落語聞き覚えメモ『向こう付け』(笑福亭仁鶴)
(喜六、以下■)嬶!ただいま!
(喜六の嫁、以下□)ただいまやないがな。いまごろまでどこのたつき回ってんねんほんまに。
朝から母屋からお使いが二べんも三べんも来てんねんで。「まだ戻りまへんか、戻ったらじき母屋へ顔出すよう言うとくなはれ」って。ええ?
あんたかてそやろ?どのあたりへ行って大体どのぐらいに帰って来るぐらいのこと言うてから出かけなはれほんまに。飛び出したらどこへ行ったかわからへんねでこの鉄砲玉亭主!
ほんまに….えらいことが起こったんやで?
■ええ?えらいことが起こったって嬶、ほんならなにか?地震か?
□何を言うたはんねん。あんたかて同じ地べた歩いてんねんやさかい揺れたらわかるやろがな。地震どころやないが。
■あー、ほな差し押さえか?
□差し押さえは半年前に食ろたとこや!二べんも三べんも差し押さえがあるかいな。
地震や差し押さえどころやないねやで。落ち着いて聞きなはれや。えらいことが起こったんや。あんたが日ごろ可愛がってもーてた母屋のご隠居さんが、亡くなったんやで。
■なくなった?んだら探さんかいな。
□お隠れになったんや!
■ええ歳して何晒すねんほんまに。鬼は誰や?
□かくれんぼやおまへんがな!落ち着いてあんじょう聞きなはれや。
あのご隠居さんが、死にはったんやで。
■え!?はじめてか?
□人間が二べんも三べんも死ぬのんかい?
■ほかて嬶、芝居の役者見てみーな。前の幕で殺されててな、次の幕で平気な顔して出てくることがあるやろ?
□しょーもないこと言うてんとほんまに…探し回ってんやないかいな。
早いこと直に、これ持って行っときなはれ。
■それなんや?
□お線香でっしゃないかいな!
■いや、線香て…これどないすんねん?
□どないすんねんって…仏さんにお供えをしまんねやがな。
■ほなー、嬶、何かいなまた、あのややこしいこと言わなならんなぁ。
□そうや。
■そうやってあれかなわんがなー、わいはもう気楽なことやったら朝から晩まででも喋ってんねんけど、あの決まり事言おうちゅうことなったら口ん中がウネウネウネウネしてて、脇の下から汗が出てもう言えんようなんねん。殊にあれはむつかしいなぁあの嫌味。
□何を言うてんねん。仏さんの前で嫌味言うてどないすんねん。悔みやろ!
■あー、悔やみや。あれ難儀やなぁ。
ほんだら、こないだ嬶あれで間に合わしとこか。
□何で間に合わすねんな?
■こないだ、あの上町のおばはんとこ行ったときの、あれで間に合わしとこか。
□あんた上町のおばはんとこ行ってどない言うたんや?
■「おばはんえらいとこやったなー。けどもう大丈夫やで。風向きが変わったさかいな…」
□火事見舞いやそれは!火事見舞いが悔やみの代わりになるかいなほんまに!頼りない人やなぁ。そこに座り直しなはれ。教えてあげまっさかいあんじょう聞きや!
「承りますれば、このたびこちらのご隠居様にはついぞようござませなんだそうで。お力落としのないように。でまぁ、これはもう気持ちだけでございますけれども、どうぞ仏さんに…」言うて。よろしな?んでー、今日は向こう行ったかて座敷の真ん中立って天井見てニコニコ笑てんねやないねんで?色々手伝わないかんことあんねんやさかい、手伝いなはれや。よろしな?ほんで、今日は昼時分なったかて戻って来んでええ。今日は向こうにご馳走ぎょうさんこしらえたあんねん、それ呼ばれなはれ。食べ過ぎなはんなや?食べ過ぎたら直しくじんねやさかい、腹八分目や。しっかりやっときなはれ!
