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落語聞き覚えメモ『初天神』(笑福亭仁鶴)

(喜六、以下■) 嬶!羽織出せ!

(喜六の嫁、以下□)まぁ~なんだんねん、羽織羽織って?あの羽織かてあんたの甲斐性でこしらえたんやおまへんやろ?こないだ母屋のご隠居はんが亡くならはったときに、わたいが三日三晩夜通しお手伝いしてその時に『形見分けに』言うてもうてきた羽織やないかいな。持って帰ってわたいの着物にでもと思たけども、わが亭主に羽織の一枚もないのも格好が悪い思ったさかい、あんたにあげたんやないか。それを羽織ができたと思たら『隣へ行くのにも羽織出せ』『風呂行くさかい羽織出せ』こないだお便所行くのに羽織着て行ったやないの。

■おい、みっともないこと言うなお前。羽織出せ!

□どこ行きなはんねん?

■どこも行くかい!天神さんにお参りすんねや。菅原道真さんや。無沙汰のお詫びを。

□まぁ、さよか。神参り止めたら止めた者に罰当たるちゅうさかい行っときなはれ。その代わり、うちの寅やん連れて行きや。

■堪忍して、あんな悪い子供ないわ。あれ連れて行ったら店で何買えー、あれ買えー、これ買えー言われたら前行かれへんねん。わしの手に合わん。

□そら何を言いなはんねん。男の子がお父さんの手に合わなんで誰が育てまんねん。あんたのこしらえた子でっしゃろ???まさか他人さんの子やおまへんやろ???

■何を?他人さんの子やおまへんやろ?わかった!近頃あの子供わしの言うこと聞かん過ぎる思ったら、われあれこしらえるとき誰ぞに手伝わしたな???

□アホなこと言いなはんな。連れていきなはれ。

■連れて行けん。

もめてますところに帰って来ましたのが、あのわんぱく盛りの子せがれ。偉そうにここにろうそく二本ぶら下げて。鞄背た負うて、

(寅、以下●)おかんたらいま。おとんもたらいま。たらいまったらたらいま。まーた夫婦喧嘩かいな。よぉ喧嘩する夫婦やなぁ。夫婦喧嘩は犬も食わん言うて近所の人陰で笑ろてはんの気ぃ付かんか?『お父さんとお母さんの諍いは子供の情操のためによくない』って学校の先生が言うたはる。僕が赤面するさかいやめとき。やめとき言うてるのに。僕しばらく表で遊んでくるさかい、お父さんとお母さんと仲直りになんなとしなはれ。

■しょーもないこと抜かすな!

●あ、お父さん羽織着てんな、また便所行くのんか?

■どついたろかこいつ。灸据えに行くんじゃ。

●わいも灸据えに行こ。

■嬶!灸据えとけ。灸言うたらなんや、美味しいもんでも食べられるように思とん。

灸っちゅうのは熱いねんぞ?

●当たり前や。熱いさかい効くねん。熱つなかったら痺れたんねん。そうなったらお父さんも長ごないわ。

■おとっつぁんは疝気こしらえたあるさかい灸据えに行くんじゃ!

●わいも血の道や!

■どこで覚えてくんねんこいつは!表行って遊んで来い!

●連れてくれや!

■留守番しとれ。

●連れてくれや!!

■お前みたいな悪い奴は家置いとく。

●あ~~~!!!もうええわい。その代わりこないだの晩のこと向かい行ってみな言うて来たる。

■なんでも言うて来んかい!

●言うて来たらぁ。向かいのおっさん!

(向かいのおっさん、以下×)おう寅ちゃんか、泣きべそかいてどうしたんや、まぁこっち上がり。

●おっさん、おっさん、面白い話言うたろか?

×お前の話いつでも面白いねん。おっさん楽しみにしてんねん。お前の話聞いてたらお前とこの家の中のこと丸わかりや。今日はどんな話や?

●こないだの晩な、わいおとっつぁん待ってたんやおかんと一緒にな。ほんだらお父さん夜遅ぅに飲んで帰って来はりましてなぁ。お酒飲んでまたおかんに無理言いなはんのんかいな思てたらな、その晩ゴソゴソっと寝間入って来よん。珍しいこともあんねんな、今日は大人しい寝はんねんな思ってたらおかんが『どこ触んなはんねん、寅ちゃんが大き目してこっち見てまっしゃないかいな。後にしなはれ!』

□ちょっとあの子呼びなはれや!向かい行って何言うやわからん!

