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落語聞き覚えメモ『青菜』(笑福亭仁鶴)

(旦那、以下●)植木屋はん、植木屋はん!今日は何か、仕事は済んでやったんかいな?

(植木屋、以下■)へぇ、まだちぃと残っとりまんねんけども、一区切りついたんで、まぁ今日はこれで置かしてもらおうと思とりますがな。その代わり明日またちぃと早めに寄してもぉて、この穴埋めを…

●いやいや、わたしはそんなことを言うてるのやありゃせん、あんたさえ仕事の都合がついたら、いつ閉めてもうてもええねんけどな。あんたが手入れしてくれた植木を眺めながら、これからここで一杯飲みたいと思う、縁先でな。青い物を通してくる風はひんやりとして気持ちのよいもんじゃが、お酒飲みというものは独りで飲んでいても美味いこともなんともないので、あんたに酒の相手をしてもらいたいと思うてな。

■わたしが旦さんのお酒のお相手を!それはあんまりもったいない。

●いや、もったいないことないがな。わたしが頼んでんねやさかい。お酒の方はどうや?

■へぇ、まぁ~酒と聞きますと、まぁ…銭の周りだけ。

●銭の周り、というとなにか?こんな小さいお猪口に一杯か二杯か?

■いえ、まぁ五円あったら五円、十円あったら十円というようなことで。

●おお、よぅ飲むねやそれやったら。まぁまぁほんだらこっちにお座り。

え~、ところで暑い間というものは、お酒を飲むと体がほめいてどもならん。夏の間は井戸に柳陰冷やしてやってんねが、あんた柳陰飲むか?

■柳陰!そらまたえらい結構なお酒でやすなぁ。柳陰いうもんは大名酒いうて昔はお大名しか飲まなんだ酒やそうですが、へぇ、ほなまぁお言葉に甘えて頂戴をいたしますが、ええ、おおきに、とととととととと…….もうちょっと!

いただきまんねんが….あぁ~、よぅ冷えてますなぁこらぁ。いままでかいていた汗が退くような心もちでなぁ。あぁ、こらまぁこんだけ冷えているとまぁなんですなぁおさけもやっぱり…

●これ植木屋さん、お酒ばっかり飲んでんとせっかく用意してあんねんな、ここにお箸を動かしてもうてなぁ、これも言うとかないかんねんけど、今朝方魚屋さんが『活きのええのが入りました』言うて鯉を一本放り込んで行ったやつをあらいにしてもうてあんねんけどな。川魚というものは臭いがありますで、好き嫌いがございますが、鯉のあらい食べてか?

■鯉のあらい!こらまた贅沢なもんやってなはんな。鯉なんていうのは昔は大名魚いうてお大名しか食べなんだ魚やそうですが…頂戴をいたしますが、うん。

●これ、行儀の悪い食べ方せんと、ちゃんと横のお小皿によそぅて食べなはれ。

■何を言うてなはんねん旦さん、こら親からもろた万年小皿でおまっせ?どこへ行くにもついておまっしゃろ?だいいち落として割る心配がないねん。はじめから割れたぁる。

●アホなことを…

■これをこうして食べまして、食べ終わりますと口が台所になっとりまして、ここで洗いまんねん。んでここが布巾になってまんねん。

●んな汚いことせんと、お小皿に紫を添えてわさびを溶いて食べなはれ。

■ええ、わさびってどれでやすか?

●青いぼてっとしたもんがあるやろ。

■これがわさびでやすか!

●これがわさびというわけやないけども、八百屋の店先に小指ほど青ぉて先でぱらっと開いたもんがあるな?

■あれがわさびでやすかいな!わたいまたあんな小さい蘇鉄どないすんのかいなと。

●蘇鉄という人があるかいな。あれをおろし金におろして捏ねたぁるのがこれや。

■さいですか、旦さんわさびてな贅沢なもんやってなはんな、昔は大名わさびて言いましてな、お大名しか食べなんだ。わたいわさび大好物でおまんねな。えー、頂戴。

●なにをすんねんな、そんなもん丸々放り込んだら辛いで?

言わんこっちゃないやろ?酒で口濯ぎ?

■あー、いかんこら辛い….あー!辛い!もうー、わさび口に合いまへんわ。

●誰かて合うかいな。いやいや、むやみに勧めたわたしが悪かった、その代わりと言うたら失礼やが、植木屋はん、あんた青菜食べてか?

■青菜、贅沢なもんやってはんなぁ…青菜てな昔は大名菜…

●誰かて食べるわ!食べるか?ちょっと待ってや?