ぼろくそに言われた。さて、この悔やみというものは、そう難しいことはないと思うのですが、これをあらためて言うということになると、始めからお終いまで考えていた予定通り言う人は、まぁありませんな。大体もう、口の中でごちゃごちゃごちゃごちゃ……言うといて隙があったら逃げて帰ろかちゅうのが、だいたいまぁ、悔やみに対する姿勢でございます。これを始めから最後まで予定通り言う人があったら、私はかえって人間性を疑います。だいたいが、まぁその、腰が浮いていますわ。
(呉服屋、以下★)ごめんやす…ごめんやす…
(母屋の主人、以下▲)どうぞおはいり。
★えらいこっでおましたなぁ…今聞いてびっくりしてまんねん。ええ?
あない元気にしたはったご隠居はんが、あんた…不意に、なんと言うてええやわからん!
まぁ人の命というものは風前の灯火やということは、こらまぁ…なんと言うてええやわからん!まぁ、今日あって明日ない…なんと言うてええやわからん!
ほなまぁ一つ、のちほど。
▲なんやあの人は?何を言うたんやら…「なんと言うてええやわからん!」だけしか分からなんだ。あれあのー、ちょっと悔やみ帳に付けたげ。えー、「なんと書いてええやわからん」。
なにを言うてんや。呉服屋の大将やがな。付けといたげ。
このあとにやって参りましたのが、たどん屋のおやっさんで、いままでたどんを捏ねてた。この話を聞いて思わず、その手も洗わんと、黒い手したまま、
(たどん屋、以下●)ほんまか!いま聞いたんやけどほんまか!そうかー、わしゃ嘘やちゅうたんやがな、言いとなるがな。ここの隠居とはゆんべ風呂で会うてんねやがな。「隠居はん、たまには背中ぐらい流さしとくんなはれー」ちゅうたら『そうか、えらいすまんなぁ』言うてなぁ、んでまぁ、言うてる間におまはんとこもなんやで、子供それぞれ大きなって、んで孫もできて、商売も上手いこと行ってて、いうことないやろということはないけど、さて、人の家というものは、どうしても他人さんの力を借らんならんてな時あるもんや、そういう折にあのー、わしを差し置いてよそに話を持っていくてな水臭いことせんといてや!きっと、わいとこおいでや!できるだけの力なるさかい、言うてな。ええ隠居はんやった…。
まぁ、この町内にも隠居はぎょうさんいてたけどな、みなそれぞれ逝てしもて、あぁ。ここの隠居だけは、もう親とも兄貴とも頼ってたんや。その隠居に逝かれてあぁた、これから誰を頼りにと思たらなぁ、こっち来しなからもう、ほんまにまぁ…仕事の途中で来たやつでな、着替えなおしてまた手伝いにのちほど来ますさかい、ごめん。
▲えらい顔で帰ったでー、そやけど。たどん捏ねてた手で顔じゅう捏ねまわすさかいにあな豆狸みたいな顔で帰ったで。たどん屋のおやっさんや、付けといたり。
このあとにやってまいりましたのが、例のパー助で、
■こんにちは!こんにちは!
▲おー、やって来た。九官鳥みたいな声出しやって。あの男あれでまたどういうわけか、あんなんやけど隠居に可愛がってもろうて、あいつの顔を日にいっぺん見なんだら隠居の機嫌が悪かったちゅうんや…こっちお入り!
■へぇ、こらまた町内おそろいで、これまた賑やかで。
▲あのな、いらんこと言いなや今日は。祭りで集まってんやないねんさかい、賑やかなんて言いなや。
■あのー、表の暖簾が裏返ってます。
▲わかったあんねんやもう。今日はそないしてあんねんやさかい、もう余計なこと言わんとこっちお入り!
■こっちお入りちゅうたかって…後ろのあの屏風かって裏向けになってまっせ?
▲今日はね、逆様事ちゅうて知ってしてんねやさかい、余計なこと言いな!
■あー、サカサマゴトでっか?ほんだらおたくらも後ろ向きに座らはらんかいな。
▲もうそんなこと言うてんと、台所で最前から御寮んさんが「まだ顔見せんか?」言うて心配してんねやさかい、早いこと挨拶しといで。
■御寮んさん!
