がまとまったら、直に証文を巻きに行くさかいな。ほんだら定吉どん頼むで!

■へぇ、しっかり提げて行きます。

●漬物もぉたみたいに言うな、あほやな。

■さぁ、行きまひょか。もぉ、今日からね、朋輩ですさかいね、よろしゅお願いしまっさ。え?いえいえ、あんたみたいなべっぴんさんな、収まること間違いおまへんわ。だいぶん前もな、丹波の園部からおもよどんという女子衆さんと今日みたいにな一緒に、口入屋はんから肩並べて行きしなにな、なんにもわかりまへんのんで、いろいろ教えとくなはれな、言うてな、十銭くれはったけど?

(以下○)あ、さよか?ほな、あても十銭あげまっさ。

■えらいすんまへんな、催促したいたいで。

○してなはんねやおまへんかいな。

■えー、けどな、こんなとこ女子衆さんと出歩いてたら丁稚仲間から弾かれますさかいな、あて先帰ってますさかい直、来とくなはれや。向こうにあの布屋いうて暖簾が下がってまっしゃろ?あそこですさかい。たのんまっさ。(駆け出す)えー、ただいま帰りました!

(番頭、以下●)お前のこっちゃ、遣い上手ちゅうのは。表でさんざん油売ってて、店の前まで来たらばたばっと走り込んで来やがんねん、どこ行ってたんや?

■番頭はん忘れてもろたら困りまんなぁ。あんたのおつかいで口入屋はん行きましたんや。

●あ、そやったそやった。えぇ子いてたか?

■別嬪さんでっせ...十銭おくんなはれ。

●顔見てからや。

■顔見てからやって(にやける)、品物に間違いはおまへん。

●なにを言うとんな、あとからやる。

■あとからやるって、あとからくれなんだちゅうて訴えて出るちゅうわけにはいきまへんさかいな。当節はどなたはんに限らず現金で願うとりますのん。

●商売人みたいなこと言うなお前は。ほんで女子衆わいな?

■そこまで来てまんねん。

●そこまで来てんのんかいな!?はよ言わんかいほんまに。えー、二階にいてんのん誰や?久七どんか?あぁ。あての羽織ちょっと持ってきてんか?いやいや、それやない、ぼての一番上にのったあるやつ、まだいっぺんも手ぇ通してないねや。あぁよっしゃよっしゃ、ありがとうありがとう。それから杢兵衛どんやったかいな?夜店で鏡買うてきたとかなんとかいうてたん、それちょっと貸して。そんな顔せんでもええやないか、使うて減るもんでもないのにせちべんなやっちゃこいつは...うわぁ~朝、髭剃っといたらよかったなぁ、今日女子衆が来るとわかってたら...おい、お前らなにずらーっと並んでんねん。男の顔見世みたいに。入りにくいやないかい、そやろ?お前らでも初めての家で若い女がずらーっと並んでてみ?入りにくいやろ。下がってぇ下がってぇ!

番頭一人で見合いでもするような気でおります。女子衆さんのほうも初めての店で入りにくいもんですさかいに、暖簾の間からちょっと顔出して、頭とお井戸七三に振ってボウフラが洪水に遭うたような恰好で。

