落語聞き覚えメモ『つぼ算』(笑福亭仁鶴)
●今度、お宅の近所へ宿替えしてきましてなぁ。
(徳兵衛、以下■)ああ、そうらしいなぁ。ちょっと声かけてくれたら祝い物の一つでもさしてもうたのに。けど、おまはんとこはほんまもんの宿替えやさかい、めでたいなぁ。
●ええ?宿替えにほんまとか嘘とかありまんのんか?
■まぁ嘘ちゅうのもおかしいけども、表通りから裏筋へ引っ込むやつは「逼塞」ちゅうてあんまり感心せんけども、こないだ聞いたところによると、おまはんとこ裏筋から表へ出て、立派な宅替えやさかいめでたいのんで、ちょっと声かけてくれたら、引っ越しの祝いなんか考えさせてもうたのにと、こない言うてんねんや。
●えあらいすんまへんなぁ挨拶が遅れましてなぁ。今度の家ちゅうのはええ家でな、気に入ってます。
■そうか。どないええねん?
●今度の家、表の戸をガラガラと開けまっしゃろ?ほでこう、踏み込みまっしゃろ?ほなもう中へ入れてます。
■わからんわお前の言うてることは。どこの家でもそうやろ?
●ええ、ほで入ったところに一件の通り庭がおまして。これがずう~っと続いててね。しゅうっと行けんねん。肥え汲みはんなんか肥え籠を担いだままね、しゅう~っと入ってくる、肥え汲みに便利のええ家やなぁと思ってなぁ。
■お前もおかしいやっちゃなぁ、肥え汲みはんに都合よかってお前何が嬉しいねん?
●ええ、ほんで突き当りにへっついさんがおまして、これが今まで見た、置きべっついの一つべっついやのぉて、塗りこんだ二つべっついの立派なやつで。
■そら結構な。
●そうでっしゃろ?ほんで上に三方さんの棚がおましてな。ほんでそこで布袋はんが三体ね、鎮座ましましてますわな。もう埃やら煙でね、ずずぼろぅなってまんねんけどね、うちの嫁はんが言うのには、『前から住んだはった人が台所の守り神としてお祀りしたあんねやさかい、動かしたりしなや。障りがあったらいかんさかい。』言うてな。
■そらそうやがな。
●んでその上に天窓がおましてな、そこで猫がちょいちょい昼寝してます。よぉ寝ます、ねこちゅうぐらいやさかい。ずぅっと寝てます。
■ウチに何しに来たんやお前は?
●ちょっと頼みがあって来たんですけど、ここから言わなわからんというようなことで。ほんで、その天窓から猫がね、鼠かなんか見つけたんでっしゃろな。猫が、『おっ、こいついっぺん捕ったろかいな』と思たんでっしゃろな。
■誰が思たんや?
●猫が。
■猫がそんなこと思うか?
●思うように、思うけどね。ほんで、飛び降りしなに背の高い布袋はんの頭をね、後足でぽーんと蹴らはったんや。ほんだら立ってる布袋はんかって『おい、何すんねんな、大人しい立ってるもんの頭を不意に蹴ったりしぃないな』と思たんでっしゃろな。
■誰が思たんや?
●布袋はんが。
■布袋はんがそういうこと思うか?
●思うように、思うけどね。ほんで、ぼーんと蹴られた拍子に真ん中へ寄って行ったんや。ガタガタガタガタ...ほんなら真ん中の布袋はんかてほっと見たら寄って来はるさかい『おもろいなぁ』と思たんでっしゃろな。んでわいも寄うたろ...
■お前は何の話をしてんねや!
●いえ、順番に言うてまんねんけどな。ほんで真ん中の布袋はんかてぽっと見たら寄って来はるさかいおもろいなぁて思たんでっしゃろな。んでわいも寄ったろ...
■お前何の話をしてんねや。
●いえ、順番に言うてまんねんけどな。ほんでこの真ん中の布袋はんかって、ガタって寄って行きはったんや。な?