(御寮人、以下△)まぁー、あんたどないしたんや!朝から探し回ってんねやないかいな!ほんまに!えらいことが起こったんやで?あんたが可愛がってもろてた隠居はんが…
■ええ、そうでんねん。わたい、今うち帰ったら嬶が「えらいこっちゃー」言うさかい、地震か?言うたら、「何を言うたあんねん、おんなじ地べた歩いてて下が揺れてたらわかるやろ」、ほな差し押さえか?「半年前に食ろたとこじゃ。差し押さえが年に二べんも三べんもあるかい!」「あんたが可愛がってもーてた隠居はんが亡くなったんや」て言うさかい、なくなったら探さんかいな。「違うがな、お隠れになったんや」言うさかい、ええ歳して何晒すねんな。鬼は誰や?言うたら「あんた底抜けのあほやな!」言われて。「死にはったんや」言われたさかいわたい思わず、初めてか?て言うたら、「二べんも三べんも死ぬもんがあんのんかい」言いますけどな、御寮んさん。芝居の役者な、見て知ったはりまっしゃろ?前の幕で殺されて、次の幕で何でもないような顔して出てきまっしゃろ言うたら、「しょーもないこと言うてんと、早いことこれ持って行っときなはれ」言うてね、嬶に言われて来ました。
力落としなはんな。隠居はんかって悪気があってそういうことなったちゃいまんねんさかい。これ、隠居にやって。
△もう、おーきにおーきに、あんたの顔見たら朝から初めて笑わせてもろたわ。ああ、おおきにおおきに。
■さよか。ほんで、今日はいつもみたいに座敷の真ん中に立って天井見てニコニコ笑たりしまへん。今日はあんきょろりんとしまへんで。色々忙しい用事があんねんさかい、わたいなりのことをやらせてもらおう思とりますのん。んでー、昼時分になっても帰りはしまへんの。今日はこちらにご馳走が仰山あるさかい。あんまり食べ過ぎはしまへんねんわたしは。お腹大きなり過ぎたら直しくじりますさかい、腹八分目や呼ばれて。
△まぁ~おもしろいなぁ。家で教えてもーてたことみな喋ったーる。
そうかそうか、おおきにおおきに。あんたがそう言うてくれたんで今思い出したんやけど、他々の段取りはできたあるんやけども、肝心のお帳場の方やけど、阿倍野斎場になってんねやけどもなぁ、まだだーれも決めてないねんわ。あんたこれから悪いけど直走ってくれるか?ほんでお葬式はこの二時からやねん。えらいまた急やなぁと思うやろうけど、明日は日が悪うて、明後日は友引でさらに悪いのんでな。ばたばたとこういうことになったんや。ほんでこれから行ってくれるか?あんた一人やったらちょっと心細いさかいに、あとから確かな人をやりますさかいな。たのんましたで。
これお清や、猫やないかい。しゃいしゃいしゃいしゃい…
■御寮んさん言うだけ言うて行ってしもたらあかんがな。わたしみたいな者に帳場頼んでどないしまんねな字書かれへんねんでわたしは、ほんまにー。店の者みなこっち向いて笑うたるわ。
いっぺん家帰ったろ。
■嬶!
□どないしたんや?あほやなぁ手伝わならんかいな!
■嬶、わいこれから九州のほうへ逃げよう思てんえねんけど、お前丹波のおばはんとこへ身隠すか?
□何をわけわからんこと言うてなはんねん、どないしたんや?
■御寮んさんからお帳場頼まれてなぁ…
□結構やないかいな。何がってそうやないか?あんた、ほかの仕事さされるより、お帳場はんいうたら人一倍目立ってやなぁ、役に立つ仕事やないか。頑張らなんかいな!
■お前までそんなのんきなこと言うてんのかいな?わいは字よう書かんねんで!
