自分で自分を癒すしかない


いわゆる私は毒親に育てられた。
敢えてこういう表現をしてみた。
というか、今の私はそう言いたい。

もちろん私より過酷な環境で育った人はたくさんいるだろう。
障がい福祉に携わってきたり、高齢者虐待、児童虐待にも少しだけ関わってきた私にとっては、もっと理不尽な家庭環境で育ち、生きづらさを抱えてきている人たちをたくさん見てきた。
そんな彼らと比べたら、私なんてまだ幸せな方なんだろう。
(比べることはナンセンスなのはここではおいておいて。)

でもやはり、生育環境から育まれてしまった価値観、思考パターンにこの歳になっても苛まれている。
自分で自分が嫌になるほどに。

家族としての〈かたち〉があるのに、健全に機能していなかった家族。
それなら〈かたち〉が違っても、家庭が安心、安全な場所であってほしかった。
機能不全の家族は、どこかにその歪みが現れると思う。
その影響を大いに受けたのは、生きるのが下手で要領の悪い長女の私だ。

両親、夫、自分の子どもたちとの関係。
職場でのしんどさ。
福祉の世界の歪み。
私が抱えてきたもの。
私が失ったもの。
遅々として叶わない、叶えようとしない私の夢、やりたいこと。
私の中では、色々なものが複雑に絡み合っている。

とても生きづらく、何度も倒れ、這いつくばってここまで生きてきた。
でももうこの感じ、本当に辛い。
しんどい。
終わりにしたい。
もっと楽に生きたい。
そのためには自分で自分を癒さないといけない。
この歳になって、いろんなことがあって、やっと心の底から、今そう思う。

誰かに満たしてもらいたかった気持ち、誰かに助けてもらいたかった気持ち。
本当はこうした気持ちは小さい頃に両親からの無条件の愛で満たされていたら、自分で昇華できるものでもあると思う。
でも無条件の愛ではなく、条件付きの愛しかなかった私にとって、自我を確立するのは容易ではなかった。

自分の命が尽きるまでに、自分で自分を癒しきれるかは未知数だけれども、今こう思った瞬間から、自分を癒しているのだと信じたい。

自分の人生を振り返りながら、「ようここまで頑張って生きてきた!」をその都度感じて、自分を癒していきたい。

自分で自分癒す旅、スタート。

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