「タイのにおい」
タイA-2
タイに行く前、『ロンリープラネット』という旅行ガイドを読んだ。海外では最も有名なガイドブックだと思う。ロンリープラネットの冒頭に「タイのにおい」という見出しがあって、お香、魚醤、下水、などが挙げられていた。そんなこと紹介してどうするんじゃい、と心の中で突っ込みを入れたのを覚えている。
タイ初日の朝、一番初めに訪れたのは、バックパッカーの聖地、「カオサン通り」という繁華街だ。安宿や土産物屋が集まる、バンコク市内でも有名な観光スポットらしい。
カオサンのバス停で降りると、小さな屋台でドッジボールくらいの大きさの木の実が売られていた。ココナッツだという。二、三匹の大きなハエたちが実に止まったり、机の上に止まったりしていた。迷ったが、本物のココナッツにストローをさして飲むなんて、漫画みたいで粋だし、友達に自慢間違いなしである。そう思って、約150円でココナッツを買った。しかし残念なことに、スポーツドリンクに青臭さを加えたような味がした。飲む気がすぐ失せてしまった。
その後20分くらいココナッツを持ってゴミ箱を探し回る羽目になった。切り口からこぼれる汁で手が湿るのにいら立つ一方、この滑稽な状況は、帰ったら絶対誰かに話そうと思いながら歩いた。
カオサン通りにあったもの。丁寧に人の顔が落書きされたシャッター。巨大な植え込みの木。マンションらしき建物の2階からぶら下がっている、高さ6メートルはありそうな仏像の顔面のオブジェ。道端のコンクリートに埋め込まれた20個くらいの瓶のフタ。
ただ歩くだけであっという間に時間が過ぎた。
でも、バスを降りたときから、下水とゴミ、時たま屋台のにおいが、きつかった。観光地がくさいなんて、予想外だった。
ずっとこういう場所にはいられない、と思ってしまった。
ごちゃごちゃしたものは好きだったはずなんだけどな。
例えば、昔ながらの商店街とか、使い古されたボロボロのノートとか、わけわからん形の古着とか、風俗店の安っぽい看板とか。ツッコミどころがたくさんあるもの。悪くいえば奇妙とか、シュールとも言える、俗っぽいものが大好きだと思っていたのだが。きたなすぎるとやっぱり嫌になってしまうんだ。
私のごちゃごちゃ好きは、中途半端だな。というか、都合がいいな。と思った。
高知県の田舎に住んでいるひいおばあちゃんの家を思い出した。
毎年帰省の度に、親戚のいとこやおじさんと一緒に近くの川や海で泳いだり、スイカ割りをして遊ぶ。とても楽しい。でも、ひいおばあちゃんの家にはよく虫が入ってくる。クモやらカナブンやらがよく部屋にいる。ご飯粒を床に落としたままにしようものなら、すぐにアリ達がやってくる。こちらから向かわない限り、虫は意外と何もしてこないことは分かっている。けれど、本音をいうと、3日間ほどすると自分の家に帰りたくなってしまうのだった。なぜなら私は虫が苦手だからだ。帰省を楽しめるのは、たまにだからだと思う。
こういうことをはっきり自覚してしまうと、きまりが悪いし、勝手に少し悲しくなる。
おばあちゃんの家と、ごちゃごちゃに、言い訳させてほしい。環境に、慣れていないだけ。でも好きな気持ちは本当だと思うんだ。