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美しいものを、見た。〈後編〉

そう。僕はこの日、美しいものを見た。
その瞬間のすべてを、ただただ、画面に収めたかった。


2024年10月。
淡路島の夫妻の結婚式で、僕はエンドロールムービーを担当させてもらった。
3か月前に話をもらって、自分なりに準備万端で臨んだつもりだった。
当日、初めての挑戦で思い通りにいかず、上映を諦めかけた瞬間もあった。
それでも、なんとか完成させた。
正直、納得はいっていなかった。
人様に、しかも晴れ舞台の締めのプログラムとして、見せられるような代物ではないと、思った。
悔しかった。

それでも再生ボタンを押す。

音楽が鳴り止み、動画が終わると、拍手が起きた。
2人は、僕にお礼を言ってくれた。
スクリーンで流れる映像を見る人には、泣いている人もいた。

「ありがとう。めっちゃよかった」

2人にそう言ってもらえたとき、
焦りも不安も、
自分への失望も、
ゆっくりと霧散していくような気がした。

ほっとした。

嬉しかった。

そして、写真を始めた最初の頃の気持ちを思い出した。


僕はその日、家に帰ってすぐ、
自分でも納得がいく形に動画を再編集し始めた。

あらためて撮影した映像を見返すと、
式中に慌てふためきながら無我夢中で撮影していた自分が、
いつシャッターを切り(この場合は動画なので「録画ボタンを押し」が正確なのだが)、その瞬間に何を思っていたのかが、わずかながらにわかってきた。

そう。僕はこの日、美しいものを見た。
そのすべてを、ただただ、画面に収めたかったのだ。

新郎新婦が仲むつまじく手を握り合って歩く。
新婦が目に涙をためながら母に宛てた手紙を読む。
母の目から涙がこぼれる。
離れたところで新婦の弟が涙をぬぐう。

新郎は、手紙を読む前からもう泣いている。
声を震わせながら、家族への愛を語る。
鼻をすすりながら、祖母をきつく抱きしめる。
周りにいる親族も、泣きながら、でもほほえんで、その光景を眺めている。

会場に来た友人が、笑顔で2人に迎え入れられる。
用意された食事をほおばる子どもたち。
あたたかな眼差しとともに拍手を贈る友人たち。
その様子を見て、目を細める2人の家族――。

僕の目に映るそんな全ての瞬間が、美しかった。
その美しさを、撮りたかった。
撮って、みんなに、伝えたかった。
だから僕はあのとき夢中でシャッターを切っていた。
そう、気がついた。

そうして完成したエンドロールは、
僕が現場で落胆していたほど、ひどいものではなくなった。
あらためて現場で作ったものを見ると、それはそれで、よかったんだとも思えた。

なぜなら。
そこに映っている人々が優しく、温かく、そして愛に満ちている限り、
写真や映像は間違いなく美しく撮れるのだ。

エンドロールが、素敵にならない訳がなかった。




あらためて2人には、深く感謝したい。
貴重な経験をさせてもらったし、すてきな時間に居合わせてもらった。
きっと僕はこの日を、この動画を、ずっと忘れない。

そしてこれから出会う、全ての人にも、同じ熱量で向き合っていきたい。

「普通の人」を「なんかイイ」感じに。

誰にでも、きょうまで過ごしてきた人生がある。
その重みがある限り、誰を撮っても、ドラマが生まれる。
たたずまいが、ドラマになる。

決して壮大な話ではなくて、
誰しもに、等身大のドラマがある。
僕はそう信じている。

それを画面に収めるために、これからも写真を、映像を、撮り続ける。

いつかこれを読んでくれたあなたにも、会えるように。

(ちょっと壮大な話をしすぎました。格好つけましたが、もっと腕を磨きます!!!!!)


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