■も~...ゆっくり聞くわ。
●ほんでこの真ん中の布袋はんかてガタガタと寄って行きはったら、端のちいさな布袋はんかって、横見たらご近所から機嫌よぅ寄って来たはるさかい、『こらわしも同じようにせんと、今後の付き合いに悪いなぁ』と思たんでっしゃろな。やっぱり思いますわな。
■まぁ思いぃな。おもいきり思い。
●ほんで同じようにダダって行ったところが今度は端に何もおまへんやろ?そのまま墜落しましてな。ほんだら真下に水つぼがあってな。そこへ命中してね、んでつぼが破壊してね。
■戦話みたいに墜落・命中・破壊やなんて...なんやろ?お前が言うてんのんは、つぼが割れたんやろ?
●そうでんねや。『嬶!えらいこっちゃ、つぼ割れたで!』言うたら『何を言いなはんねん、宿替え早々物が割れたやなんて、験の悪いこと言いなはんな』『ほかて、ここらバラバラなってるがな』言うたらうちの嫁はんが『いや、そら割れたんやない。数が増えたんや』言いまんねん。やっぱり嫁はんええこと言うわ。割れたんやない、数が増えた。やっぱりええこと言うわうちの嫁はんは。元おやまだけあって。
■あのな...お前そんなこと町内で大きな声で言いなや?
●ええ、ほんでつぼ買うて来よか?言うたら『そうでんなぁ、いままで一荷入りのつぼでちょっと不便してたんで、これを潮にちゅうのはおかしいけども、二荷入りのつぼに買い換えといなはるか?』『そやなぁ、ほんだらわしゃ行ってこよか』ちゅうたら『ちょっと待ちなはれ。あんたぐらい買い物の下手な人はないねや。安い品物に高い金払うて、おおきにありがとうって礼言うて帰ってくるような人や。そこへ行くと徳さんは買い物が上手い。』あんたのことでっせ?『あの人は買い物が上手い。だいたいもともと渋ちんにできてるし。始末家やしね。んでケチやし。まぁああいう人は上手いこと買いはるさかい、一緒に行って、水つぼ買いに行っとくなはれ。』って言われて。嫁はんにな。行ってくれるか?
■お前いま何言うたんや!?
●いえ、わい買い物下手であんた上手い言うとまんねや。だいたいああいうやつは渋ち...なんですわな、だいたい始末...なんですな、ケチ...なんでございます。あんた聞いてたん!
■誰としゃべっとんねんアホ。聞いてたんってわしが聞かな誰が聞くねん。ここに二人しかおらへんやないかい。
●あ~...こらいかんわ。こんなこと本人の前で言うたらあかんわ、こりゃ。いつも陰で言い慣れ..
■あのな、おい。そんなこと言い慣れなや。つまりなんやろ?お前が買い物下手でわしがちょっとでも上手いこと買うさかいに、一緒に付いてってもうて、水つぼをちょっとでも安ぅ買うて帰ろうと、こない言うねやろ?
●そうそう、わかりゃそんでええ。
■えらそうに言いな。嬶!ちょっとこの男に付いて行ってきます。ああ、直に戻ります。はい、はい...たのんます。はい。お鉾持って出ぇ。天秤棒持って出な。
●なんでこんなもん持って行くねん?
■なんでもええねや。安ぅ買うときの道具になんねんさかい、黙って持って出ぇ。
●あの~、買い物ちゅうもんは上手下手あるもんやそうですな。
■「買い物天狗」言うてな。横で見てて、あの品物はあんな安い値段でどうして手に入れはんねやろ、と。感心も得心もするような人がいてるな。
●ああ、せやそうでんな。
■まぁこれから道すがら、歩きながらお前に買い物のコツちゅうのを教えたろう。
●へぇたのんまっさ。
■これから二人揃うてやね、まぁ古手屋に古着をね、買いに行くとしぃな。
●へぇ、これから二人そろて瀬戸物町につぼ買いに行くんやけども。
■そらわかってんねん。せやから仮に、ちゅうてるやろ。仮に、これから古手屋に古着を買いに行くとしぃな。
●う~ん...お前がどうしても言うねやったら、行かんことないけども...銭足らんやろ?
■何をごちゃごちゃ言うとんねん、仮に、やがな。ほんでお前が紋付の羽織ほしいときにはな、『おい、ちょっと紋付の羽織見せてんか』ではいかんねんで。
●なんでやねん、紋付の羽織ほしいときに『紋付の羽織見せて』言わなどない言うねや?
