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【前編】「何にもしない」ことで育む自主性~裾野市東地区おやじの会『何にもしない合宿』実行委員長・小田圭介さん~

静岡県裾野市で行った今回の取材は、この連載では久々となる一対一の対談形式。「裾野市東地区おやじの会」の小田圭介さんにお話をうかがいました。
小田さんが発案した「何にもしない合宿」は、子どもたちが集まって、ただ遊んで寝て帰るという、名前通りに何の企画やイベントごとも準備されていない合宿。2012年から2023年末までに約80回を重ねたこの合宿は、今やコミュニティ形成の有効なアプローチとして、全国の自治体やまちづくり団体などから注目を集めています。
取り組みの出発点になったのは、人と人の日常的なつながりこそが社会教育の土台だという小田さんの思い。対談の中では、合宿の全体像からお話をお聞きしていきました。

静岡県裾野市
【概要】
・人口:4万9306人(2023年11月1日現在)
・面積:138.12平方キロメートル
・産業:工業(自動車産業)
・交通:東京駅から新幹線で三島駅まで約45分、その後自動車で約15分。
【小田圭介さんプロフィール】
1981年生まれ、裾野市出身。地域住民間の日常的な接点をつくる「何にもしない合宿」を考案。2012年9月の第1回以降、継続して実行委員長を務める。2010年から裾野市議として3期12年活動し、現在は総務省地域力創造アドバイザー、静岡県地域づくりアドバイザー、裾野市社会教育委員長としてまちづくりや教育活動に広く取り組む。

遊んで、寝て、帰るだけの場

裾野市東地区コミュニティセンターで、小田さんと

千葉 今日はどうぞよろしくお願いします。対談場所として小田さんに手配いただいた、この裾野市東地区コミュニティセンターが、今回のお話の中心である「何にもしない合宿」の会場になっているわけですね。

小田 はい。コミュニティセンターは裾野東小学校の体育館に併設されている施設なのですが、ここに毎月、小学生から大人まで100人前後の参加者が集まって合宿をしています。子どもたちには、そこの会議室に寝袋を持ち込んで寝てもらっているんです。

千葉 子どもの気持ちになって考えると、皆で雑魚寝するというだけでワクワクしてきますね。「何にもしない合宿」は、住民同士の接点を増やしていくことで、コミュニティの活性化につなげる画期的な方法として、全国のモデルケースとなっていますが、改めてどのような行事なのか教えていただいてもいいですか?

小田「何にもしない」というのは、私たち大人が特別な企画や準備を用意しない、という意味なんです。子どもたちは18時半から消灯時間の21時までの間に集まって、好きなように遊んで、寝て、朝になったらそれぞれ解散。本当にそれだけの内容で、何かルールがあるとすれば、「ケンカはしない」などの最低限のものだけです。

千葉 「好きなように」ということですが、参加した子どもたちはどのようにして遊んでいるのでしょう?

小田 本当にそれぞれですよ。スポーツをしている子もいれば、集まってお菓子を食べている子もいますし、部屋の隅の方で恋愛話をしている子もいる。中学生以上はスマホの使用も別に禁止していないので、それで遊んでもいい。大人たちも、子どもと遊んでいることもあれば、大人だけで井戸端会議をしていることもありますね。

千葉 参加する子どもは、小学生限定というわけではないんですね。

小田 もともとは小学生対象の行事として始めたんですが、小学生の時に参加していた子が、中学生、高校生になっても来たいというので、受け入れているうちに参加者の年齢層が広がっていきました。2012年の初回開催から10年も経つと、当時小学生だった子が社会人になって参加してくれたりもしています。

千葉 長く続けてきたからこそ、多世代交流につながる環境ができ上がったのですね。

小田 そうですね。参加している子たちを見ると、本当に年齢を気にせず付き合っているのが分かって、合宿で知り合った小学生が高校生をご飯に誘うということも普通にあります。さらには合宿以外の場で、友達の友達から、また別の友達へという風に、人間関係が広がっているみたいです。

千葉 特に素晴らしいのが、中学生ともつながっている点だと思います。そこはコミュニティとの接点が途切れがちですから。

小田 おっしゃる通り、中学生になると部活と勉強が優先されて、小学校まではあった地域との接点が断たれてしまうんですよね。それからもずっとそのままで、親になってやっと子どもを通して地域と接点を持っても、地域と関わることに負担を感じるようになっているというのが、全国的な課題です。だから、一貫して地域とつながれる機会を、誰かが設けるべきなのだと思います。

教育はすべて日常的なふれあいから

千葉 そもそも、小田さんはどのような経緯で、「何にもしない合宿」を始めたのですか?

