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落語聞き覚えメモ『崇徳院』(笑福亭仁鶴)

(母屋の旦那、以下●)さぁさぁ熊さん、こっち上がっとくれ。

(熊五郎、以下■)へぇ、わたい今、天下茶屋の方へ仕事に行っとりましたら、うちのやつが『母屋から急な使いや』言うてやかましゅう言うて呼びに来よりましたんで、慌てて飛んで来ましたんやが。

●ああ、そうかそうか。それは仕事の手ぇを止めてえろぅすまなんだ。用というのはほかでもないねがな、せがれの作次郎がここんとこ体の具合が悪い言うて臥せってたんやが、そのことについてえらいことが起こりましてな…

■えっ、知りまへんで?いえいえ、ご病気ちゅうことは伺ぉうてたんで一度お見舞いにと思いながら今日になってしもて。ご病気ということは聞いていたんですが、さよかー…。他人の命ってなもんは分らんもんでやすなぁ。お寺のことはどないなっとりまんねや?お墓の段取りは?

●何を言うねんこれは。作次郎はまだ死んでやせんで!

■あっ、さよか!なんや埒のあかん。

●埒があいてたまるかいな。二十日ほど前にあんまり退屈なちゅうて店の亀吉を連れて神津さんへお参りして帰ってきて、どっと寝込んだきり頭が上がらん。あっちこっちのお医者さんに診てもうたが、どうしても見立てがつかなんだんやが、今朝お越しいただいたお医者さんというのが歳は若いが至って見立てがお上手でな、おっしゃんのには『こらお医者さんでも有馬の湯ぅでも治らん病』じゃと。『お腹の底になんぞ思い込んでることがあるんで、これを誰ぞ聞き出してやれ』と、こうおっしゃった。さあ店の者が入れ替わり立ち代わり尋ねたが、どうしても言わなんだんやが、熊さん、あんたにだけは聞いてもらいたいと言うねん。考えてみりゃ、あれとおまはんとは子供の時分からえらーいうまーいじゃでな、作次郎がどういうかひとつ、聞き出してやってくださらんか?

■あっ、そういうことでおますかいな。へぇへぇ、お役に立たせていただきまひょ。

■若旦那!若旦那!

(作次郎、以下▲)この部屋へは誰も来ることならんちゅうたのに、一体誰やいな?

■手伝いの熊五郎でおます!

▲ああ、熊さんか?こっち入っとくれ。

■へい!若旦那。なんぞお腹の底に思い込んどることがおありやそうですな?お店一同心配しとりまっせ?この熊五郎にだけはおっしゃるそうで、喜んでまんねん。あんたとわたしとは子供の時分からのうまーやちゅうてな。さぁおっしゃれ、さぁーあおっしゃれ….

▲そんな目ぇ剥きないな。ほな聞いてもらうけれども、必ずともに笑ろてなや?

■なにを言うてなはんねん!若旦那の苦しみをわたいが聞いて笑うてなことをしますかいな?なんやったらいっぺん怒りまひょか?

▲怒らいでもいいけど…ほな聞いてもらうけども、二十日ほど前にあんまり退屈なさかい、店の亀吉を連れて高津さんへお参りに…

■あんたが笑ろてなはんなや!どないしなはったんや?

▲高津さんへお参りをした…

■神信心はしなはれや!信すりゃ得あるちゅうてな。

▲くたびれたんで茶店で一服をした…

■一服しなはれ、くたびれたらな。こう、じきにお茶持ってきてくれますやろ?茶菓子がカステラや。向こうのん分が厚ぅ切ったあるさかい美味いがな。若旦那それいくつ食べなはったんやそれを?

▲何を言うてんねんや…しばらくしたら女中さんをお供に連れた、それはそれは水も垂るるようなお嬢さんがお越しになってな。

■あー、さよかな。気の毒になぁ。近頃はお天気が定まりまへんさかいな。

▲なにが?

■なにがって、わかりまへんか?ええ天気やな思っとったらざぁっと降るし、えらい降るやな思っとったらさぁっと上がるし気の毒やがな。びちゃびちゃのおなごが来たんでっしゃろ?

▲何を言うねな。水も垂るるいうのは、それはそれは美しいお譲さんのことを言うねがな。

■そらいかんが若旦那、英語使こて。

▲誰も英語使こてへんがな。で、まぁお越しになって、あての顔をじーっとご覧になってな。

■その娘、ちょっと失礼なやつでおますな。なにがってそうでっしゃないかいな?初めての人間の顔をじーっと見るやなんて。そらぁ面切ってまんねんで。横面張ったんなはれ!

