リバーシブル(1)

【プロローグ】

「いよいよ…ね」
橘麻由里(たちばなまゆり)は目の前の政治関係者にそう呟いた。

少子高齢化が進むこの国で、永らく政権を握っていたJ党の度重なる不祥事、政策の失敗で総理大臣の支持率も大きく下がり、いよいよ任期を迎えるタイミングとなっていた。

物価高やあらゆる名目で上げてきた税金も国民の反感を買うには充分な材料で解散選挙をしても勝率が非常に低いと考えた結果、任期満了まで現政権を残し、できる限り自分たちが有利になるよう地盤を固めるという狙いがあったためで、その任期満了が間もなく訪れるタイミングとなっていた。

麻由里はこのタイミングで、政権をJ党から奪うべく関係者と会談していた。

「私は【男女平等】と謳う割に全く進まない現状をどうにかしたいと考えてるの。」
「だからまずは私が政党を立ち上げ、その政党から総理を出す」
「その為に、議席数を確保する必要があるわ」
目の前の人物は大きく頷く。
「そこで、貴方に動いてほしいの」
麻由里はそう言うと、耳元で自身の戦略を伝え、会談は終了した。

〜 数ヶ月後 〜

選挙に向けての立候補者が開示された。

現政権のJ党や既存政党からも立候補者が出る中、各地方で女性の立候補者が。

これは特に珍しい事ではないが、マニュフェストが【異質】だったのだ。

「一向に進まない男女平等、これを打破すべく私が掲げるマニュフェストとして、男女の賃金を逆転させます」
「具体的には、男性の賃金は今の6割〜8割に据え置き、女性の賃金をその分上乗せという形で実現します」

当然このマニュフェストだと男性票ほ入らない。

「ただし、男性は生産性の高い若年者について現在の賃金を100%とし、能力により昇給テーブルが今より高くなる仕組みになるよう法整備します」

反対票は当然中年以降の男性票になるが、その男性票も他の政党へ投票する事になり政党で票が割れる。

女性票と若年者層の取り込みで票を独占しようというのが麻由里の策だ。

開票結果は麻由里の狙い通り、候補者が軒並み当選し、麻由里の立ち上げた政党が半数の議席数を確保する自体となった。

(予想以上の成果だわ。)
(でも時間的な余裕はないから、慎重かつ大胆にすすめなきゃ)
麻由里はそう考えながら、次の一手に向けて動き出す

第一章 片鱗
(ほんと、生き辛い世の中になったなぁ)
そうぼやきながら、比較的リーズナブルなランチを食べながらメニュー表を眺める
(ここのランチもすっかり値段が上がったなぁ…この数年で300円は値上がりしてる。)
一緒に食べていた同僚も生活費がカツカツになり外食を控えるようになっていた。

同じような境遇の人も多いのか、一時期比べ利用者も減っているような感覚もある。
(今の政治家には全く期待は出来ない…けど、他に候補者が居ないんだよな…
いくら投票にいっても高齢者の票を占める政党が議席を増やすだけで、民主主義なんであってないような感じだし)

そんな事を考えていたら、店のテレビからニュース速報が流れてきた。

『今回の衆議院選挙で大きく議席数を獲得した平等党の党首【橘麻由里】氏が初の女性総理大臣に就任しました』

(平等党…最近女性議員だけで構成された新政党だったな。
正直、開示された時のマニュフェストを見た時は驚いたけど…)

そうぼんやりテレビを眺めながら食事を済ませ、職場に戻る事にした。



「おい、新垣!ニュース見たか?」
俺の顔をみるやいなや、同僚の高橋が先程のニュースを見て話しかけてきた。
「ああ、見たよ。初の女性総理だってな」
「俺さ、あの平等党ってちょっと極端過ぎて苦手なんだよな。
その党首が総理だろ?俺達男の立場が弱くなるんじゃないかって不安でよ…」
たしかに高橋の気持ちはわかる。
完全に男性軽視するようなマニュフェストを見たら誰でもそう感じるだろう。

俺もその一人だ。

だた、反面期待もあった。
そう、旧政権の堕落した政治を立て直してくれるのではないか…と。
「高橋の気持ちはわかるよ。俺も同じ気持ちだし。
でも、どこかで期待してるフシもあるんだよな。
なんか、こう今までは惰性で続いていた旧政権をぶっ壊す位の事をしてくれないかな…って」

そんな話をしていると、スマホに速報が届く。

『橘麻由里氏、議員報酬を大幅削減、議員定年を50歳定年制を可決』

「マジか…」
俺と高橋は口を揃えて呟いた

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

インタビュアーが麻由里に向かって質問を投げかけた。
「橘総理、今回可決された法案について、ご説明お願いします」

「まず議員報酬ですが、国民の皆さんが汗水たらして必死に稼いだお給料から頂いた税金で支払われます。
それなのに、我々の方が国民の方より過剰に多く貰うのは流石に変だと思っておりました。
そのため、貴重な税収確保の名目も兼ねて大幅減とさせて頂くという事です」
「また、定年制も一部政党で存在していたものの、全く機能していない。
一般企業であれば65歳なんですが、やはり国会で様々な案件に対して判断していくという意味では、できるだけ臨機応変な対応ができるように、一般企業より下げた定年制を設ける事にしました。
これは、平等党だけではなく、全ての政党が対象となります」

「橘総理はかなり思い切った改革を進めようとなさってますが、どのようなビジョンをお持ちでしょうか」

「今回の法案はあくまで最初の一歩です。『古き良き』は観光名所だけにして、世界に向けて恥ずかしくない新しい我が国を目指したいと考えてます』

『総理、ありがとうございました』

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「ふぅ…」
麻由里はふいにため息をついた。
(これで、癌になってる古株の議員は追い出せる。
次は…)

麻由里は今年で45。
任期満了で49となるため、今期限りの大勝負として思い切った改革を行う覚悟で今回のプロジェクトを勧めている。

そのため、プロジェクトの癌になりうる古株の議員にはどうしても退場いただく必要があった。

議席数が予定より少ない場合ら不祥事などを握り、退場いただく。
という想定もしていたが、今回は議席数が半数ある。
自身の政党だけでも可決できるほど力を持っているため、半ば強引に法案を可決する事も可能になった。

(本当に予想以上だわ)
(でも、これからが本番。気合入れ直さなきゃ)

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