●おお、あんたか。さぁさぁこっちに入っとくれ。え~、そこへ掛けとくれ、お座布当てて。おなごはんがお井戸冷やしたらどんならんさかい。直お、奥へ通ってもらいますけどな。店の端で番頭が引き留めてけったいななぁと思うてなはるやろうけれども、後の喧嘩を先にしとかなならんというのはここのこっちゃけども、うちゃ給金がまことに安い。半期で六円ちゅうことになっとんねん。あんたみたいな別嬪さん、お白粉代にも足らんやろうけれども、それを辛抱してくれるとこれが十円なるや二十円になるやわからんというようなことで。と聞くと、ご祝儀でもあんのんか、落ちこぼれ、お駄賃と思うやろうけれども、うちは料理屋はんやないのんで、堅気の古手屋やさかいそういうもんはないが、ここに並んでる品物見てみ?若い女の子の欲しがるような物ばっかりや。ここにある着物かってよそで買うたら十二円か三円するわいな。で、あんたこれ気に入ったっちゅうことになったら口銭は一銭もいらんねや。元値で手に入んねんで?で、ここに紙が付いたぁるメチヤと書いたあるやろ?これなんぼかわかるか?四円八十五銭。な?半値以下で手に入んねん。こういうえぇことがあるんや。で、こないだも丹波の園部からおもよどんという女子衆さんがな、暇がでけたら店へ出てきてなんぞえぇのんないかいな?思うて見てんねや。あぁ、おもよどん、どうやらこの帯が気に入ったらしいな。五円にしとといたるさかい持って行きなはれ。まぁ、そんなお金お払いするあてがございまへんわ。そらねぇ、いっぺんに払おうとするさかいにしんどいねん。入れ掛けちゅうて、ぼつぼつぼつぼつ払ろといたらね、知らん間に片付いとるもんやさかいに、自分の物にしときなはれ。はぁさよか、ほなお言葉に甘えて。ちゅうて部屋に持って行くわな。ほんで何日かしたのちに、こないだご本家へおつかいに行きましたらお駄賃ちょうだいいたしましたので、内入りに五十銭だけ。言うて入れていくわ。五円のところを五十銭、邪魔くさいけどもな、帳面の端におもよどん五十銭入り...とこう書いとくわな。それからしばらくしたら、三十銭入り二十銭入り十銭入り五銭入り三銭入...と五、六ぺんも入れた時分には帳面のほうは筆の先でどがちゃがどがちゃが...ここよぉ聞いときや?いや、肝心なとこやさかい。こういうことは番頭のわたしやないとでけへんねんで?わかってんな?(店を見渡して)ぎょ~さんいてるけども、こんなん頭数ばっかりで案山子と変わらへんこんなもん。上から入れて下から出してる人間の製粉機みたいなやつばっかりや。こういうことは、この店を預かってる番頭やないとでけへん。ほんでこないだもな、おもよどんが手紙見ながらなんか浮かぬ顔をしてるのんでどないしたんや?言うたら見とくなはれ、ちゅうてな。まぁ読んでみたら実家の親が入院せんならんちゅうことで十円の無心やわな。なんとかしたったらどや?なんとかしたったらって女子衆奉公してる身でそんなお金ができるわけがございまへん。実家のほうでわたしが金の生る木でも持ってるように思うてますけども。まぁまぁそんなこと言わんと。ちょうど店にな、遊んだお金があるのんでこれを送ったげなはれ、言うて送るわな。しあbらくしたら嬉しそうな手紙が来るがな。おかげさんで生まれて初めて親孝行さしてもらいました。これはこつこつ貯めてたこづかいと、いらんもん売り払うたお金でございますけれども、一円入れさしてもらいます。ちゅうて十円のところを一円、邪魔くさいけども「おもよどん一円入り」言うて帳面の端へ書いとくわ。しばらくしたら八十銭入り五十銭入り三銭入り二銭入り一銭入りと....七、八円も入れた時分には帳面のほうは筆の先でどがちゃがどがちゃがどがちゃがどがちゃが...な?こういうことがあんねん。ほでまぁ、番頭やないとでけんということはほかにもいろいろあるんや。ほんで実はね、わたし来年別家へ...ちゅう話がでてまんねや、暖簾分けやね。そうなると小さい店の一軒でも持ちましてですな、さしあたって要んのが嫁はんやけども、どこかにええ子おらんかいな思もて見てんねんけどね、わたしに一つ悪い病気があってな、夜中の寝ぼけるちゅう病気があって、手水から帰りしな人の寝間へ潜り込んだりすることがあんねや。まぁあんたのところへは滅多に行かんやろうけれども、拍子のひょこたんでや、間違うて、あんたの部屋へ行て、寝床へ潜り込んだときにや、キャーとかワーとか言われるとや、せっかくの別家の話がわやになんのんで、そこは帯の一件もあることやし、どがちゃがどがちゃがどがちゃがどがちゃが...と。魚心あらば水心、水心あらば魚心...