■それが駆け引きや。『縞もんの羽織があったらちょっと見せててくれるか?』向こうは揃えよるわな。この縞もんをじぃっと見てて「キズ」を付けんねんな。
●はぁ~、破んのん?
■「口でキズを付け」んねん。
●喰いつくの?
■何を言うとんねん。縞柄がボヤけてるとか、脇つぼにキズがあるとか、こんなもんしかなかったらしょ~がないなぁ、と言うて『せっかく入ってきたのに何も買わんと帰るというのは、どうも頼んのぅてどもならん、おまはんとこかってむかつくやろが。ついでやけども...』て、この「ついで」かましとくねんで?『紋付の羽織があったら見せてくれるか?』揃えよるわな。これ見てなんぼや?これええなぁ、言うてみ?向こうが十五円で売ろうと思たかって、ああこら買う気があるなと思った時には十六円、十七円と言うてきよるわな。そこをやな、わしみたいに『あぁ~まぁ、しかしなんやなぁ、裏の柄も気に入らんしなぁ、脇つぼにもキズがあるし、こらちょっと仕立て直しをせんならんかもわからんけれども、まぁせっかくや、安けりゃ買うとこか?』と、そこで言うてみぃな?向こうは、こら張り込んだ値段言うたら逃げるなこの客は、と思たときには、十五円と言おうと思たんを十四円、十三円と遠慮しよるわな。そこで初めて紋に気づいたようなフリをして、『ああ、こらウチのんと紋が違うな。紋代これもう一円引いといてくれるか?紋を代えんならんさかい。』言うてみ?同じものを買うのでももこれで上から五円違うてくるやろ?これが買い物のコツちゅうねん。わかったか?
●えらいもんやなぁ...なるほどなぁ。
■いや、なるほどなぁってな、わしの言うたことがわかったか?言うてんねん。
●ああ、そらやっぱり大したもんやなぁお前はな。やっぱり大したもんや。紋が違うて、脇つぼにキズがあったら五円やと思うわ。
■わかっとんのかいなこいつは...頼んないやっちゃなぁほんまに。ええ?ごちゃごちゃ言うてる間に瀬戸物町やってきた。
●ほんまや、ここら瀬戸物屋ばっかりでんな。
■ああ、近頃は瀬戸物でなんでもできる。
●瀬戸物の褌は痔に悪いやろなぁ...
■わしの言うてんのんは、瀬戸物を拵える技術が進んだ、ちゅうてんねや。
●はぁ、さよか。
■さよかやあらへんがな。あこの店あるやろ?暖簾の横、あこにえべっさん、大黒さん、あれが作り物や。焼き物やで。ええ、あれ見てみぃな。目から鼻にかけてニコッと笑ろてるところ、あれ、拵えのんやと見えるか?生きてるようなやろ、ちゅうてんねん。今に物でも言いそうなやろ、とこない説明してんねや。
●ああ、そうやなぁ、人の気は色々やねぇ。
■なんや、人の気は色々って?
●わい、あのえべっさん大黒さんより、暖簾から顔出してる子供のんがよぉできてると思うけどね。
■あらあの店の丁稚やがなアホやな。
●ああ、丁稚か。生きてるような。
■生きてるわアホ。
●今に物でも言いそうな。
■言うわホンマにもぅ...おかしいやっちゃ、お前そういう頼んないやっちゃさかい、嫁はんに言われんねや。なぁ?
この店これから入ります。
■入るけど言うとくで?商人ちゅうもんは足元見よるさかい、足元見られんように。わかってんな?ええ?わしがべらべらしゃべってるときにお前横から口出さんように。わかってるね?段取りがおかしぃなるさかい。瀬戸物屋の!
(瀬戸物屋の番頭、以下▲)へぇお越しやす。どうぞお入りどうぞお入り。
■いやいや、そう大層にしてもらうほどの買い物やないねんけども。水つぼをちょっと見してもらいたいと思って。
▲へぇ、水つぼでおましたら、一荷入りは表通りに並べたありまんねんけども、二荷入りは裏通りにずらぁっと。
■実はわしの買い物と違うて、連れが来てんねや。ちょっと待ってな。さぁ、おい、こっち入れてもらい。早よこっち入りっちゅうてんねん。おい、店の入り口でつくぼってなにしてんねんお前は。着物の裾引き摺ってるがな。
●足元見られんように...
