覚えている景色③

日常のちょっとしたモラハラ言動は、あまりにも多すぎて忘れてしまっているのだけれども、あまりにもショックなエピソードは、何十年経っても覚えている。

まだ母方の実家で同居していない前の家でのこと。
おそらく両親のお金を渡す、渡さないといった攻防は私や妹がいないところで多々あったのだと思う。
私が小学5年生の頃だっただろうか。
朝ご飯も食べて、制服にも着替えて、あともう少ししたら家を出ようとしていた。
父も出勤しようと家を出ようとした時だった。
パチンコに依存していた父は、多分前日負けたのだろう。
手持ちのお金がなくなった。
でも、今日もパチンコには行きたい。
負けた分を取り返さないといけない
でも、お金がない。
母にお金を出せと凄んでいた。
母の財布から無理やりお金を取ろうとしていた。
今から考えると、まだきちんと母に生活費を渡していたようだ。
モラハラな上に生活費は入れないでは、本当にそれこそ最悪だ。
その頃は母の両親とは同居はしておらず、近くに住んでいた。
まだ祖父も病気が発覚する前だったし、父が生活費を入れないとなると、さすがに母の両親も口を出しただろうから、そこまではしなかったか。

母は必死で渡すお金はないと抵抗していた。
父は母から無理やりでも財布を奪おうとしていた。
私は2人の間に入って、「やめて!」と悲痛な声をあげるので精一杯だった。
私が半泣きになりながら止めたので、その日、父はパチンコの資金を奪い取ることをあきらめた。

母は抵抗すれば殴られるから、結局はお金を渡していることが多かったのだと思う。
そういう場面もよく見ていた。
母は財布からお金を抜かれないように、財布は隠していた。

後に同居したアルツハイマーの祖母までも、財布を隠した。
祖母は母がへそくりを貯めていた財布をご丁寧に隠してしいた。
祖母は隠したことすらも忘れてしまっていたので、そのへそくり用のお財布はしばらく出てこなかった。
床の間に飾ってあった大きな壺の中からその財布が出てきて母が「こんなところにおばぁちゃんが隠してたわ!」と報告してきた時は、なんだか笑ってしまった。
祖母は自分の娘のお金を守らなければ、と本能で動いたのだろう。

なんか本当に変な家だ。
お金を奪おうとする家族がいるって。
今の私の家族ならありえない。
ちょっとコミュニケーションを取りづらい夫だが、ギャンブルは一切やらず、どちらかと言えば財布の紐がかたいので、こんなこと絶対にありえない。
よかった、普通の家族で。

ふと思うのは、妹はこうした場面を見ていなかったのか、それとも見ていても気にしていなかったのか。
妹は〈お父さんチーム〉ではなかったけれど、父のことが私よりは好きだったと思う。
長女の私は母を守らなければとずっと思っていたが、また妹は違った感覚を持っていたのだろう。
父が出て行き、両親の共依存関係は終わったが、今度は妹と母が共依存関係にある。
相手が父から妹に変わっただけだ。
そのことに2人とも気付いていないから、また厄介だ。

でももう私はこの関係には介入しないことに決めた。
もう十二分に母をサポートしてきた。
おそらく母はそう思っていないけれど。

父がいなくなり、平穏な日々は確かにあった。
けれども、あまりにも強烈な父がいたからこそ見えていなかった母との関係。
なんだかほんとにしんどい家族。
距離を置くことが正解なのかはわからないけれども、今はそうすることで自分を守ろうと決めた。
私の気持ちを全く母は受けとめられない、と言うか受けとめようとしないので、これ以上はどうすることもできない。
今はただ、自分の過去と感情に向き合い、過去の小さかった私を慰めることに集中したい。




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