小田 きっかけは十数年前、合宿の実施母体である「裾野市東地区おやじの会」に入会したことです。

千葉 おやじの会は、一昔前に全国で増えましたよね。PTA活動は母親が中心になりがちなので、父親が積極的に関われるような会をつくろう、という趣旨だったと認識しています。

小田 裾野市東地区でも同じような流れで1998年に設立されました。私が入会した当時、年間の主な行事は、マス釣り大会と地引き網体験、餅つき大会と、通学合宿という4つの社会教育事業。それはそれで良い取り組みには違いないのですが、これが本当に子どもたちの教育につながるのかというと、私としては疑問があったんです。というのも、学校教育と家庭教育は、子どもたちと、先生や保護者との日常的なふれあいを土台に成立していますよね。でも、社会教育は単発的なイベントを消費することに終始してしまいがちなんです。

千葉 そこで、日常的なふれあいをつくる機会として、合宿を考えたと。それは分かるのですが、なぜ「何にもしない」というコンセプトになったのでしょう。

小田 それは、長く続けていくためです。たとえば、皆でカレーをつくったりだとか、お楽しみ会をしたりだとか、そういう企画をセットにしてしまうと、大人たちの負担が大きくなって、いずれは続けられなくなってしまうはず。ならばいっそ、「何にもしない合宿」でいいじゃないかと思ったんです。

千葉 なるほど。そうして2012年に始まった合宿ですが、スタート当初の様子はいかがでしたか?

小田 第1回は97人、第2 回は136人と、滑り出しから盛況でしたね。

千葉 それはすごいですね。

小田 ただ、100人分の車が一気に集合時刻をめがけてやってきたので、会場前を交通整理しないといけなくなったり、受付で名札を配るのに追われたりと、いろいろな課題が見えました。それで、こういった運営の負担があっては続いていかないなと、やり方を変えていきました。全員一律の集合時刻を決めずに自由集合にしましたし、回を重ねれば名前は覚えるので、名札をつけるのもやめて。

千葉 「何にもしない」状態を維持するのも、ある意味大変かもしれないですね。私たち大人は、良かれと思って「何かして」しまいがちなので。

小田 そうなんですよね。合宿では以前、寝袋に入った子どもたちを、「全員が寝るまでここを動かないからな!」と管理しようとする大人が出てきたりもして。夜更かしされると、保護者からの評判が悪くなって合宿を続けられなくなるかも、という思いから来る行動なので、気持ちは分かるんです。でも、それでは「何にもしない」という趣旨から外れてしまう。このケースでは、21時就寝を「絶対」ではなく「努力義務」にするという風に、ルールを変えることを落としどころにしました。

「うちの子」のように思えれば大人は動く

千葉 合宿を続ける中で、新たに発展していった部分はありますか?

小田 合宿そのものは大きく変わっていないのですが、参加者の間で持ち上がった話が、別のイベントとして実現することが増えていますね。キャンプや水鉄砲合戦、映画づくりのワークショップ、市内全域でのドッジボール大会などが、合宿参加者のアイデアから生まれたイベントです。誰もが「やりたい」を口にしやすい空気感が、参加者間で共有されているのだと思います。

千葉 そのような空気感をつくっていくことができた要因はどこにあるのでしょう?