▲んなことができるかいな。わたしも綺麗なお方やなぁと思ってお顔をじーっと見せていただいたら先方さん、にこっとお笑いになってな。

■笑ろたら負けや!

▲にらみ合いと違う。で、どういう周りか後から来て先にお発ちになって、ふとそこを見たら緋塩瀬の茶袱紗が忘れてあるやないか。

■若旦那!それを言うてまんねやわたしは。信すりゃ得あるちゅうのはそのことやがな。で、それ拾ぅてなんぼで売りなはったんやあんた?

▲売ったりするかいな。あんたのと違いますかと返してあげると、えろう喜ばはって、茶店で料紙をお借りになってな。

■おかしいなぁその娘はんは。漁師が茶店で借れますか?築港かどっか行かなしゃぁないがな。

▲何も知らんねな。紙と硯のことやがな。んで『お礼ということではございませんが』と歌を書いてくれはった。この歌が、『瀬を早み 岩にせかるる 滝川の』というねがな。

■あー、さよかな。そんなん食ろたらアブラムシもあきまへんわな。

▲アブラムシのまじないやない。これ崇徳院さんの上の句で、下の句が『われても末に 逢はむとぞ思ふ』ここでこうして二人はお別れはいたしますけれども、末は夫婦になろうという心の誓詞や。これをもぅて帰ってから、頭が上がらん。もう今では何を見てもお嬢さんの顔に見える。床の間の掛け軸もお嬢さんの顔に。お着物のほてはんもお嬢さんの顔に。天井の染みもお嬢さんの顔に。熊さん、あんたの顔もお嬢さんの…

■ああ気持ち悪いなぁほんまに!!わかりました恋煩いでやすな。それぐらいのことなんでお店心配ささんと言いなはれしまへんねや?ええ、で、そのお嬢さんちゅうお方のお住まいは?

▲さぁ、それが…わからんねや。

■わからんってあんた!なんのために亀吉を付けてやってありまんねん!

▲そんなこと言わんと、何とか力になっとくれ。この通りじゃ。

■えー、そりゃお話聞いてお断りするちゅうわけにはまいりまへんが、まぁできるだけのことはさしていただくちゅうことで。安心してお休みになっておくれやす。ちょっと親旦さんとお話をしてきます。

■えー、親旦さん。

●おお、ご苦労さんじゃった。作次郎はどう言うてましたな?

■えらいこと言うてまんな、作次郎は。

●おまはんまで『作次郎』ちゅうやつがあるかい!どうした?

■高津さんへやるところでなんで生玉はんへやらなはんねん。

●なにがあったんじゃ?

■疲れたんで絵馬堂の茶店で休んだんや。向こうじき茶持ってきてくれる。茶菓子がカステラや。向こうのん分厚ぅ切ったあるさかい美味いがな。

●(何を言うてんねん)ほな何か?うちの作次郎がそのカステラでも食べたいと言いますのかな?

■いえいえいえ、それはわたいが食べたいと思ってまんねや。

●余計なこと言うてんと話を前に進めなはれ!

■ええ、ほんだらあんた、しばらくしたらなんでっせ?女中さんをお供に連れたびちゃびちゃのおなごが来たちゅうてまんねん。

●気の毒に。にわか雨かなんかに会いなはったんやな?

■みなそう思いまっしゃろ?ところが、英語で別嬪のことを「びちゃびちゃのおなご」てこない言いまんねん。

●それを言うなら「水も垂るる」と違うか?

■その垂るるようなんが来て、若旦那の顔をじーっと見たっちゅう言いまんねんで?初めての人間見て面切ってまんねんで?でー、わたいやったら横面張りまんねんけどね。若旦那優しいさかい、ああ綺麗な人やなぁて同じように顔見てたら向こうが笑ろたちゅうねん、笑ろたら負けやがなー。

●何の話をしてんねんおまはんは。

■ええ、でどういう周りか後から来て先お発ちになって、そこに緋塩瀬の茶袱紗をお忘れになったらしい。これを若旦那が拾うてなんぼで売ったと思う?

●ほななにかいな、うちの作次郎が他人さんのものを着服したとでも言いますのかな?

■いや、わたいやったら売ってしまうねんけどね。ああいう優しいお方やさかい、あんたのと違いますか?言うて返してあげたらえらい喜ばはってな、茶店で料紙かったんやて。料紙。船漕ぐ漁師やおまへんで?

●わかったあるが。紙と硯や。

■そうですわ。ほんで、お礼というのではないが、歌書いてくれはってん。歌。この歌が…、えー、『障子貼る 破れたらまた貼る なんぼでも貼る』

●なんやそれは!?

