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ポルトガルのスタートアップを取り巻くエコシステム
ポルトガルは、スタートアップ創出の好環境として注目を集めています。 国内市場は規模が小さいものの、欧州の中でも英語が比較的通じるため、英語圏のサービスも受け入れられやすいという特徴があります。このため、ポルトガルは、新しいビジネスアイデアの実証実験(PoC)を行うための最適な場所の一つとして挙げられます。
今回は、公式レポートのデータを基に、ポルトガルのスタートアップエコシステムを深く掘り下げていきます。
ポルトガルにおけるスタートアップエコシステムの現状と未来
ポルトガルは、ヨーロッパにおける主要なスタートアップ拠点としての地位を確立しつつあります。 高度な教育を受けた人材が多く、特にIT分野においては顕著な成長が見られます。しかしながら、人材の流出や特定分野における人材不足が課題として浮上しています。
ポルトガルへの投資額は増加傾向にあるものの、ピーク時を下回り、多様な資金調達手段の確保が求められています。 政府は、スタートアップ支援策を積極的に導入していますが、教育機関とビジネス関係者の連携不足や、行政手続きの複雑化など、改善すべき点も残されています。
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エコシステムの概要
ポルトガルのスタートアップエコシステムは、図に示される企業や大学を中心に構成されています。JETROとの情報交換では、大手コンサルティング企業が政府との緊密な連携により、エコシステムに大きな影響力を持っていることが明らかになりました。
スタートアップ支援においては、Startup Portugalが中心的な役割を担っています。イベント開催や企業支援など、幅広い活動を通じてエコシステムを活性化させています。
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スタートアップ
まず、スタートアップとして認識されるためには、以下の要件を満たす必要がある。
<必須項目>
企業規模と起業からの年数は以下の要件を全て満たす必要がある。
設立10年未満
従業員数が250人未満
年商が€5,000万(約81億円)未満
設立に大手国内企業が関与していない
本社または常設事務所がポルトガルにある
上記に加え、ベンチャーキャピタルからの投資や特許取得など、資金調達や技術力に関する条件も満たしていることが望ましいですが、主要な条件は上記5点です。
2024年のスタートアップ数は、前年比16%増の4,719社となり、増加傾向にあります。売上額、従業員数、平均賃金も軒並み増加しており、ポルトガルにおけるスタートアップの活況が伺えます。
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Leaving: ①企業の活動が停止している or ②設立から10年以上経過している or ③大企業に成長(年商5000万ユーロ超、または従業員数249人超)の理由でスタートアップでなくなったケース。
Entering: 上記の要件に準拠し、スタートアップとして認定されたケース
ポルトガル内でのスタートアップ分布は、依然とリスボンとポルトに集中している。
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ポルトガルは、本土だけでなく、島々にも活発なスタートアップエコシステムを形成しています。特にマデイラ諸島のフンシャル市には、100社近くのスタートアップが拠点を構えています。その背景には、ポルトガル本土と比較して優遇されている税制が挙げられます。
現行の税制では、2024年12月31日まで、マデイラ国際ビジネスセンターを通じて法人を設立することが可能です。これにより、2028年12月31日まで、課税所得に対して5%という低率の法人税が適用されます。この優遇税率は、非居住者またはマデイラ国際ビジネスセンター内の他の企業との取引から生じる利益に対して適用されます。ただし、ポルトガル企業との取引を行うことも可能です。その場合は、マデイラ島における一般的な法人税率である14.7%が適用されます。
人材
ポルトガルは、人材輩出ランキングにおいて、常に高い評価を獲得し、平均を大きく上回っています。この高い評価を維持し続けている要因としては、以下の点が挙げられます。
優れた高等教育システム: ポルトガルは質の高い高等教育機関を多く有しており、高度な専門知識やスキルを備えた人材を育成。
高い英語力: ポルトガルの国民は比較的高い英語力を有しており、国際的なビジネスシーンや研究活動において円滑なコミュニケーションが可能。
魅力的な移住先: ポルトガルは、温暖な気候、豊かな歴史文化、そして比較的高い生活水準を備えており、世界中から優秀な人材が移住。
これらの要因が複合的に働き合い、ポルトガルが人材輩出国として高い評価を獲得し続けていると言える。
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ランキング上では高い評価を受けているものの、Brain Drain(知識の流出)が未だに問題視されている側面もある。
同じ学位や業務上の経験持っていても、ポルトガルは他の西欧諸国と比較しても賃金が安い傾向にある。そのため、英語が堪能かつ優秀な学生はより高い賃金を求めて英国、フランス、ドイツなどに流入してしまう。
今後もこの点は問題になり続けるだろうが、人材育成という面で見れば、ポルトガルは優秀な成績を収めていると言えるだろう。
知識