奥や?奥や?

○はい、旦さんなんぞ御用で?

●植木屋さんがいまお酒の相手をしてくれてる。青菜を食べたいというて固ぅ絞ってゴマでもかけて持ってきてあげとくれ。

○はい、承知いたしました。しばらくお待ちを。

●さぁ植木屋さん、遠慮なしにどんどんやっとくなはれや。

○あの、旦さん?

●どうしたんじゃ?

○鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官。

●あ、そら気が付かなんだな。義経、義経。

■わたいもうこれで帰らしてもらいますわ。

●どないしたん?

■お客さんがお越しになったようで。

●誰も来やせん。

■そかて、奥方おっしゃった…鞍馬山から牛っしゃあんがわかめ噛んででてきたって。

●そんなおかしなお客さんがあるいかいな。どっからわかめ噛んでこんにちは言うねん。

青菜を言うてやったところが、食べてしもうてないねんて。男というものは台所のことがはっきりわからん。お客さんの前でないというのは体裁が悪いさかい隠し言葉でへんとうしたんじゃな。

■隠し言葉といいますと?

●つまり『鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官』や。「菜は食ろう」てしもうてない言うさかい、わたしが「よし」つね「よし」つね、とこない言うたんや。

■はぁさようか!わたいまた、鞍馬山から牛っしゃんがわかめ噛んで出てきたんかと、おかしなぁ思てましたが。

●まぁー、わたしの口から言うのもおかしいが、うちの家内は一応教育が行き届いていて漢語を志してるんでああいうことが言えるんじゃな。

■ええ!?おたくの奥方、懲役が行き届いていて監獄に入ってはった!?

●何を言うねん、どこに入れんねんな?教育や。

■ああ、京行くと思てましたんや。うちの嫁はんなんか京行くどころか高槻も行きゃしまへんで?だいいち旦那の前で両手なんかつかして物言うたことない。いつもずぼーんと立ったまま物言いまんねや。こないだも仕事から帰ってきて『嬶!腹減った、飯食おか!』言うたら『ちょっとあんた、わたいのおいどのでんぼの膏薬貼り替えとくなはれ』てこんなこと言うねん。しゃぁない後ろ回って貼り替えてたら、ぶぅ~てやりよりまんねん。『こら!亭主に行儀の悪いことしやがって。どない思てんねん!』『ふぅーん、けつ喰らえ!』けつ喰らえちゅう言いまんねんで?現に目の前で喰ろてるだけ腹立ちまっしゃろ?

●そんな気楽なこというてんと…

■明日またちぃと早い目に寄してもらいます、おおきに。

なるほどなぁ、『嬶と牛のけつは三日目にしばけ』ちゅうけどほんまやなぁ。うちの嫁はんもおなごや。あの奥方もおなごはんや。教育の仕方でこない変わってくるんや。所帯を持った時に嫁はんを甘やかしすぎたんやなぁ。あー、鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官、旦さんが義経、義経。世間にはこういう心得た奥方がおられんねん、見習え!てなことを言うてな。ほんま、うちのやつは甘やかしゃ付け上がるし、どつきゃ泣くし、殺しゃ夜中に化けて出るし…嬶!いま帰ったぞ!

(植木屋の嫁、以下□)まぁ~今頃までどこのたつき回ってんねんこのあんけらそ!

■あんけらそ!?例の旦さんとこで鯉のあらい呼ばれてたんじゃ。

□鯉のあらい?そんな口に馴染みのないもん食べてお腹でも壊しなはれこの腸ちびす!

■腸ちびす…青菜ないときお前やったらどない言う?

□どないもこないもあるかいな!ちょっとぐらいの青菜、いつまであると思てけつかんねんこの九官鳥!

■あのな…亭主の名二つも三つも付けな!向こうの奥さんはお前と違うぞ?懲役が行き届いていて監獄に入ってはったんやぞ。

□なにを聞いてくんねん、それを言うなら教育やろ?それやったら。

■旦さんの前で両手仕えて『鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官』、旦さんが『義経、義経」どやこれ!?

□なんやそれ?アブラムシのまじないか?

■あのな…そんなん言うてたらあかんわ。つまりね、青菜は食べてしもうてない、と。ほんで旦さんがよしとけよしとけ、どや!お前こんなことよう言うか?