□まぁ、そやったなぁ。そらえらいことやないかいな。御寮んさんも何考えてあんたみたいな人に帳場を…ほんで何かいな?あんた一人か?一人やったら心細いさかい、後から確かな人をやる?よかったー。それやったらお葬式はこの二時から?ああ、それやったら時間がないさかい、これから走んなはれ。よろしな?走んねんで?歩いて行ったらあかんで?走って、後ろから来た人に追い抜かれたらあかんで?先向こう行って、お茶も沸かして、ここらもきれいに掃除して、ほんで帳面も綴じて、あとから来はった人には、何もしてもらわんでええようにしとくねや。ほんでその人がお越しになったら、丁寧に両手を仕えて、『えー、ご苦労さんでございます。もう掃除もしてあります。帳面も綴じております。お茶も沸かしてございます。あんさんには何一つしてもらうことはござりません。つきましては、お願いがありますといいますのは、わたしはいろはのいの字をどっちからうちこんでええやわからん無筆でございます。それやったらお帳場を頼まれぇでもてなおますけれども、御寮んさんが、後から確かな人をやるとおっしゃったんで、あんさんを頼りに引き受けましたようなことで、他々のことはなんでもやらしていただきますので、お帳場のほうはよろしゅうお願いします。』言うて丁寧に頭下げたら嫌っちゅ言われへんわ。二時いうたら間もないやないか?早いこと行っときなはれ!
■ああー。こらまたえらいことになったなぁ…あのー、ちょっと物尋ねますが、十一屋の帳場はどこでおまっしゃろか?
(通行人)十一屋の帳場?向こうのあの立て看板に書いてあるがな。読んだらわかるが?
■もっと親切に教えたれアホ。読んだらわかるのはわかったあるわい。読まれへんさかい尋ねてんのんじゃ。ほんまに…
■あー、ちょっと物尋ねますが、十一屋の帳場はどこでおまっしゃろ?
(帳場Ⅱ、以下◆)へぇ、ここですがおたくは?
■へぇ、帳場頼まれて来た者ですが。
◆…待ってましたんやがな!あんまり遅いさかい、どないなるかしらんと。よう来とくなはった。まぁそこに座っとくなはれ。もうご覧のとおり掃除はできております。お茶も沸かしてあります。帳面も綴じてございます。あんさんには何一つしてもらうことはございません。つきましては、お願いがありまして、わたしは自分の名前をどちらから書いていいやらわからん無筆でございます。それやったら帳場を頼まれぇでもてなもんでおますけれども、御寮んさんが、後から確かな人をやるとおっしゃったんで、あんさんを頼りに引き受けたようなことで、他のことはわたしがやりますので、どうぞお帳場のほうはよろしゅうお願いします。
■さよか…。わたしこれから九州のほうへ逃げよう思てまんねん。あんたは肥後の熊本かどっかや。
◆なにを言うてなはんねん。お願いします。
■いや、お願いをされたいねんけど、実はわたしも、いろはのいの字をどっちから書いていいやわからん無筆でおます。
◆えっ、そかて兄さん、お帳場頼まれなはったんやろ?
■そうでんねん。御寮んさんが、あとから確かな人をやるとおっしゃったんで、あんたを頼りに引き受けたんや。走って来たんやけどなぁ…..こらまた難儀な。
◆笑ろてる場合やおまへんで?もう送り手が来まんねんで?
■えらいこっちゃな、どないしまひょ。
◆えらいこっちゃな言うたかて…おたくの親戚とか知り合いに字の書ける人はいてまへんやろか?
■あ!いてますわ~一人だけ。
◆よかった~!!もう、その人にこれからね、来てもらうわけにはいきまへんか?
■あー…そらぁ、頼んでもええけども、だいぶ遠方だすさかいな。
◆それやったら、車賃出しますさかいね。
■いやー、もう人力でもちょっと間に合わんやろと思いますがな。
◆さよか、あきまへんか?遠方だんなぁ…どこに住んだはりまんねん、その、字書ける人は?
■字書ける人?満州…でんねん。
◆アホか。満州に住んでる人がやな、この葬礼に間に合うか?
■そやさかい、わたしは間に合わんやろう、言うてまんねん。
◆間に合わんすぎんねん!ほんまにもう…のんきな。もうしゃぁない、ほんだらとりあえずここへ、二人揃うて座りまひょ。
■いや、座りまひょ言うたかて、あのー、字の書けん者が二人こんなところに座ってニコニコ笑うてても何の役にも立たんと思いますが…
◆しょうがないがな!もう…ええ?んでもう、わたしいま考えたんやけども、この帳面これをね、向こう向けまんねや。ほんでー、筆もね、向こう向けときまんねん。
■どういうことです?
