
「我が青春のドイッチュラント」(12) さらば、クルク島
マリンスカ 5日目
ペンション・チェチリアでの最後の朝食。
バルビス・ファミリーとの別れ。
マリアが代表して、私にプレゼントをくれた。それはカゴに入った貝殻だった。私はこの時、「あっ、私、ルピナスさんになった!」と思った。
『ルピナスさん』とは私の大好きな絵本(バーバラ・クーニー作)の主人公。世界の国々を旅したルピナスさんは南の島を去るとき、村長さんから貝殻を贈られる。「この島を、私達を忘れないでください。」と言われるくだりにそっくりだと思ったのだ。



人生でこんな素晴らしいことが起きるなんて!! 嬉しくて涙があふれた。
ここに泊まったのは運だ。運命は厳しい顔を見せることが多いけれど、時として、思いがけない幸福をプレゼントしてくれる。
「私は皆さんのことを決して忘れません!!」

「さあ、みんな、K子を見送りに行くぞー。車に乗った、乗ったー。」
バルビス・パパは子供達に言った。ママと上のお子さんが留守番で、7人でワゴン車に乗り込み、バスターミナルへ。
長距離バスで首都ザグレブへの旅。窓から手を振る私に、バルビス・パパと子ども達は、「さようならー!」「元気でねー!」「また来てねー!」と、口々に叫んだ。周囲の人達は何事かと驚いて見ていた。
さようなら・・・バルビス・ファミリー。
さようなら・・・やさしさだけで出来ている人達・・・。

ザグレブに着いたのは午後4時を過ぎていたが、日差しは強く、まぶしかった。
中央駅のインフォメーションで宿を探した。電車で4停で下車。




ユースホステルだった。受付で前金を支払う。食事は付いていない。
狭い部屋には2段ベッドが4つ。
ひと目で学生と分かる3人の女性達がいて、楽しそうにおしゃべりをしていた。私は挨拶をして、廊下側のベッドの下段に腰かけた。
大きくて重そうなリュックを背負った長身の女性が入って来て、部屋にいた一人に声をかけた。
「きゃあ!ボスニア・ヘルツェゴヴィナの難民キャンプで一緒だったよねっ!」「わお、あの時の!また会えて嬉しい!」
二人はしっかりと抱き合った。
みんな英語を使っているが、英米人は一人もいないようだった。ポーランド人でもスウェーデン人でも語り合えるから、英語は本当に便利な道具だ。
シャワー室に行ってみた。ドアはなく、カーテンだけ。壁も床もドロドロ、ネトネトしていてゾッとした。天井は落ちてきそうだった。使わないことにした。トイレは更にヒドかった。おぞましいという形容詞しか浮かばない。使いたくなかった。
ああ、格安だというだけで選んでしまったが、ひどく後悔した。
でも、出て行ったら、お金は戻らないだろうし・・・、何事も経験だ、命が危険な訳じゃないし・・・と思うことにした。
みんな、夕食を買いに行ったようだった。私は何をする気も失せて、ベッドに腰かけていた。
帰って来た女子の一人が、「あなたは何も食べないの?」と訊いてくれたので、「ええ、疲れて、動きたくなくて・・・」と言うと、「よかったら、これを。」と、クラッカーの袋をくれた。何て親切な人だろう。お礼を言って受け取り、リュックから水のボトルを出して、夕食にした。
もう一人の女子が私に言った。「あなたのような大人のレディーが、こんな所に居てはいけないわ。」「そう・・・そうね。明日、ホテルを探すわ。ありがとう。」
二人に何かお礼をしたかったので、手書きの花の水彩画をあげた。
「私の感謝の気持よ。」
二人はとても喜んでくれた。