(久七、以下▲)番頭一人でなにを言うとんねやあれは?なに言うてまんねん!

●なに言うてるって女子衆に給金の決めしてんねがな。

▲女子衆やったらとっくに奥へ入りましたで?

●え?ほなここにいてんのんは誰や?

▲そら杢兵衛どんが風呂敷被って頭下げてまんねや。

●こら杢兵衛、お前なにしてんねん。

(杢兵衛、以下◆)あっ、あっ、あっ。わたいら帯もなんにもいりまへんさかいな、十円だけ一つどがちゃがどがちゃがどがちゃが...その代わり、なんやったら毎晩なとお越しやす。

●誰が行くかアホ。こら子供!もぉ、煙管詰まってたら通しとかんかい!

■番頭はん、そら筆だっせ?

●あ、筆か?これは。

まぁ番頭わけわからんようになっとります、うろうろして。奥のほうでは御寮んさんが。

(御寮んさん、以下□)これ定吉、定やん、ちょっとこっちおいなはれ。あれほど言うたあるやないかいな。うちは若い男の人が多いさかいに、別嬪が来たらごちゃごちゃごちゃごちゃ揉めてしょうがないさかい、言うたあんのになんでこんな綺麗な子ぉに来てもぉたんや?

■えぇ、わたいも口入屋の番頭に言うたんですわ。できるだけ不細工な女子衆、へちゃ頼のんますわ言うたんやけど、今年は梅雨に降って土用に晴れたさかい、どことも女子衆のできがえぇ言うて。

□お米やがなほんまに。せっかく来てもぉたんやさかいいてもらいますけれども、ほんまは下の女子衆が欲しかったんやけどもな、あんたみたいな綺麗な子には下もったいない。、上を務めてもらいまんねんけども、上を務めてもらうちゅうことになったら、針を持ってもらわないかんねんけども、針のほうはどうやいな?

○お針なんて聞きますと、穴があったら入りとぉございます。幼いころに母親よりちょっと手ほどきを受けましただけで、ただもぉ人衣文がひととおり、合わせがひととおり、綿入れがひととおり、羽織に袴に襦袢に十徳、鳶にマントに被布コート。針のかかるもんでしたら畳の表替え、雪駄の裏皮、蝙蝠傘の張り替え...

□蝙蝠傘まで!?器用なお子だこと。まぁこら、ぜひなくてはならんちゅうもんやないねんけども、うちの旦那さん派手好きでな、ちょっとお酒が入るとこれ、三味線弾きんか?ちゅわはんねんけども、あて三味線下手なんやわ、ちっさい時分からお稽古してもぉてんのになぁ。あんた三味線のほうはどうや?

○三味線なんて聞きますともぉ消え入りたいよぉに存じます。ただもぉ地唄が百ほどと江戸唄が百五十ほどが上がりましただけで、義太夫が三十段ばかり、清元新内織江に薗八越中節、都々逸大津絵とっちりとん。追分よしこの騒ぎ唄祭文ちょんがれ阿呆陀羅経...

□阿呆陀羅経までいけるのんかいな、器用なお方やこと。

○鳴り物も少々かじりまして、大皮に小鼓は申すに及ばず大太鼓に締め太鼓に寒太鼓篠笛尺八笙篳篥月琴木琴ぎんちゃんぽん、銅鑼に半鐘四つ竹法螺貝...

□法螺貝まで...!!器用な子ぉやないかいな。

○お子達が夜習いでも遊ばすようでございましたならばお手本ぐらいは書かせていただきますで、書は御家流でございまして仮名は菊川流で盆画、盆石、香も少々は聞き分けます。お点前は裏千家、花は池坊、お作法は小笠原流、剣術は一刀流、柔術は渋川流、槍は宝蔵院流、馬が大坪流で、軍学が山鹿流で、謡楽は観世流、そのほか鉄砲の撃ち方、地雷の伏せ方、狼煙の上げ方...

□えぇっ、狼煙の上げ方...

