「我が青春のドイッチュラント」(9)番外編 クルク島
別荘に帰るや否やМ氏は言った。「よくも私に恥をかかせてくれたな。さあ、今すぐここから出て行ってもらおう!」 「夜中に追い出すのは良くない。」と、女性達が言った。 「よし、それなら一晩泊めてやる。朝6時に出ていけ!その前に、一泊分の料金とディナー代を支払え!」
こんなことになるなんて思いもよらなかった。
こんな遠くまで来て、この先どうしよう。
英語すら通じない島で。
様々な思いが次から次に湧いてきて、頭の中でぐるぐる回る。
不安と心細さで一睡もできなかった。
翌朝5時半ごろ、私はこっそりと部屋を出た。音を立てないよう、スーツケースを右手でしっかりと持って階段を下りた。玄関のドアを静かに開けて外へ出た。三人共、寝ているようだった。
町もまだ眠っていた。
「そうだ、観光案内所を捜そう。」
インフォの看板を見つけた時は少しホッとした。開くまで4時間もあった。
海岸線を歩き、町から遠く離れた場所で岩に寄り掛かった。悪いことをしている訳ではないのに、「こんな時間に何をしている?」と、見咎められるのが嫌だったのだ。
10時ちょうどにインフォへ。雑貨店もやっている小さな店で、カウンターの向こうに中年女性の笑顔があった。私はカタコトのドイツ語で、宿泊できる所を尋ねた。彼女は地図に印を付けてくれた。
せっかくクロアチアまで来たんだもの、観光して帰ったってバチは当たらないだろう。そうだ、そうだ。うーんと楽しんで帰るんだ。そんなことを考えながら歩いて行った。
「ペンション・チェチリア」は港を見下ろす坂道のてっぺんだった。
1階はレストランと経営者の住居で、2階に4室。キッチンも付いていて、広いテラスには洗濯物が干せるようにロープが張ってあった。
ペンションだから、滞在型なんだ。スーパーマリオに似た御主人と、優しそうな奥さん、成人した二人のお子さんで切り盛りしている民宿。
滞在客は私と、60代の女性とその娘さんの2組だけだったが、レストランは繁盛していた。マリオ夫妻は厨房で忙しく働き、中学生の双子の女の子が給仕をしていた。
ほのぼのとした家庭的雰囲気で、私は大いになぐさめられた。「ここに来て良かったあ。」と、心から思った。
クルク島のマリンスカ 2日目
双子のうちの一人、マリアは英語が得意で、私と話すのを喜んだ。クルク島の人達はドイツ語が話せる。観光客の80%がドイツ人だからだ。物価がユーロの7分の1なんだって。だからケチな、いや合理的なドイツ人が夏のバカンスを過ごそうと、わんさかやって来る。次がイタリア人。イタリア人は料理人として働いているから、クルク島の料理は美味しいんだって。3番目はロシア人だそうだ。マリオ髯のバルビス氏は私のことを「クルク島上陸の日本人第一号」と言って、常連客に自慢していた。