■しゃーないやっちゃほんまに….寅公!帰ってこい帰ってこい!

●ほなお父さん連れてくれますか!

■連れたるさかい早よ帰ってこい!

●ほんまに連れてくれますか!

おっさん、おっさん、お父さん連れたる言うてるさかい、これで帰るわ。わいもう帰るわ。

×寅ちゃん…そんな殺生なこと言いな!話はこれからおもろなってくんねん!おっさんこれからどないなるねん思て胸どきどきさしてん。おっさんな、十銭やるさかい今の続き言え。十銭やるさかい続き言え。

■向かいの親父アホかあいつ。子供に銭やって何言わすつもりや?

寅公!十銭もろて言わんと帰ってこい!

●お父さん連れてくれますか!

■しゃーないやっちゃもうほんまにー!家であること表でべらべらしゃべりやがって…..。お母さんに顔も拭いてもろて、手も拭いてもろて、よそ行きのべべ着せてもろて表へ出え!

ええか?今日は無理ばーっかり抜かしやがったら天神橋から大川に放り込んでしまうぞ!

●んでお父さん、天神橋から大川へ放り込まれたらどないなりまんねん?

■大川で河童が待っておって、落ちてきたらお尻から血ぃ吸いよんねん。

●そらみっともないなぁ…そやけどなんだっせ、河童てなはこんな寒い折に出まへんで?河童っちゅうのは大体きゅうりが採れる六月ごろに出まんねん。そんな物知らんこと言うてたら世間の人から笑われまっせ?

■理屈言うなアホ。ゴチャゴチャ抜かしよったら炭屋のおっさんに言うて炭焼きにしてもらうぞ?

●炭屋にやってしまうぞ言うたかて炭屋のおっさんの顔見たら、わいより先にお父さんのが先に逃げると思うねん。

■なんで逃げないかんねん?

●ほかて炭屋にだいぶツケ溜まってまっしゃろ?

■所帯のことまで知っとんねんこいつは。黙って歩け!早いこと。ええか?大人しぃせぇよ?

●ほんだらお父さん、大人しぃしてるもんでおますさかい、なんぞ買うてもらうというわけにはまいりまへんじゃろか?なんぞ買うてもらうちゅうわけにはまいりまへんじゃろか?

■そんなおっさんみたいなモノ言うな!子供らしぃ、あっさりあれ買うてこれ買うて言うたらどや?

●ほんだらあのー、向こうの果物屋の頬かむりしてある梨買うとくなはれ。頬かむりしてる梨。

■ええー?頬かむりしてる梨?一円二十銭…あら毒や。

●お父さん、一円二十銭が毒か、梨が毒か、どっちが毒や?

■どっちでもええわい!毒じゃ。

●ほなー、あの横に置いたあるみかん買うとくなはれ。

■みかんも毒や。

●みかんなんで毒だんねん?

■みかんの袋がお腹ん中入ってぷぅ~と膨れたらお腹痛起こして毒や。

●ほなあこの横の干し柿買うとくなはれ。

■あんな甘いもんは体に毒じゃ。

●あこの店毒ばっかり売ったはんねん。よぅ警察がやかましないなぁ。

■警察の心配せんでええわい!ほんまに…

●子供に毒やなかったらなんだんねん?

■まぁ飴やったら体にええなぁ。

●ほな飴買うとくなはれ。

■売ったはったら買うたる。

●そこに売ったはる。

■先見ときやがんねんこいつは…

■おい飴屋!

(飴屋、以下▲)へぇお越し!

■こんなとこに店出すな。

▲んなアホなこと言いなはんな。ウチ定店や。今日休んでたら商売ならんがな。

■わかったるわいんまに。店出しててもわしが子供連れたあるの見かけたら店畳めお前は…飴屋!ここの飴一つ一銭の飴なんぼや?

●んなおかしなこと言いな。一つ一銭が一つ五銭ちゅうことあるかいな…一銭です。

■理屈抜かすなやかましわほんまにぃ…こんな子せがれ連れて来なんだらよかった。

この赤いのんするか?ええ?『この赤いのんは歯ぁに引っ付いて食べにくい』?そうか…。

黄色いのんは?『はっかの匂いがしていやや』?はっかが美味しいねんやわからんやっちゃな..。

赤いのんは?『ごまの花芽がかなん』?ごまがなんとも言えんちゅうてな….。

白いのんは?『柔らかすぎる』?牛乳の飴や。だいたい…。

▲大将なにをしたはんねん?指舐めた後でもっぺん掴んだら売り物ならんで?