■(息を切らして)番頭はん...

●なんじゃい?

■えらい女子衆が来ましたでぇ?地雷被せて狼煙上げるや言うてまっせぇ?あんたの今夜の手水場行きはね、鎧兜で身ぃ固めんことには危ない。

●なにを聞いてきたんや?もっぺん行ってこい。

□あぁそうか、器用なお方やなぁ。うちもそれやったら助かるわ。ほんであんた、生まれはどちら?

○京都でございます。

□京都はどちら?

○寺町の万寿寺で。

□ほぉー、賑やかなところやないかいな。んで、ご両親は?

○わたくしはまことに型の悪いもんでございまして、父親には幼いころに亡くなられて顔もはっきり覚えていませんようなことで。母親には十五の歳まで育ててもらいましたが、ぽっくりと亡くなられまして。大阪の心斎橋に叔父が一人おりまして、そこで厄介になっておりましたんやけれども、叔父はまことに仏さんみたいなお方でございますねんけども、叔母はんのほうが根は他人でございますさかいな、口では大きなことを言わはりまんねんけどもな、お腹のちいちゃいお方でな。なにかにつけて目ぇで切って見せられるのが辛さにこぉして奉公に上がらしてもらいますようなことで。

□まぁあんた気の毒やなぁそれやったら。

○で、目見えの晩から泊めていただきますと、縁があるとかなんとか申しますのんで、今夜からご厄介になりとぉございます。

■番頭はん。

●えぇ?どうしたんや?

■あの女子衆、京都の生まれでやすて。

●そやろ!そやさかいそぉ言うてたんや。久七どんは紀州やちゅうねやがな。京の水で磨かなんだらあんな肌ができるかいな。京はどこや?

■寺屋の饅頭屋ちゅうてますわ。

●けったいな商売やなぁ...

■商売ちゃいまんねん、ところでんねん。

●そんなところがあるかい。寺屋...、あぁ寺町の万寿寺か。

■そうそう、で、おっさんが心配なしに鉢巻したはりまんねんけどもな。

●なんやねんその心配なしに鉢巻って?

■大阪でっせ?

●大阪???心配...、あぁ心斎橋の八幡筋か。

■そぉそぉそぉそぉ、ほんでおっさんが仏はんでおばはんが化物でやんねんな。口の大きい大きいな、お腹のちいちゃいちいちゃい、目ぇで顔切って痛い痛い。

●なにを言うとんねん、なにを聞いてきたんやお前は。

■ほんであのー、今夜から泊まりはります。

●あほなこと言いな、目見えの日ぃちゅうのはいっぺん帰んねや。ほんで何日かして改めて出直して来んねん。

■やけど、今夜からご厄介になりとぉございますって。

●え?目見えの晩から?泊まんのん?ほでずーっと?へぇー.....。おい、みな。今日、店早じまいや。なんでだんねん?なんでもええ早じまい。表行って片づけてしまい。

■なんのかんのって早じまいって。番頭、自分に思惑があるもんやさかいに。いままで早じまいなんてさしてくれたことあんのんか、ほんまにもう。夜なべやー夜なべやー言いやがって。まぁなんにしても早じまいちゅうのは嬉しいわな。(箒で掃きながら)あー、向かいの友吉どん、うち店早じまいでんねん。なんでやわかりますか?べっぴんの女子衆が目見えにつき早じまい。今夜うち来てみなはれおもろいでぇ?ごじゃごじゃごじゃごじゃとな。五銭くれたら見せたる。

●なにを言うとんねん、あほなこと言いな。

■えー、表片づけました。

●なら大戸閉めてしまえ。

■大戸って...まだ明るおまんがな。

●閉めたら暗ろなる。

■閉めたらうちら暗ろなるけど、表明るい。

●えぇ月夜やと思え。

■えぇ月夜?はっはっ、思いようもあるもんやなぁ。(大戸を閉める)ガラガラ、ガラガラ、ガラガラ。大戸閉めました。

●閉めたら神さんにお灯あげよう。

■えぇ?もぉ神さんに明かり灯しまんの?こんな早いときから、さよか。(火打石を打つ)はぁ~、神さんえらいすっくりいてなはんな、(蠟燭に火を灯す)こんな早よから明かり灯してもぉて。ねぇ?へぇ~っ。お灯あげました!

