猫 ねこ ネコ

庭の木の剪定を頼まれた。
そういえば、この木、色んな野良猫たちの遊び場所になっていたわ。と思い出した時、ある一つの記憶がよみがえってきた。

兄弟猫を失った彼女。
幼い頃からグルグルと走りまわって、かくれんぼしたり、なめあったり、寄りそって眠ったり、いつも一緒だった。お母さん猫が亡くなったあの日から。

まさか彼が交通事故にあったなんて彼女は知らない。

ただ、毎日、毎日、毎日、待つ、待つ、待つ。
やがて彼女もひとりでいることに慣れて、野良猫として眠る姿をみかけるようになった。

そんなある日、生まれたばかりの小さなネコが、どこからともなく人間の前にあらわれた。
まだ目もよくあいていないし、よちよちと近づいてきて、震えながらミィミィとなく声もかすれていて、そのように聞こえるように思えただけだった。

人間は戸惑った。育てる親がいない、この命を中途半端に助けてよいものか。ミルクが入った器を差しだした。

そうやって、お腹が空くと、どこからともなく、ふらふらとした足どりでやってくる。カラスにだけは見つからないことを願いつつ、ミルクを取りに家に入った。

突然、「シャア!」と彼女が怒る声がした。
大人の握りこぶしほどの小さなネコが、まだ子どもといえども、今は少し大きく育った彼女に近づいていく。何度も、何度も。

彼女は長いしっぽをふりまわし、追い払う。
般若の顔で小さなネコをいかくする。
それでも彼女が走ると、そのあとを追っていく。
ずっと、そんなやりとりが続く。

彼女が寝ていると、近づいていき、そばにちょこんと座っている。彼女がシャーと大きな声あげればあげるほど、小さなネコは近づいていく。
まだ、おいかけごっこは続いている。半日過ぎた。

まただ、もう一週間。

人間に近づき、彼女に近づき、一か月も過ぎた頃、「シャア」という声とは裏腹に、彼女はその長いしっぽで小さなネコを遊ばせていた。

見ず知らずの子ネコだよ。彼女だって、まだまだ子どもだよ。

そして、またしばらく過ぎた頃、彼女が小さなネコにお乳を与えている姿をみた。まだ、母親になったことがない彼女は、まるで母猫のように立派に、見知らぬ子ネコに乳をあげている。

ある日は、一緒に転げまわって遊ぶ。
ある日は、寄りそって眠る。
またある日は、カラスに食べられないように、隠れながら歩くことを教える。またある日は、眠りながらも長いしっぽをゆらして遊ばせる。

「ミャア、ミャア」まだまだ小さいけれど、しっかりと声を出して人間に近づく。ねこ嫌いな人間も、この命には、つい、ごはんをだす。
『足が大きいな。きっと、この辺りのボスネコになるだろう』と、ねこ嫌いなはずの人間が顔をほころばす。愛され上手な子ネコだ。

彼女との遊びも本格的になってきた。
走る、飛ぶ、まわる、かむ、はなれる、パンチ。
彼女は、子ネコが届かない高い木の上に飛びのる。ものすごく悔しがる義理の息子。

最近彼女は、子ネコが来るまでごはんを食べないようになった。まるで「ごはんの時間だよ」という感じに義理の息子をよび、かれがたっぷり食べ終わるまで待っている。

ほんとうだ!子ネコの足は、体の小ささにそぐわず、とても大きい。これならば、ギャングのような近所のブチネコに負けないぞ。

ごはんを食べ終わると、彼女は子ネコを丁寧になめはじめた。思わず『良かったね』とつぶやく私がいた。


しばらくぶりに、ねこたちに会いにいくと、人間たちがおかしかった。一日過ぎた頃、夕べのひどい雷雨のあとの惨事をポツリ、ポツリと聞かせてくれた。
『彼女がね、ごはんを食べないんだよ。いつものように小さい息子をよんでね。それでも、なかなか来ないもんだから、探しにいって、そして戻ってくると、また息子をよぶ。』

人間には、決して近づこうとしない彼女が、人間の足元に寄りそってきて、はっとしたように離れたこともあったそうだ。

まだ、彼女はそこにいた。
長いしっぽで、小さな息子を遊ばせていた切り株にいる。目はうつろで、何を考えているか分からない。

一日中、そこにいることもある。
私に何かうったえる。

息子はどこ?と聞いているのだろうか。
それとも、また昔のように、ひとりぼっちになった悲しみに耐えているのだろうか。

私を目で追っている。
私のことを追いかけてきそうなくらいに。

追伸、今度こそは、彼女が本当のお母さんになれますように。そして、子どもたちが無事に育ちますように。そう願って一年半後、今日も子育てに忙しい彼女でした。


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