小田 まず、裾野市東地区おやじの会では、大人も子どもも、やりたいことがあるなら発案者がリーダーになり、周りはそれを応援するという、「言いだしっぺ実行委員長方式」をとっているということが挙げられます。

千葉 なるほど。だから小田さんの肩書きも、合宿の実行委員長なのですね。

小田 そういうことです。そして、空気感の醸成のために忘れてはいけないのが、大人が子どもたちの評価者ではない、フラットな存在であり続けるという点。子どもたちは、自分の考えが正しいかどうか評価される場にいると、「やりたい」を表に出しづらくなってしまうもの。学校だけではなく、もしかしたら家庭ですら評価にさらされてしまうような世の中では、私たちのような大人が必要なのだなと実感しています。

千葉 それは大事な考え方ですね。「やりたい」を口にした先には、それを実現するための大人のサポートが必要になるかと思うのですが、その体制はどうやってつくっているのですか?

小田 体制などというしっかりしたものはなくて、大人たちの協力も、それぞれの自主性に任せています。おやじの会のメンバーが合宿に来るかどうかも自由判断ですが、それで人手に困ることはありません。

千葉 なぜそのような自主性を持って動けるのでしょう。保護者団体の活動を負担だという声は、世間に少なくないですよね。

小田 自分の子どもが行きたいところがあるなら、土日を使って連れていくことは、当たり前にできますよね。それと同じように、つながりができた子の世話を焼くことは、苦ではなくなるんです。合宿で顔を合わせて、会話を交わして、名前を知ったら、その子のことが「うちの子」みたいに思える。そんな感覚を持ってもらうことが自主的な参加へとつながっています。

千葉 その子の成長まで分かるようになると、なおさら情が湧いてきますよね。

小田 そうなんですよ。親なしでのお泊りがさみしくて泣いてしまった子が、次の回では泊まれたり。わずかな期間でも成長が見えるのは嬉しいものです。

千葉 成長を楽しみに思える子が、自分の子ども以外にもたくさんいるって、なんだか幸せな気がしますね。

小田 はい。おやじの会のメンバーからは、自分の子どもの授業参観の時に、合宿で知り合った子の様子が気になって見に行った、なんていう話も聞きます。

成果を求めすぎないことが、自主性を生む

千葉 子どもにとっては、「やりたい」という気持ちを発信して、実現できたという成功体験は、その後の人生を支える糧になりますよね。

小田 はい。それに、コミュニケーションをとりながら目標を達成していく力は、社会で求められるものとして、近年の教育現場でも重視されていることでもあります。

千葉 多様な人とコミュニケーションをとる「何にもしない合宿」は、そうした力を養う場になっているとも考えられますね。

小田 その通りです。この話の流れで自分の子どもを例に出すと手前味噌のようですが、小さな頃から合宿に来ていた中学生の息子は、「アクティブラーニングでは、参加したグループの話合いを必ず活発にしてくれる」といったことが通知表のコメントに書かれていました。それはきっと、合宿で多くの人と関わり、自分の考えを言語化して、話を聞くことを繰り返した結果なのかなと思っています。

千葉 息子さんのエピソードを聞いても、「何にもしない合宿」は教育的な効果が大きいと感じるのですが、教育効果を目的にしすぎると、「何にもしない」という趣旨から外れてしまうのが難しいですね。

小田 その点は心がけていますね。大人が「皆でコミュニケーションをとろう!」と旗振りをしたら、途端に子どもたちは、それこそ「コミュニケーションがとれているかどうか」という評価にさらされてしまう。ただそこにいることが許容されて、自分を評価されない場であることで、子どもたちの自主性が育まれるんだと思います。

千葉 過度な期待を押し付けたり、評価をしないことが、最終的には大きな成果を生むのかもしれないですね。それは社会教育に限らず、家庭や学校での教育も同じかもしれません。

小田 確かにそうだと思います。この合宿で人と人をつなげるのは、いうなれば土壌づくりなんだろうなと思っています。そして社会教育においては、広く土壌を耕して、思ってもみなかったところに美しい花が咲くのも良しとすべきなんです。どこにどんな色の花を咲かすかまで計画しながら土壌づくりをしてしまうと、計画倒れに終わることすらある。人と人がつながること自体が尊いのだと、広く認識してもらうことが必要だと思っています。

後編へ続く)