■誰がそんなこと...!頼んないやっちゃなほんまに...こっち入れ。だいたい買い物っちゅうもんは、家帰ってから『あれを目につけたけども、横にあったやつにしたらよかったなぁ』てよぉ悔やむもんや。そういうことのないようにお前の買い物に来たんやさかい、このつぼよぉ見て、間違いのないように気に入ったか、いらんかよぉ見てみ。
●あぁ~、これか。このつぼか。はぁ...このつぼは...こら...このつぼは。こらどうも...こいつはどうも...このつぼは。こら~どうもこのつぼは...どうもこのつぼは...
■何をごちゃごちゃごちゃ...どないや?
●このつぼ具合悪い。
■どない具合悪い?
●どない具合悪いって...つぼってなもんは、口があって底があるさかい水入んねやろ?
■当たり前やないかい。そんなこと何を改めて言うとんねん。
●改めて言うたかって、このつぼ見てみぃな。口が塞いでて底抜けたある。
■伏せたあんねんそれは!塩梅見てみ。
●はぁ...このつぼは...こら...このつぼは。こらどうも...こいつはどうも...このつぼは。縞柄がボヤけて...
■あのな...おいおい、水つぼに縞柄なんぞないわ。
●あぁせやせや、こら仕立て直しせんならん...
■水つぼを仕立て直しなんぞでけへん。
●ああ、紋が違う。
■アホかお前は!ボケカスひょうたんらっぱ!
▲もしもし、あの~、店先で喧嘩せんようにお願いします。
■いや、喧嘩するわけやないねんけどな。こういう頼んない奴っちゃさかい、嫁はんから頼まれて来てんねや。頼まれた手前やで、お前とこの値段でさよか言うて買うて帰るわけにはいかんが。な?ごじゃごじゃなしで、あっさりなんぼや?この一荷入りのつぼ。ええ?あっさりと。なんぼや?
▲ええ~...さいでおますなぁ...まぁご承知の通り、ここら軒並みが同商売でございまして、瀬戸物屋ばっかりで。ウチが張り込んだ値段つけるちゅうわけにはいきまへん。で、朝商いのことで、あんさんがたのことでおますさかいに、せいぜい勉強しておまけ申して、どんと張り込んだところが、三円五十銭が一文も負かりゃしまへんねや。
■ややこしい物の言い方しないな。途中まで負けんのんかいと思たわ。ほな何かいな?軒並みが同商売でやね、朝商いのことで、あんさんがたのことでおますさかいに、せいぜい勉強して、おまけ申して、どんと張り込んだところが、三円五十銭やな?
▲へぇ、さいでおます。
■ほなこれが仮にやね、軒並みが同商売やのぉてやね、朝商いやのぉてやね、あんさんがたやのぉてやね、せいぜい勉強せんと、おまけ申さんとやで、どんと張り込まなんだら、こらなんぼやこれは?
▲へぇ、三円五十銭。
■同じこっちゃアホ!せやからややこしいんやお前の言うことは。三円五十銭の五十銭、目障りでしゃぁない、三円ちゅうことであっさりと。
▲いや、それは手荒い。
■手荒いちゅうたかってね、そうしてくれたらちゃぁんとお鉾まで持ってきたあんねん。天秤棒。このつぼをわしらが差し担いで持って帰ろうちゅうねんで?そやなかったらお前のとこ仲仕雇うて仲仕賃が別に要るやないかい、そこまで考えてんねん。
▲それにしても...
■それにしてもちゅうたかて、長屋戻ったら嬶連中に『水つぼ買うねやったらよそ行きなや。ここやで。』って宣伝のことまで考えてんねやで?三円ということで。
▲ほんに兄さんお買い物がお上手でございまんなぁ、そう言われたら負けないかんようなことで。
■ああ、三円にしてくれるな?よし、三円出し。ええ?三円出し。
●なんや偉そうにボンボンボンボンボンボンボーン、人のことアホやとかボケやとかカスやとか言いやがって、お前ばっかり礼言われやがって、ほんで金出すのはわしやないか。
■何を言うとんねん、お前の買い物に来てお前が出さなんだら誰が出すねん。
●ええ、なんぼや?