■汚いこと抜かすな!

▲あんたが汚いねんや!

■やかましい言いな買うたるさかい。これしとれ。いや、手で持ったらいかん、着物汚れるさかい『あーん』したら口の中入れたる。そんでええ。口ん中でロレロレロレロレ…甘いお露が出てきたら飲み込んでロレロレロレロレ。噛みやがったら張り倒すぞ?

●お父さんわが子捕まえて『噛みやがったら張り倒す』ってそんな野蛮なこと。

■黙って歩けちゅうねん。飴食いながらしゃべって汁こぼして着物汚して帰ってお母さんに怒られてんのお父さん傍で見てんのつらいさかい言うてんねや黙って歩き!

●お父さんぼく飴食いながらしゃべっても汁こぼすようなそんな素人とちゃうで。飴食いながら歌でも歌いまひょか?♪ひとりで差したるから傘なれば~片袖濡れよう筈がない~ドコドンドンドン~

■そんなおじいさんみたいな歌うな。今日日オッサンでも知らんわ。黙って歩け!

●あ~~~~~飴買うて!

■今買うたったやろ!?

●お父さんボンとどついた拍子に落としたわ。

■どつきもでけへんなこいつは…ああ?どこ落としたんや?無いやないか。どこ落としたんや?ええ?どこにも見当たらんやないか。

●ああ、喉の穴。

■早いこと歩けほんまに…

●お父さんあの~、みたらしの団子買うてもらうわけにはまいりまへんじゃろか?

■憎たらしいやっちゃなほんまに…売ったはったら買うたる。

●ここに売ったはる!

■何でも先見とる…みたらし屋!

(みたらし屋、以下◎)へぇお越し。

■子供連れてきて困ってんねや。そこにある一番小っさいのやって。

●小っちゃいのいりまへんわ!大っきなん買うてもらうというわけにはまいりまへんじゃろか?

■大きなん、あら店の看板でおっちゃん売りはれへん。

◎えー、大将看板こっちだんねん…大きなん美味しゅうおまっせ?

■アホかお前は…看板か看板でないか見たらわかるが。相手は子供やないか。

◎へぇ、うちは大体お子達が商売相手でおましてな、あんまり背広着てネクタイ締めた大人が街ん中でみたらしは齧りまへんわ。

■憎たらしやっちゃなこいつは。おっちゃん嘘つきやで。

◎まだ言うてなはんのか。ぼんぼんちょっとこっちおいで。最前ぼんぼんぐらいの子来て大きなん買うてもらいはりましたで?ああ、やっぱり大きいなん美味しおまっせ?買うてくれなんだらそこに水たまりがおまっしゃろ?そこで寝るー、言うて買うてもらいましたで?なんやったらいっぺん行って寝ときなはれ。

■お前悪いやっちゃなー。お前そんなことばっかり言うて子供だまして商売しとんのとちゃうか?やかまし言うな買うたるさかい…ほな、もうー、これしとれ、な?

ほんでみたらし屋、お前とこな、もうちょっと考えて商売したらどうや?何がってわからんか?子供相手の商売にこないボトボトに蜜つけてどないすんねん?子供に持たすなり着物汚すことに気が付かんか言うてんねや。つけ焼きにしとけつけ焼きに。ほな二、三本近所の子供にも土産ってこれが商売や、考え!こんなん子供に持たすわけにはいかへんが。親が先に舐めといたらなしゃあない…美味いこともなんともないわ。どうせ葛かなんぞでこしらえた安物の蜜使こたるんやろ。今日あたり子供連れ多いねんやさかい、こんなとこに店出したら、親がなんぼ銭あっても足らんぐらいのとこに気ぃつかんか?今日はお前ら電信棒の陰で商売しとれ!髭剃れ小汚い!ほこりだらけや巡査見たら怒るぞ衛生に悪いって。舐めるたんびに胸悪いわ。さぁ食え!

●お父さんこんなてるてる坊主みたいなん嫌や。

■大きなん買うてあげましたでしょう?

●みたらしいうたら密の味が美味しゅうおまんねん!こんなお寺の坊さんみたいなんいりまへんわ。

■うるさいやっちゃな。おいみたらし屋、この壺に何が入ったあんねんな?

◎そらぁ、蜜ですが?

■付けさせよ!

◎無茶しなはんな!