●あげたら湿して回れ!

■消しまんの?いま点けたとこやがな。

●旦那の身ぃになってみ、油一升なんぼほどすると思もてんねや。

■おいおい、神さんなぶりもんや。えらいすんまへんな、消さしてもらいますわ。いま点けたとこや。あんたもご災難で。

●なにをごじゃごじゃ言うとぉる。

■灯り消しました。

●消したら寝ようぞ?

■まだ飯食うてへんがな。

●いっぺんぐらい食わなんでどないやっちゅうねん。

■んなこと言わんと晩ご飯だけ食べさせとくなはれ。

●ほんなら早ぉお膳座して早いこと食え早いこと食え。早よ食え早よ食え早よ食え。むやむや食うてんねやあらへん、茶ぁ入れて流し込んでしまえ。早よ食え早よ食え早よ食え。食うたか?食うたか?食うたらお膳片づけて、布団敷いて、寝ようぞ!

■せわしな~。

●早よ寝ぇ早よ寝ぇ早よ寝ぇ早よ寝ぇ早よ寝ぇ、早いこと寝ぇ早いこと寝ぇ。あー、杢兵衛、明日出す手紙やったら明日書きぃな。早いこと寝ぇっちゅうてんねん。久七おまえもいつまで本読んでんねん早よ寝ぇ、そうそう、早よ寝ぇ早よ寝ぇ早よ寝ぇ早よ寝ぇ早よ寝ぇ、早いこと寝ぇ早いこと寝ぇ。横んなって目ぇ瞑ってじぃーっとしとったら眠とぉなんねんねやさかい。えぇか?寝たらいびきかきや?

■いびきの催促やがな。がー...がー..ごー..。こんなもんでどないでっしゃろ?

●いびきの相場聞くやつがあるかいな。早よ寝ぇ早よ寝ぇ早よ寝ぇ早よ寝ぇ早よ寝ぇ、早いこと寝ぇ早いこと寝ぇ。あー、どうやらみな眠ったらしいな。この間にちょっと手水場へ。にこにこ笑ろていびきかいてけつかんねん。悪いやっちゃなぁ。そこへ行くと子どもっちゅうのはまぁ無邪気なもんやなぁ、昼間やいやい言うて、十銭取っといて、枕元へ放り出して寝とる。いまのうちに取り返しといたろ。

■なにしなはんねん!

●起きとんのんかいなお前は。ほ~んまに、早よ寝ぇ早よ寝ぇ早よ寝ぇ早よ寝ぇ早よ寝ぇ、早いこと寝ぇ早いこと寝ぇっちゅうてんのにほんまに。早いこと寝ぇ。えぇな?早よ寝ぇや?早いこと寝ぇ~や。目ぇ開いてんと寝ぇっちゅうねや。

■番頭はんが枕元でごそごそごそごそ言いなはるさかい寝られやしまへんねがな!

●もぉしゃぁないなぁ、わしが寝んとみな寝よらんな。しょうがない寝てこませ。

番頭根負けして床を敷いて寝てしまいます。夜はしんしんと更け渡ってまいりまして。

◆久七どん。久七どん、寝とんなぁ...

▲なんです?

◆起きとんのんかいな、早いこと寝んかいな!

▲もし?番頭、一番はじめに寝ましたで?いびきが聞こえてまっせ?やいやいやいやい言うといて。けど、なんでんな、今日来た女子衆ちゅうのはべっぴんでんな?

◆べっぴんやなぁ~、あんな女子衆はこの近所に居てまへんなぁ。

▲もう二階で寝て、今夜から泊まりまんねや。

◆そうそうそうそう。

▲あの角のね、棒手屋の女子衆とどっちがよろしやろ?