前項でも述べたとおり、ポルトガルのスタートアップエコシステムにおいて、大学は重要な役割を果たしています。特に、リスボン大学、コインブラ大学、ポルト大学、アベイロ大学、そしてNOVAリスボン大学は、ポルトガル国内でも高い水準の教育を提供していることで知られています。これらの大学は、イノベーションの中心地としての機能も担っており、スタートアップ企業の研究開発(R&D)部門にとって不可欠な存在となっています。
ポルトガルは、研究開発(R&D)の活発な国として知られています。2023年の欧州特許庁(EPO)への特許出願数は329件に達し、世界的なイノベーション能力を測るグローバルイノベーション指数(GII)では30位にランクインしています。
ポルトガルでは、研究開発(R&D)への投資が活発化しており、ここ5年間で国内総生産(GDP)に占める割合や研究者の数は着実に増えている。しかし、EU平均の数値と比較すると、まだまだ投資額は不足しているのが現状となっている。特に、大学や政府による同分野への投資は、民間企業が実施した投資総額の30%と4%に留まっている。
ポルトガルからの特許出願件数は、欧州やアジアを中心に増加傾向にある。特許を取得することで、発明者は自分のアイデアに基づいた製品やサービスを開発し、市場に出すためのインセンティブを得ることができる。見方を変えるとポルトガルが欧州やアジアへの進出を加速させており、市場における存在感が増しているということもできるでしょう。
リスボンやポルトといった大都市だけでなく、ポルトガル北部のコインブラよりも内陸にあるFundão市でも、イノベーションを促進するための取り組みが活発に行われています。この地域でのプロジェクトについても、少し詳しく紹介したいと思います。
2012年、同市は、人口減少問題に取り組み、ビジネスに優しい環境を整備するため、「Innovation for the Future Programme」を開始。デジタル化の波を捉え、リモートワークに適した環境を整え、高品質な生活を求める人々を引き付けました。歴史的な建物を改修し、近代的なワークスペースを創出。
また、大手ITコンサル企業のCapgeminiが同市に子会社を作ったこともあり、多くのエンジニアが移住するキッカケとなり、IT企業のエコシステムが形成された。
現在、Fundão市には21のスタートアップがオンサイトで、53のスタートアップがバーチャルでインキュベートされている。その多くはブラジルからの企業となっている。2013年以来、同市のエコシステムは、アグリテック、ゲーム開発、ヘルスケアなどの分野で100を超えるスタートアップを支援しており、100人以上の従業員が現在も同市のコワーキングスペースで働いている。
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Fundão市エコシステムから生まれ成功を収めたスタートアップを少しだけリストアップしておきます。
Follow Inspiration
さまざまな分野で利用可能なロボットを開発すテック企業。Try Portugal
ポルトガル国内、特に内陸地域において、アクティビティ、文化、スポーツ観光を促進することに特化したオンライン旅行会社(OTA)。Digitality
ポルトガルを拠点とするインディーゲーム会社。これまでに「HordeCore」や「Voltaire: The Vegan Vampire」などをリリース。Trigger Systems
農業用灌漑システムや工業用ポンプなど、多種多様な設備を遠隔操作し、効率的な管理を実現するプラットフォーム。MUSA
環境への配慮を重視した自然派化粧品ブランド。
魅力
スタートアップのエコシステム構築において、起業家や投資家を引きつけている魅力は大きく分けて二つある。
一つ目は、ポルトガルにおけるQOL(Quality of Life)の高さである。2024年には世界7番目に安全な国としてランキングされているだけでなく、天候や食文化の面から駐在員が住みやすい国としても上位に位置付けられている。
インフラや投資環境の観点から見ると、ポルトガルは非常に魅力的な国と言えるでしょう。具体的には、インターネット回線速度がEU平均を上回り、5Gの普及率も高い水準にあります。また、2023年の対外直接投資(FDI)は221件に達し、そのうちの36%がソフトウェアやIT分野への投資であったというデータがあります。このことは、ポルトガルが、特にIT企業にとってビジネスを展開しやすい環境が整っていることを示唆しています。
二つ目は、インキュベーション支援が充実している点が挙げられる。
ポルトガル全土でインキューベーション支援は138個存在しており、5,000近くのビジネスがこの支援プログラムに参加している。
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欧州の中でもリーディングスタートアップハブとしてFinancial Timesのランキングに入っているインキュベーターが6つ存在し、各々が支援を提供している。
1)7位:Startup Braga
2)10位:Startup Lisboa - UnicornFactory Lisboa
3)25位:Building Global Innovators
4)44位:IPN - Instituto Pedro Nunes
5)75位:Casa do Impacto
6)124位:Beta-i
ポルトガルのインキュベーター施設はまだ多くの企業をサポートできる能力を残しており、シェアオフィスなども含めて初期段階のスタートアップを支援する体制を整えている。物理的インキュベーションとバーチャルインキュベーションをバランスよく提供することで、支援体制をより盤石なものにしている。
大企業の役割
大企業は、資金提供、メンタリング、戦略的パートナーシップなどを提供することで、スタートアップエコシステムにおいて重要な役割を果たしている。
特にテクノロジー、エネルギー、持続可能性の分野で、ポルトガルのスタートアップのための支援プログラムを提供し続けている。