■三円や。
●置いとくで。
▲へぇ、おおきにありがとうさんで。
■よし、棒掲げ、肩入れて。ケツ上げ。ヨイットセ、ヨイットセ...
●おい、ちょっと待った。
■はよ行け。
●はよ行けってお前...これ一荷入りのつぼや。
■そうや。
●そうやちゅうたかってお前、嫁はんから二荷入りのつぼに買い換えて来いと言われてるんや。こんなもん持って帰ったらまた叱られる。
■黙って表へ出えちゅうてんねん。
●表へ出えちゅうたかって...
■うるさいやっちゃなぁ、表へ出たらこのつぼが大きなんねん。
●表へ出たらこのつぼが大きなんのん?風当たったら膨らむか?
■はよ行け、ヨイットセ、ヨイットセ...ヨイットセ、ヨイットセ...次の辻左に曲がれ。ヨイットセ、ヨイットセ...ヨイットセ、ヨイットセ...次の辻もっぺん左に曲がって。ヨイットセ、ヨイットセ...次左。まっすぐ行けまっすぐ行けまっすぐ...
●ちょっと待った、こんなんしたらまた元の瀬戸物屋に戻ってきたで?
■そんでええねん。ヨイットセ、ヨイットセ...おい、瀬戸物屋の!
▲ああ、お客さん、なんぞお忘れ物でも?
■ありがたいなぁ。忘れ物ちゅうとこを見ると、わいらの顔覚えててくれたな。
▲(忘れる間もないわ)いま出ていきはったとこでっしゃろ?
■いや、なんで帰ってきたかちゅうたらやね、表へ出るなり、この嫁はんから二荷入りのつぼ買うてこい言われてたと、そういうことぼやくねや。それやったらはよ言えと叱ってたとこや。
●わい初めから言うてた。
■ほでこの一荷入りのつぼと二荷入りのつぼを買い換えたいねやけど、そういうことはできるか?
▲ああ、おっしゃるようにさしてもらいます。
■そうか、ありがたいな。ほな、この二荷入りのつぼをね、最前みたいに、こう縄かけてお鉾通せるように。
▲へぇへぇ。亀吉、二荷入りのつぼと買い換えなさるさかいな、縄かけてお鉾通せるように。ありがとうさんでございます。
■ほで、この二荷入りのつぼっちゅうのは大体なんぼや?
▲なんぼやとおっしゃっても、一荷入りが三円五十銭でおますさかい、倍の七...あれ?一荷入り三円でお願いしましたなぁ、ということは六円...あんた買い物上手いなぁ、そやけど。えらい負けんならん。
■そんでええねん、わかりやすぅてな。ほんで、先に三円渡したあんな?先に三円渡したあるやろ?
▲ええ、ここにまだ置いたままになってまんねん。直す間もないという。
■ほで、この一荷入りのつぼ、なんぼで引き取ってくれんねん?
▲???もっぺん言うてもらいます。
■この一荷入りのつぼをね、なんぼで引き取ってくれんねんちゅうねん。
▲なんぼで...まぁ今お買い上げいただいたとこでおますさかい、キズさえなかったら元の三円で引き取らせていただきます。
■ありがたいなぁ。先に三円渡したあるやろ?
▲ええ、ここ置いたままになってまんねん。
■ほんで一荷入りのつぼを三円で引き取ってもぉて、都合二荷入りが六円で、二荷入り持って帰ってええな?
▲??????もっぺん言うてもらいます。
■お前人の話いっぺん聞いたら覚えときぃな。先に三円渡したあるやろがな。
▲ええ、ここ置いたままなってます。
■ほんで一荷入りのつぼ三円で引き取って二荷入りの六円やさかい、二荷入り持って帰ってええか、てこない言うてんねんわからんか?
▲あっ...わかりました、どうぞ持ってお帰りを。
■早いこと行け。
●フハハハッ...ブッ!なるほどお前買い物上手い。
■笑いなアホ、早いこと行け早いこと。逃げるように行け逃げるように。
▲もしもしお客さん!すんまへん、ちょっと戻っとくんなはれ。どうも勘定が合わんわこれ。戻っとくんなはれ。
■おう、戻ったれ戻ったれ。ヨイットセ、ヨイットセ。おい、どないや?