◆んなもん比べ物になるかいな、月と鼈やがな。んな女子衆だてら白粉や紅べたべたつけて。あんな粉ぉのが吹いたんがよろしのんか?粉ぉのが吹いたんがよかったら吊るし柿でもしときなはれ。

▲違うがな、ちょっと言うてみただけやがな。こないだおもしろいことがあってね。

◆なんぞあった?

▲長屋のね、漬物蔵がおまっしゃろ?あそこへ入って行ったらね、あの女子衆が漬物の重しが持ちあがらいでね、難儀してまんねん。おてっだいさしてもらいまひょか?言うたら、「おおけに、はばかりさん」京都の女子っちゅうのは物言うときに言葉抑えまんな。「おおけに、はばかりさん」、ほんでわあても「いんえー、どういたしまして」。

◆んなおかしなことを言うたんやな。

▲んでまぁ漬物石持ち上げたら「お兄さんお名前は?」ちゅうさかい、久七と申します、ちゅうたら、「まぁ~、久七さんとはお懐かしい」てこう言う。懐かしい、ちゅうことになったらこれ(夫)が居たはりまんねんな、わたいらなんぼ想もてもあきまへんねんな、ちゅうたら、「いえ、わたくしはこう見えてもいっぺん他家へ嫁いだ身ぃでございまして、旦那に死に別れてこうして奉公さしてもぉとります。」ちゅうさかい、それやったらなんぞのご縁でんな。これからはもぉ漬物石だけやのぉて、困ったことがあったらなんでも相談しとくなはれな、言うて。ほんでまぁ女子衆は漬物石持って出ようとする、ほんだら女子衆さんのお井戸とわたいのけつがぼーんとぶち当たったんや。「まぁ~いかにわたいのお井戸がいっかいとて、お突きはらいでもよろしゅおすやないかいな?」いや、突いてやしまへんがな。「お突きやした」突いてやしまへん。「お突きやした」突いてやしまへん。「お突きやした」(杢兵衛を突き飛ばす)

◆こら、無茶すなあほ、他人の体布団の外へ突き出してどないすんねん。へっくしょい、あぁ~風邪ひいた。

●静かにせんか!

◆おい、番頭目ぇ覚ましよった。早よ寝よ早よ寝よ。

ごじゃごじゃ言うておりましても昼間一生懸命働いている連中ですさかいに、そろぉて寝込んでしまいました。夜は次第に更けてまいります。一番先に目を覚ましたのは二番番頭の杢兵衛で。

◆ふぁ、ふぁぁぁ...よぉ寝たなぁ、いま何時かいな?(部屋を見渡して)はぁ、みなはん寝こんどんな?この間に一番槍の功名を。

ということで、布団をぬけ出して台所と取り合いの襖をすーっ.....暗がりの中を手探り手探り。二階へ上がる梯子段。

◆(梯子に手をかけながら上がる)いたっ、いたぁ...ごろごろの戸で頭打ったがな。閉めたあんねん。掛け金がかかったあるがな。ははーん、御寮んさんの仕業やな?今夜あたり来そうなもんや、ちゅうて。上がれんようにしとんねや。もぉ~、なんでもかんでも細こいとこまで...店の者に任せとけばえぇやないかい。こっからやないと二階へ行けんと思もてるな?こっから行かいでも台所へ回って膳棚を足がかりに薪山へと。

まぁ苦しいときには知恵というものは浮かびますもんで。当時船場へんの台所には薪山ちゅうのがありまして、だいたい物を入れとくとこなんやそうですがね、薪やなんかを上からも入れられて下からも出し入れができるという、こういけいけになってまして。ほんでここに膳棚というお膳を乗せておく棚がありますな。それを足がかりに薪山へ抜けていこうと考えたのですが、拍子の悪いことに棚の片っぽの腕木が腐ってたんでね。こう、体の重みをかけた拍子に肩の上へガラガラガラ....

◆えらいことになったこれ。膳棚掲げてもぉたがな。はぁ~こんなとこ店の者に見られたら値打ちもなんにもあらへん。降ろすわけにもいかんねん、向こうがひっついてるさかいな、無理したらえらい音がすんねや。朝までこんなんかなんでぇ...