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政策・インセンティブ
ポルトガルは引き続き煩雑な役所手続きや高い法人税がマイナスの要因とされているものの、公的資金やイニシアティブの創設は進んできている。
この記事では2024年に始まったものを抜粋して紹介します。
<公共プラグラム一覧>
New Talent Attraction Regime (IFICI+): 国内外から高度なスキルを持つ人材を誘致し、ポルトガルのイノベーションと起業家エコシステムに貢献させることを目的とした新しい枠組み。
Researchers and Faculty in Startup Boards: 研究者や大学教員がスタートアップの取締役会に参加したり、株主となったりすることを奨励し、学術界とビジネス界のギャップを埋めることを目指す。
Revising the R&D Tax Incentives (SIFIDE II): より多くの企業が研究開発に投資するよう、既存の税制優遇制度を強化。
Deep Tech Investment Fund: 持続可能なイノベーションに特に重点を置き、ディープテックスタートアップへの投資に特化したファンド。
Vouchers for International Program Applications: Horizon Europeの「EICアクセラレータ」などの国際加速プログラムへの申請を支援し、ポルトガルのスタートアップの国際的な発展を促進。
Ignition Fund for Growing Startups: ポルトガルベンチャーズによるCall Innov-IDファンドを強化し、初期段階の科学技術プロジェクトにベンチャーキャピタルを提供。
Fast Track Program for Startups: 国際的なスタートアップがポルトガルにスムーズに着陸し、地元市場やリソースへのアクセスを改善することを目的としている。
また、ポルトガルのスタートアップエコシステムの構築に非常に重要な役割を果たしているStartup Portugalは、地方レベルでのエコシシテム構築にも力を入れている。
既に8都市とMoUを締結し、地域および地方レベルでの起業を促進している。このMoUでは、以下のような支援提供を目的としている。
ネットワーク構築の支援: スタートアップが他の企業や機関と連携しやすくするための支援
税制優遇: スタートアップやスケールアップに対する市町村の追加税の免除や、従業員に対する税制上の優遇措置などを検討。
資金調達
2018年から2024年にかけてポルトガルスタートアップに投資された資本額を考慮すると、資本を集めている主なセクターは、エネルギー、ヘルスケア、エンタープライズソフトウェアとなっている。スケールアップも考慮すると、フィンテック、マーケティング、ヘルスケアが大きな投資を集めている。
このフィンテック分野の投資額上昇は「anchorage digital」の資金調達に影響している。
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ポルトガルにおけるスタートアップエコシステムの課題
今後の課題としてレポートでは以下の4つの分野が取り上げられているので、それぞれの課題を分析していきます。
それぞれを解決していくために、さまざまな政策案は練られているものの、ポルトガルのスタートアップ市場の成熟は時間を時間をかけてゆっくりと成されるでしょう。
Talent and Education
ポルトガルは、専門技術を身につけた人材の不足に直面しており、特にヨーロッパレベルと比較した場合、高資格の人材に対する低い賃金の影響で「人材流出」が課題となっている。学術界とビジネスセクターの間には依然としてギャップが存在している。Capital and Investment
ポルトガルでは、資金調達の機会が限られており、投資家に対する税制上のインセンティブも不足している。特にearly-stageへの資金調達が不足しており、スタートアップが成長しビジネスを拡大させることが困難になっている。また、ポルトガルはIPO市場が小さく、M&Aの機会も少ないなど限られたExit戦略により、投資家が投資回収を実現することが難しくなっている。Policies
政策立案者間の統一的なビジョンと調整の欠如。過度の書類作業や役所手続きが新規事業の創出を阻害している。スタートアップの税制は改善(*)されたものの、まだ改善の余地が存在している。
(*)スタートアップに対する税制優遇措置として、出資額の一部を法人税から控除できる制度や、優秀な人材の採用を促進するためのストックオプション制度の拡充、大企業からのスピンオフにおける税負担軽減などが導入され、起業家にとって魅力的な環境が整いつつあります。Communication
国際的なスタートアップハブとしての評判が高まっているにもかかわらず、ポルトガルはまだ他の確立されたテックハブと同じレベルの知名度を欠いている。
今後の分析
ポルトガルは国際的にもまだ認知度は低く、特に日本からは地理的な遠さもあり起業の舞台や投資先として検討されることはとても少ないのが現状です。
しかし、知る人ぞ知る魅力はあり、それを知っているスタートアップや投資が増えてきているのも事実です。
スタートアップイベントで出会う起業家と話していても、Startup Portugalの知り合いと話をしていても、口を揃えていうことがあります。それは「ポルトガルのサポートは比較的手厚く、サービスを試すには比較的向いている」ということです。
まだ認知度が低いがゆえに、大きなインキューベーション施設でもまだ空きがある状況です。
個人的には一度ポルトガルに注目し、今のうちに享受できるインセンティブを使うことをおすすめしたいです。
もしポルトガルのスタートアップエコシステムに興味があれば、個人的にでも良いのでご連絡ください。