▲二荷入りのつぼ、六円でんねやが。
■ああ、ほいで?
▲銭が三円しかおまへんねけども。
■わからんやっちゃなぁこいつは。銭が三円しかおまへんねけどってお前、この一荷入りのつぼを三円で引き取んのんと違うんかいな?
▲これ、忘れとりましたんや。どうぞ持ってお帰りを。
■早いこと行け。
●フハハハッ...ブッ!まだわからんか?わしでもわかってんのに。
■お前が笑うさかい、おっさんわけわからんとおかしいなぁなっとんねん。早いこと行け、逃げるように行け逃げるように。
▲もしもしお客さん!すんまへんけどもっぺん戻っとくんなはれ。どうも勘定がおかしいわこれ。
■おい、戻ったれ戻ったれ。
●ハァ~...今日中に家往ねるか?
■コラええ加減にせぇよお前、わいらつぼ掲げて表へ出るたんびに、銭足らん・勘定おかしい・戻っとくなはれって、わいらつぼ盗んで逃げてるように思われるやないか。
▲勘定が合わんのんで。
■わからんやっちゃなぁ。そないややこしんやったらお前、いっぺんそろばん持てそろばんを。
▲持てとおっしゃるなら持たんことおまへんけど...亀吉、ちょっとそろばんをこっちへ。へぇ、どういうことで。
■先に三円渡したあるやろ?
▲へぇ、直さんとおいたありまんねん。
■それ入れてみ?ほで一荷入りのつぼ三円で引き取んねん、それ入れてみ?
▲これ入れていいもんやどうや...
■入れていいもんやどうやってお前、引き取んのんと違うんかい三円で。
▲引き取りまんねんけど...
■ほんだら入れんかい。こら、三円は目の前にあるさかい、ほでつぼかって目の前にあるがな。なんぼになんねん?
▲六円です...
■んで二荷入りなんぼや?
▲六円...
■どこがおかしいねんそれ?
▲いや、どこがおかしい...勘定合うて銭足らんねん。三円でんなぁ。
■一荷入りのつぼや。
▲へぇ一荷入り...
■なんぼになんねん?
▲六円です...
■二荷入りは?
▲六円です...
■どこがおかしい?
▲いや、どこがおかしい...かっ、亀吉、大きいほうのそろばん持ってきて。もぉ~小さいのは目がチラチラチラチラ...え~と、これは、その...三円でんなぁ。
■一荷入りのつぼが三円!
▲あんたもう鬼みたいな顔でヤイヤイヤイヤイ...ぼつぼつ置いたらわかりやるやろと思いまんねんわたいは。
■なんぼになんねん?
▲六円やわい!
■怒りな。ほんで二荷入り六円でどこがおかしいんや?
▲どこがおかしいて...みなおかしいように思うけどな...なんですか?かんてき?ああ、そら三河もんになっとりまして、今朝着きましてな。ええ?値段?ちょっとなんとか勉強して...堪忍しとくなはれ、筒いっぱいですわ筒いっぱい。三円でんなぁ...なんです?やっぱり値段もうちょっとなんとかならんかて?売りまへん。店終います、この決着がつくまでね。亀吉、表片づけて、大戸閉めてしまえ。三円でんなぁ...
■いつまでかかってんねんお前は。三円と三円とで六円ぐらいのことがわからんのか!
▲いや、わからんのかちゅうたかって...ちょっと...、忠助はん呼んできてんか?亀吉、忠助はん呼んできて。いま店で大事件が起こってるいうて。え?忠助はんいま浜へ荷出しに行ってる?かなわんなぁ...こんなときにいててくれんと。あの人がこの店で一番そろばん上手いんやがな。こういうときいててくれんと何の役にも立たへん。三円でんなぁ...
■一荷入りのつぼや。
▲そうです...六円やなぁ...亀吉、兵庫の親父に電報打ってくれるか?倅もう長ぉないいうてな。会いに来んねやったら今のうちやって。わたいも長いこと商いやっとりますけども、こんなややこしいつぼは初めてですわ。
■ややこしいやろ?それがこっちの思うつぼじゃ。
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