■さぁ食え。

●おっさん、お父さん堪忍したっておくんなはれ。でもウチのお父さんええこと言うてまっしゃろ?ぼとぼと・蜜つけ・子供・着物・家帰る・おかん怒る、しっかせぇほんまに!

つけ焼き・二三本・近所・土産・商売・勉強、アホかおっさん!

食いもん商売・ほこり・巡査・衛生、ほんまあかんでおっさん!

わいも付けたろ。

◎んなアホな、親子で蜜舐めよんねんあれは….

それから親子で天神さんに参詣をいたしまして、周りますと当時は凧屋がぎょうさん並んでましたそうで。

●凧買うとくなはれー。

■もうええ、早いこと歩け。人ごみやさかいに。

●買うてくれたら歩くがなー。

■しゃあないやっちゃ…

(凧屋)お越しやす。

■おい、そこのやっこ凧やって。

●やっこ凧なんていらんわ!あら子供の持つもんや!

■お前子供やないかいな。

●あの、二枚張り四枚張り六枚張りちゅうのあんねんけどな、あの六枚ちゅうのは長いさかい、足つけへんと飛ばへんねけどな。この四枚張りの加藤さんの、加藤清正これほしい。

■わかったわかった。おい、ほんだら凧屋、これとな、あと糸、ほんでぶんぶんがあるやろ?風来て音ぶーんぶーんぶーんするやつ。凧に付けて飛ばすやつな。あれもやって。なんぼや?そうか。ここ置いとくで?

歩け歩け、早いこと歩け。

●おとっつぁん、わいに持たしとくなはれ。

■あかんあかん、こんなもんお前、変な持ち方したら人ごみに押されて破れてしまうやないかいな。

●えー、気ぃつけて持つさかい。

■そんなこと言うてたらあかん、もっと人のおらんところで持たしたるさかい。

伏見町を抜けまして番場町へやってまいりました。大手前ですな。あちこちで凧上がってます。

■よしええな、あっち行って、後ろ行け。凧揚げよ。なぁ後ろ行け後ろ行けずうっと、後ろ行って。あ、もうちょっと左行って。左。そうそうそう。もうちょっと行け。

(通行人A)痛っ。こらこの子せがれ。他人の足踏みやがって。ほんまに。

●おっさん、すんまへん。おとっつぁん、おっさん足踏んだって怒ったはんねんけど。

■ああ、えらいすんまへんな。親子で凧揚げしてまんねん。後ろ向いてたさかい気ぃつかなんで、えらいすんまへんな。ええ、堪忍したっとくなはれ。寅公謝り謝り。びくびくすな。お父さんがついてるさかい。ええな?そうや。お前かって、こっち来いちゅうてんねん、こっち来んとこっち、

(通行人B)痛っ。なにしとんねん大人のくせに?

■えらいすんまへん…えー。子供とちょっと。

●おとっつぁん、謝り謝り。すんまへんなー。親子で凧揚げしてまんねん。おとっつぁん心配すな。わいがついてる。

■んなアホなこと言うな。

よーし、よしゃ、離せ離せ、よーしよしよしよしよし、話せ離せ離せ、揚がった揚がった揚がった。まぁー、町内でもね、子供の時分からおとっつぁんは凧あげの名人や言われたんや。んーーーんーーんーーんーーんんーーんんーー…..

●あ~、おとっつぁんよぅ揚がってんなぁ。

■よぉ揚がってるやろ?よぉ見とけよ?こうして凧っちゅうのは揚げんのやさかい。んーーーんんーーんんーーんんーー….

●あー。おとっつぁん、上手いなぁ。

■上手い言うてるやろ?せやから。ええ?よぅ見とけよ?

●わいにも持たして!

■まだあかん。まだこうなっとるさかい、落ち着いてこなあかんねん。こう、手が変わったらきりきりーっと回って落ってくる。

●わあ~!よぉ揚がってんなぁおとっつあん。うちのんが一番背ぇ高いなぁ。

■高いやろぉ?これがこう上手いねや。なぁ? んーーーんーーんーーんーーんんーーんんー….

●おとっつぁん、わいにも持たして!

■あかんっちゅうねん向こう行っとれお前は! んーーーんんーーんんーーんんーー….

●わいが買うてもろたらわいのもんや。持たしてぇなぁ!

■こんなもんは子供の持つもんやないわい!

●こんなんやったら、おとっつぁん連れて来なんだらよかった….。

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