■なんや言うたら、人喰いの歌やとかなんとか。

●人喰い!?それも言うなら崇徳院さんの上の句で、下の句が『われても末に 逢はむとぞ思ふ』と違うか?

■あ!?親旦さん、立ち聞きしてなはったな?

●んなことするかいな。

■これをもろて帰ってきたから、つまり頭が上がらんちゅうねやさかい、恋煩いでやすな。

●そうかそうか、よぉ聞き出してやってくださった。いつまでも子供じゃ子供じゃと思てたわたしが馬鹿じゃった。んでー、相手さんのお住まいは?

■さぁ、それがわたい聞いたらわからんちゅうてなはんねん。

●わからんちゅうたかて、なんやろ、日本のお方やろ?

■そら、日本の人やと思いますが。

●日本人なら日本人が探してわからんことはあるまい。大阪中探しとくれ。大阪中探してわからなんだら京都名古屋東京、探してわからなんだら日本縦横十文字。

■縦横十文字言いなはるけどあんた、なにせ雲を掴むような話で…

●熊さん。ただとは言いません。首尾良ぅ探し出してくださった暁には、今あんたに住んでもうてる借家五軒、あれをそっくりあげましょう。それから、だいぶ前から預かってる五円の証文、これをあんたに返してあげた上に、一生うちの出入り頭じゃ。

■そら、結構な話ですけど、なにせ手がかりがないので。

●そんなこと言わんとなぁ、一肌脱いどくれ。この通りじゃ。

■わかりました!そこまでおっしゃっるねんやったら、ほなまぁ、とりあえずわたしお腹空いてまんのでいっぺんうち帰りましてな、ほんで茶漬け一膳放りこんで腹に力をつけてから出かけるということで。

●そんなことをしている間がないやろ。お清や、お櫃にご飯入ってるかいな?そうか、ほなお櫃に紐括り付けて熊さんの首からぶら下げたげとくれ。えー、そんでその中に沢庵放り込んでな、お腹空いたらおにぎりこしらえながらな、沢庵かじりながら…

■おいちょっと待っとくなはれ、もうややこしい恰好やな。わらじが傷んでますのでいっぺんうち帰りましてわらじ履き替えて,,,

●そんなことをしている間ぁがない言うてるやろ。お清や、わらじ十足ほどな、熊さんの腰の周りにぶら下げたげとくれ。

■うわぁ、えらい恰好になったなぁ。いっぺんうち帰りまっさ。

■嬶!

(熊五郎の嫁、以下□)なんちゅう恰好してんねんあんたは。それ取ってしまいなはれ。どないしなはったんや?ああ、若旦那が恋煩い?まぁー、さよか。こないだまで割り木振り上げて女の子のお井戸追い回したはると思たらもうそんなお歳にならはったんかい。へぇへぇ、で首尾よぅ探し出した暁には、借家五軒くれはんの。ありがたいがな。五円の証文返した上に、一生出入り頭?そんな結構な話あんた!帰って来る足でなんでそのまま探しに行きなはらへんねん!ええ?相手の居所がわからん?わからん言うたかて日本のお方やろ?日本人なら日本人が探してわからんちゅうことないが。大阪中探しなはれ。大阪中探してわからなんだら日本縦横十文字行きなはれ。名古屋東京から行って。

■同じように抜かすな!あほやな。

さぁ、その日一日、足を棒のようにして探しましたが知れまへんので夕方…

■嬶。

□嬶やないしこの人は。いまごろまでどこのたつきまわってんねん、母屋からお百度の催促やないかいな。早いこと行っときなはれ!

■おいおいおい、こら一服もさしよらんな。

■へぇ、今戻りました。

●おお、熊さんか。ご苦労さんじゃった、さぁこっち上がっとくれ上がっとくれ。これ、熊さんのお戻りじゃ。お風呂沸かしてな、お酒の燗つけて、酒の肴?向かいのうなぎ屋で蒲焼き五人前ほど頼んどくれ。ええ、どうぞうどうぞ。これは約束の証文じゃが、それからさきほど暦を調べたらこの十五日がえらい日がええのでな。早速結納の取り交わしをしたいとな。

■ちょっと待っとくなはれ。えー、申し訳ございませんが、まだ居所が掴めてへんねが...

●何?居所が掴めてへんのになんで帰ってきなはったんや?これは見つかってからちゅう約束や。お風呂沸かさんでよろしい。もう沸いてる?水入れて薄めてしまえ。お酒の燗せんでええ。出来たある?溝に流してしまい。蒲焼き断り。言うときますけど熊さん、お医者さんは、『せがれ作次郎の命はあと五日じゃ』とおっしゃる。もし五日の間に知れんてなことやったら、わたしはあんたを告訴しますぞ?