そのあとに目ぇ覚ましましたのが一番番頭で、これも同じように階段上がって頭ごつんと打って。

●はぁ~、御寮んさんの仕業やな?こっから行かいでも、台所へ回って膳棚を足がかりに薪山へと。

同じように勘定つけたのですが、今度は片っぽ取れてるもんですさかいな、手ぇかけるかかけんうちにガラガラ...

●あっ、えらいこっちゃ。膳棚掲げてもぉたがな。こんなとこ店の者に見られたら番頭の値打ちもあらへんがな。あ~、こりゃこりゃえらいこっちゃこれ。

◆あのー、声が聞こえてますが?ひょっとしたら番頭はんちゃいますか?

●あー、その声は杢兵衛かいな?ちょっと手ぇ貸して?

◆それが貸せんわ。わたいも膳棚掲げてまんねん。

●え?お前も膳棚掲げてんのかいな?はぁ~、あぁ~、これどないなる?

◆いや、どないなるって、番頭はん、そっち持ち上げたらあきまへんで?お膳がこっちへずーっと重たいのが流れてきまん...あー、あかんちゅうてんのに。なんや、コトンちゅうて倒れたで?醤油注しとちゃうか?そんなもん流れてきたら後手やで?あぁぁーっ、背中へ入ったがな、背中のやいとの皮が剥けたあんねや。

膳棚掲げて泣き出した。そのあとに目ぇ覚ましたのが久七どんで。これも同じように頭をごつんとぶつけて台所へ回って、今度は井戸側、井戸の縁に上って天窓の紐にぶら下がって一気に駆け上がって行こうという、昔のターザンみたいなことを考えた。思いつきはよかったんですが、女子衆が来たてでね、雨戸が閉め忘れてあった。ぴちっと閉めたあったらしっかりしてんねんけど。開いたままですからな。いっぺん井戸側に立って試してみたらよかったんやけど、一気に体の重みかけたもんですさかい、紐握ったまま井戸ん中へずーっ....

◆誰ぞ井戸へ嵌りましたで?

●こらえらい騒動になってきたがな。

◆うわーっ...どないしたらよろしい?

▲(井戸の底から上を覗く)あのー...声が聞こえてますけど。杢兵衛はんと番頭はんとちゃいますか?ちょっと助けとくなはれ。

●それが助けてやれんのや。わいら二人で膳棚掲げてんねや。

▲え?膳棚掲げてなはんの?膳棚命にべっちょおまへんけども?わたしこの紐切れたら泳ぎを知らんので。

●なんともしてやれんさかいしょがないがな。

□なんやいな、最前から台所でガタガタガタガタと...ほんまに。ちょっと、え?いや、あてが見てきますさかい灯り貸しとくなはれ。ほんーまに、猫と鼠が喧嘩でもしてんのかいな?

◆えらいこっちゃえらいこっちゃ、おい、御寮んさん台所へ降りてきはった降りてきはった。どないしょ?

●このまま振って逃げよか?

▲逃げたらあかんで逃げたら!あんたら逃げられるけどわいは、もう...こうなったら地獄の底まで。

◆あんなこと言うとるわ。こらどないしょ?

●ほなもう...このまま鼾かこか。

◆膳棚掲げたまま鼾かきまんのか。ぐーっ...

●ごーっ...

◆がっー...

▲ごーっ...

□どないしたんやほんまにもう...天窓の紐が井戸ん中へ入ってるやないかい。(井戸を覗き込む)そこにいてんのん誰や?久七どんやないか?あんたなにをしてなはんねん?

▲ちょっと..すいかの身振りを。

□またおかしなこと考えなはったんやろ?えぇざまやこと。けど、えらいこっちゃわ。しっかり掴まってなはれや?いまお店のみなさんにな、助けてもらいますさかい。あのー。お店総出やないかい!番頭に杢兵衛、えぇ歳して膳棚掲げて鼾かいて。なにをしてねはんねん?

●◆ええ、宿替えの夢を見ております。

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