◆え?どういうことですって、送り手につけてもらいまんねや。「めいめい付け・向こう付け」言うて。「勝手につけて、勝手にお通り」言うて。
■上手いこと考えなはったなぁ~!
◆考えなしょうがないがな!よろしな?「めいめい付け・向こう付け。勝手につけて、勝手にお通り」って。来たら言いなはれや!
(守屋徳三、以下×)ああ!お帳場はんご苦労はんでございます。一つあのー、「守屋徳三」とお願いをいたします。
■へぇ、ご苦労はんでございます。
×えー、おいおい後がつかえて参りますので、「守屋徳三」と。
■へぇ、それは。はい、いらっしゃい。
×いや、いらっしゃいって…
◆(「めいめい付け・向こう付け」や)
■あのー、「めいめい付け・向こう付け」になっとります本日は。勝手につけて勝手にお通りを。
×ええ!?ほななんでっかいな、送り手がつけまんのんか。
■さようさよう。
×なにがさようさようや。まぁー、つけとおっしゃうならつけんこたおまへんけど。ほんでー、おたくら二人そこに座ってなにしてまんねん。
■つけるかつけへんか見分の役や!
×腹切りやまるでこれは。時代も変わりましたなぁ、向こう付けでやすって。この具合やったら、山菓子も向こう付けになるやわからん。
『えらいついでにすんまへんけど、「天王寺屋藤助」とね』
×ああ、「天王寺屋..」
『難波屋徳蔵とひとつお願いをいたします』
『あのー、奈良屋辰之助とついでに』
×わたいが帳場になってしまうわこれは!勝手につけなはれ!
怒って帰ってしまいます。
◆あー、よかったよかった、もう直しとけこんなんみなもう。懐へ入れとけ。
言うてるところにやってまいりましたのが、着物の上から法被を引っかけました男で。
(手伝いの又兵衛。以下◎)お帳場はん。えらいご苦労はんでございます、すんまへんが一つ「手伝いの又兵衛」と書いてもらうわけにはいきまへんやろか?
◆はぁー、手伝いはんか又兵衛はんか知らんけどあんた、来んの遅かったなぁ。いま店閉もた。
◎そんなアホな、うどん屋みたいに言いなはんな。えー、一つ。
◆一つちゅうたかて、あんた、帳面も筆もおまへんやろ?ええ、店閉もた。
◎店閉もたって、えー、そのー、お連れはんの懐から見えてまっしゃないかいな、帳面も筆も。
◆(せやさかい早よ隠し!っちゅうねん。不細工なほんまに..)
◆えー。本日は「めいめい付け・向こう付け」になっとりますので、勝手につけて勝手にお通りを。
◎ええ!? 「めいめい付け・向こう付け」っちゅうと、なんですか?送った者が自分でつけまんのか?
◆さようさよう。
◎さようかー。ここのことですかいな?いま向こう行く人がけったいな帳場やー、けったいな帳場やー言うてみなぼやいて言ってましたけど、ここですか?
えらいすんまへんねけどな、お帳場はん。風見てもうたらわかりますけど、わたい職人でね、生まれてこの方筆てなもんを持ったことないのんでね。どういう風にそのー、運んでええやわからんいう風な無筆でございますので、わたしだけ特別に一つこう、書いてもらうわけにいきまへんか?
■あんた字あかんの?いまどき珍しいなぁ。字もよう書かんのに葬礼送ったりしな!
◎んなアホなこと言わんと、一つお願いします。
■お願いしますちゅうたかって、わたいらもここでね、座ってますけどね、二人ともね、一文字もあきまへんねん。
◎そんな。てんごおっしゃらんと帳場はんやろおたくら。
■お帳場はんやけど、格好だけだんねや。字書けまへんねや。で、「めいめい付け・向こう付け」と。
◎そんなアホなことあるかいな。お帳場はんが字書けんやなんて、ほななんでっしゃないか、あんたら書けん、わたしが書けんちゅうことなったら、わたしの送ったことは一体これどないなりまんねん?
■心配しなはんな。あんたの送ったことは内緒にしときますさかい。