■こっ、告訴!?そらまたどういうわけで?

●せがれ作次郎殺しの下手人は、手伝いの熊五郎じゃ!

■んな無茶言いなはんないな!

●まぁこの通りじゃ、もう一肌脱いどくれ。お願いします。

■嬶!

□どないしたんや青い顔して。ああ、そらおっしゃるわいな。親御さんやもん。わが子のことやさかい無理も言いはるわいな。そない力落とさんでよろしいわ今日一日探し回ったんやさかい。明日からまた探し直ししたらよろしい。んで今日はもう寝なはれ。

■嬶わし飯食うてへんねん腹減ってんねんや。

□何を言うてんねんこの人。見つかるまでご飯も食べさせへんし。

■んな殺生なこと言いな!

□ごちゃごちゃ言わんと寝なはれ。寝なはれ。寝たか?さぁ起きなはれ。

■今寝たとこや。

さぁそれから毎日足を棒のようにして探し回りましたがどうしても知れまへん。いよいよ最後の日に。

□ちょっとあんた、今日もし知れんてなことやったら、わたしもう暇もらうし?

■暇ってなんでや?

□そうやないかいな!あんたのような甲斐性のない人と添うてても先に見込みがないさかい丹波のおばはんとこに帰らしてもらうわ。

■んなアホなこと言いなお前!若旦那がこれから嫁とろかと思うたはる矢先にわしらが夫婦別れしてどないすんねん。

□そんなこと言うたかって毎日どんな探し方してなはんねん?

■いや、どんな探し方言うたかって、この辺かいな思たところをうろうろと…

□アホか。それが呑気や言うてんねんほんまに。なんぞ手がかりないのかいな?黙って歩いたかてどないすんねんな。

■いや、手がかり言うたかって、ああ…あの、『瀬をはやみ、岩にせかるる滝川の』と。

□まぁ~、そんなええ手がかりがあんのになんでそれを言いなはらへんねん。歩きながらその歌を大きな声で言うてみなはれ。小耳に挟んだ人が『その歌やったらどこそこの誰それが言うたはりましたで』て、それからそれへ伝わって知れるというもんやないかいな。なぁ?町内の人寄り場所ゆうたら風呂屋に散髪屋や。しっかり探しときなはれ!!

■あぁ~、またえらいこと引き受けたなぁ…この四~五日間にわいゲソっと痩せたわ。目ぇは落ち込むし、頬は飛んで出るし、脈は速よなるし、この具合やったら若旦那よりわいのほうが先逝きそうな。せや、歌言え言うっとったなぁ。(瀬をーはやみ…瀬をーはやみ…)往来の真ん中で声ちゅうもんは出にくいもんやな。人のおらんところで言うたろか。これでは何にもならん。瀬をーはやーみー、岩にせかーるるー滝川のー、瀬をーはやーみー…

(通りすがりの主婦)ちょっと鰯屋はん、

■誰が鰯屋や。顔見て物言えアホ。「瀬をはやみ」なんて鰯がどこにあんねんお前。考えたらわかるやないか。瀬をーはやーみー、岩にせかーるるー滝川のー、瀬を…、ぎょうさん子供ついてきよったこれ。『このおっさんチョカや』?チョカちゃうわアホ!人探してんねん向こう行けほんまに。なんぼでも増えてくるわこれはいかん。いっぺん散髪屋へ飛び込んだろ。

■ごめん!お宅つかえてますか?空いてますか?

(散髪屋A)ええ、直やりまっせ?

■さいなら!

(A)もしもしもしもし、直やりまんねんで?

■直やったらあかんねや。なるべく長いこと待って、ぎょうさんの人に会わないかんねやさかい。

(散髪屋B、以下◆)ああ大将すんまへんなぁ、ちょっと待ってもらわななりまへんなぁ。

■待たしてもらいます!

◆入ってきなはったな?どうぞお休み。

■へぇ、おおきに。(はぁ~、ええ日和になりましたなぁ。お天気なった。)瀬を!!!

(通行人の男)はぁびっくりした!なんじゃこの人?

■瀬をーはやーみー!岩にせかーるるー滝川のー!瀬をーはやーみー!

(男)お宅、その歌えらいお好きでんな。

■どっちかいうたら嫌いでんねんわしは。どうしても言わんならんてなことになってしもたんや。お宅、この歌ご存じでっか?