□ふ~ん、なんだんねん。そのぐらいのこっちゃったらわいらおけつの穴で言うたら。

■おなごだてら『おけつの穴』って…まぁお前やったら言うやわからん。もうちょっとしたら松ちゃん風呂誘いに来よんねん、いつも今時分来よるさかいぼーんと構えてびっくりさせたろと思うねんけどな、その前に柳陰かなにか飲まさないかんねんけどな、ないか?焼酎?まぁええわ、おいとけおいとけ。ああ、ほんで鯉のあらいかなんかないか?おから?ろくなもんないなうちは…ここおいとけ。ほなもうちょっとしたら来よるさかい、お前奥の間行って。

□寝言抜かしてんのんかこのがきゃ。奥の間も店の間もうちは六畳一間や。

■ほな押し入れ入ってぇや。

□あほなこと言いなはんな!このくそ暑いのに入れるかいな!

■ほーら来よった来よった!早よ入れ早よ入れ!わいが『奥や』言うまで出てきたらあかんど!

(大工、以下▲)おーい、風呂行こか!

■『植木屋はん…』

▲おい何を言うてんねんこいつ。植木屋はんって、風呂行こかちゅうてんねん。

■『あんた今日は仕事済んでやったんかい?』

▲済んでやったって…いつも今時分誘いに来るやろ!

■『あんたが手入れしてくれた植木を眺めながら、縁先で一杯飲みたいと思うねが。』

▲お前どないかしてへんか?お前とこ表植木も何もあらへんが?ごみ箱が置いてあるだけや。

■『ごみ箱通してくる風は…まことに臭い。』

▲おい何を言うとんねん。風呂行こか。

■『植木屋はん!』

▲もうそれやめ!お前が植木屋や、俺大工や。風呂行けへんのか?

■『あんたお酒飲んでてか?』

▲張り倒すぞしまいに。風呂から帰り毎晩やってるやないか?

■『夏場の間お酒飲むと、体がほめいてどもならん。暑い間は井戸に柳陰冷やしてやってんねんが、あんた柳陰飲むけ?』

▲ほんまかいな?こないだお前に奢ってもうたとこで今度うちからなんぞせないかん思うのにそうか。まぁ風呂行く前にもったいないけども…呼ばれよう。お前とこは夫婦二人暮らしやさかいこないなことが平気でやれんねん。わいとこは子供三人や。始末した上にしてもちょうどええ加減てなもんや。ああ、おおきにおおきに。呼ばれよう呼ばれよう。こんあな上等なもん飲んでるとは…こら焼酎やないか!!

■おお、さよけ!

▲何言うとんな。焼酎は焼酎でええねん。柳陰なんておかしなこと抜かすな。飲み慣れてるさかい美味いがな。こらいける。

■ときに『植木屋はん!』

▲やめっちゅうねん。お前が植木屋やろ!

■『あんた鯉のあらい食べてか?』

▲ええっ!?鯉のあらい?どこにあんねん!

■そこの鍋に入ってるやろ?

▲鯉もあらいにするとしゃもじで掬えんねや…まぁ呼ばれようか。えらいばらつくなこれは。おからや!

■ああ、さよけ!

▲何を言うてんねんあほか。おからはおからでええねん。鯉のあらいとかややこしいこと抜かすな。おからも炊きようで美味いちゅうてな、おからに味がつけられるようになったら嬶も一人前やちゅうて。これ誰が味付けしてん?おさきさんか。これはいける。酒のあてになるわ。こらなかなか美味い。

■ときに『植木屋はん!...青菜食べてか!』

▲わしは青菜嫌いやねん。これやったらなにもいらん。

■青菜食べてか!!
▲いらん言うてんねん。子供の時分から青いもん食べたら下痢すんねんわいは。

■青菜食べてもらわんことには…押し入れの嬶が…死ぬ。

▲んなあほなこと言うな!まじないか?食べたろ。

■食べてくれるか!ちょっと待ってや。

おーくや!おーくや!

□….はい、旦さん….

▲びっくりした!嫁はん押し入れから飛び出してきたで?どないなったあんねん?

□あの旦さん…なんぞ御用で…?

■『植木屋さんがお酒の相手をしてくれて、青菜を食べたいと言うて。固ぅ絞ってゴマでもかけて持ってきてあげとくれ。』

□はい承知いたしました…しばらくお待ちを…

▲嫁はんまた押し入れの中入っていったで?お前とこ夫婦して今日はおかしいのとちゃうか?あ~また出てきた出てきた汗だらけや真っ黒けの顔しとる。何か言うとんで聞いたりや?

□あの…旦さん…

■どうした?

□『鞍馬から牛若丸が出でまして…名も九郎判官、義経?』

■….弁慶。

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