医療費無料のつけ
我が子が小学生の頃、子どもの医療費を無料にするという動きが全国で広がった。少子化対策として、財政的に余裕がある市町村は子どもの医療費を無料にすると打ち出した。行政自らが無料を言い出さない市町村では、子育て中の保護者などが中心になって署名活動をして、行政に働きかけていた。我が町も例外ではなく、知り合いの女性が署名に回ってきた。
子どもの医療費が無料になることに何の異論があろうか。きっとほとんどの住民が署名したことと思う。けれども、私は署名する気にならなかった。子育て支援としてお金を出すのだとしたら、学校の設備を良くするとか、支援員を増やすとか、そういうことに使ってほしいと思ったからだ。医療費を無料にすることで助かる人はいるだろうが、決して公平ではないと思った。
普段の生活の中で食べ物に気をつけ、睡眠をしっかり摂り、少しの発熱程度なら寝て治す人と、加工食品や甘いものをたくさん食べ、不摂生な生活もした挙句、体調を壊したら直ぐに医者へ行く人がいて、医療費がどの人にも無料になるとしたら、前者は不公平感を持たないだろうか。
署名を集めに来た知り合いに私はそういう話をし、私は署名をしないと断った。重い病気などで高額な医療費がかかる人にだけ補助する仕組みを作ればいいと思うということは付け加えた。
二人の我が子は幸いなことに割と健康であった。息子はアトピー性皮膚炎を持っていたし、扁桃腺肥大もあって保育園の頃は年に数回高熱を出していたが、それ以外は大きな怪我も病気もなく、医者にかかることは稀だった。普通の風邪ならたとえ38度台になっても、医者に連れて行くよりよく寝させるようにした。さすがにインフルエンザが流行っている時期に発熱した時は医者へ連れて行ったこともあるが、基本は寝て治すことだった。しかし、周りの子育て中の親たちは、鼻水が出た程度でも直ぐに医者へ行っていた。私が38度あっても医者へは行かないと話したら、心配だから念のために行った方が良いと言われたし、まるで母親として失格だというようなことを言われたりもした。
私は若い時にリウマチに罹患し西洋医療にも世話になったが、民間療法や健康食品も取り入れてきた。その中で、西洋医療の限界を感じることもあり、薬の副作用の怖さを実感したり、食の大切さや人間の持つ免疫力の大切さを知ったりしてきた。だから、普通の風邪ならば直ぐに医者へ行くより、食べ物に気を付け、身体を休ませることを優先した。周りのママ友たちが医療へ依存する姿に違和感を感じていた。
署名を断ってしばらくしたら、仲良くしている人から電話があった。
「署名に文句をつけたんだって?署名集めの本部で話題になっているよ、詳しい話をきかせてほしい」という内容だった。それで断った理由を話したが、本部ではその理由は正確に伝わっておらず、私はただ反対をして活動の足を引っ張る悪者扱いされているということだった。
私はその頃から、地域の中では少し目立つ存在になった。保育園や学校の保護者会ではよく意見を出した。保育園を地域に残してほしいという署名活動では、果たしてそれは子どものためになるのだろうかと疑問を呈した。あまりに少人数では子どもの集団ができないのではないかと思ったからだ。子どものためというより保育士を守るためのものではないかとも感じた。中学校の修学旅行をマレーシアにするという学校からの提案にも何かしら違和感を感じたので反対意見を出し、あの人は変だという噂に拍車をかけた。その後も産業廃棄物建設問題の反対運動に加わったり、太陽光発電施設設置については自らが主になり反対運動をしたりした。反原発やリニア建設反対の会合にも参加したりした。どれもこれも、自分の中に違和感があったからである。そして、いろいろ勉強していくうちに、反対すべき理由が自分の中で明らかになっていった。
10年ほど前に近藤誠という慶応大学病院の医師の「患者よ、癌と闘うな」という本を読んだ。がん治療としては一般的である抗がん剤は毒であるという内容であった。薬はほぼ意味がない、利権が大きいと言うようなことも書いてあった。
その前知識もあったから、コロナワクチンにも違和感しかなかった。あまりに胡散臭い。周りで感染してバタバタと倒れる人がいれば、たとえ危険性があったとしても、ワクチンの必要性はあるのかもしれない。しかし、誰一人として感染者はいない状況で、なぜ治験中のワクチン接種が必要なのかまるで理解できなかった。いくつもの情報に触れれば触れるほど、その危険性を知るばかりだった。家族はもちろん、友だちや知り合いにもワクチンは接種しない方がいいと伝えた。この時は今までの比ではないほど、変人扱いされた。正面切って「非常識だ」「あまりに偏っている」と何人もから言われた。
けれども、一方では同じような変人の友だちや知り合いも少なくなかった。ネット上でも多くの変人との出会いがあり、変人仲間は増えている。
この3年の間に、ますます様々なことが分かってきた。孫が生まれたとき、私たちは生まれた時から西洋医療にどっぷりと浸かるようにされているのではないかと感じた。
孫は助産院で生まれ、生後直ぐから母子同室で過ごす姿を見て、これが本来の姿だと感動した。一般の病院では母体を休ませるためと称して、生後直ぐに引き離し、医療によって赤子を管理する。医者に診てもらえば安心というマインドは、この時から刷り込まれるのではないか。親は何か心配なことがあれば直ぐに医者へ行き、薬をもらって飲ませる。予防接種もなんの疑問も持たずに接種させる。産婦人科で普通分娩した私も、母子手帳に書いてあるからと疑問も持たずに接種させてしまった一人だ。大いに反省をしている。
医療費無料のつけは、大人になって表れてくるのではないかと思う。大人になって医療費がかかるようになっても、自分の健康を自分で管理するという姿勢をなかなか持てなくなるのではないか。飲みもしない薬をもらって安心する。医者の言いなりに薬をどんどん増やす。果てはよく調べもせずに副作用の大きい予防接種にすがる。そんなことを考えた時、ずっと昔に署名を断ったことは間違っていなかったと思う。
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