(男)いや、知ってるっちゅうわけやおまへんねんけど、近頃うちの娘がよぅそんなこと言うてまんねん。

■お宅の娘はん、言うたはりまっか?あんたとこの娘はん、水垂れてまっか?別嬪さんでっか?

(男)いや、別嬪でっかって尋ねられて親の口から言うのもおかしいけど、まぁ近所の人は鳶が鷹を生んだ言うてくれまんねん。

■(鳶が鷹?違いない!)お宅のお譲さん、今年おいくつです?

(男)えーっと、五つですが…

■瀬をーはやーみー…

さぁその日の間に風呂屋三十六軒、散髪屋二十八軒回りまして、日が暮れになったらぼーっとしよって。

■ごめーん…お宅つかえてますか?空いてますか?

◆ええ、大将ちょっと待ってもらわななりまへんけど、あんた今朝いっぺん来たんちゃうか?

■ああ、寄ってもうたかもわかりまへんねん、初め来たときはああた、気持ちよろしゅうおましたけど、七分刈り五分刈り二分刈り丸坊主、今ではこのへんがひりひりしてまんねんけど。

◆あー、ほんならもう刈るとこおまへんな?

■ええ、ぼつぼつ植えてもらわんと。

◆んなアホなこと言うてなはんな。まぁ休みなはれ。

■おおきに…瀬を!!!

◆また始まった!

(母屋の頭領、以下◎)親方!混んでるところ悪いけど、間に挟んでもらえんかいな?急ぎの用ができてな。

◆そらまたよろしゅうおまんねんけど、なんやご本家えらいことやそうですな。

◎さぁ、みながもう商いに手がつかんというようなことで。

◆そらいけまへんなぁ。ほんであのー、お嬢さんの病気の元ちゅうのはいったいなんでんねん?

◎さぁ、それが二十四~五日前にな、女中さんを連れて稽古ごとの帰りに、高津さんの絵馬堂の茶店で一服しようと思って行きはったところが、前から休んではったんが、どこの若旦那や知らんけど、ええ男でやしたて。で、どういうまわりか、後から行って先お発ちになってそこへ緋塩瀬の茶袱紗を忘れたから、これを若旦那が拾うてくれはったんや『これはあんたのと違いますか?』言うて返してくれはったときには、体がぶるぶる~っと震えてね、家往んでも三日間震えが止まらんだちゅうて言いまんねや。ああ、それから寝込んでしもたんでね、あっちこっちのお医者さんに診てもうたところ、『これはお医者さんでも有馬の湯でも治らん病や』と、『お腹の底になんぞ思い込んでることがあるんで誰ぞ聞き出してやれ』てなことで、店の者が入れ代わり立ち代わり尋ねてたんやが、どうしても言わななんだんやけれども、河内の狭山へ嫁入りしていたお乳母どんが病気見舞いに来た時に、色々喋っている間に、ふと漏らしたやつを手繰ってったところがそれからそれへ、今言うたようなことでございまして、それから店の者が八方手ぇ尽くして探し回ってまんねん。井上さん昨日中国四国九州のほうへ行きはりました。ほんで、加藤さん奥州仙台北海道の方へ行ったはりまんねん。岡本さん気の毒に昨日満州へ発ちはりましてん。わたいこれから南回りで和歌山紀州熊野行ってわからなんだら太平洋の鯨に聞いてこい言われて、忙しゅうて風呂入る間も髭剃る間もないねや。

■こら!

◎何をすんねんお前は?

■ほんなら何かい、『瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の』と書いたもんを渡したのはおのれとこの本家のお嬢さんかい?

◎それがどうした!

■それがどうした!?おのれに会うとて艱難辛苦はいかばかり、今日ここで出会いしは優曇華の、花咲く春の心地して…

◎敵討ちみたいに抜かすなアホ。

■それをもうて帰ったのはうちの母屋の若旦那じゃ!

◎こら!

■何をすんねん。

◎ほな何かい、『瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の』と書いたもんをもうて帰ったのはおのれとこの若旦那かい?

■それがどうした!

◎それがどうした!?おのれに会うとて艱難辛苦はいかばかり、今日ここで出会いしは優曇華の…

■同じように真似すな。

うちの本家へ来い、うちの母屋へ来い、揉み合うておりますうちに、散髪屋さんの鏡へガラガッチャンガッチャン!!

◆待った。何をしたはんねんお宅ら。今聞いてたらお互い探す相手が見つかってこんなめでたいことはないねん、掴み合いの喧嘩してる場合かいな。それに引き換えうちは商売道具の鏡割られてさっぱりわやや。この始末いったいどないつけてくれまんねん?

■親方心配しなはんな。『割れても末に 買わんとぞ思う』。

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