【後編】自分を軸に、まち全体の幸せをイメージする~裾野市東地区おやじの会『何にもしない合宿』実行委員長・小田圭介さん~
「何にもしない」を徹底することで、日常的なふれあいの継続性を生み出し、子どもたちの自主性を育む。そんな「何にもしない合宿」の効果をお聞きしたのが、裾野市東地区おやじの会・小田圭介さんへのインタビューの前編でした。
そして後編では、小田さんの意外なご経歴をたどっていきながら、地域活動にかける思いをお聞きしていきました。
自分を軸に幸せを考える中で、地域の幸せを想像できる。そんな人を増やしていくのが、まちづくりのカギであると、小田さんのお話から気づかせてもらいました。
(前編はこちら)
「地元は捨てた」から、コミュニティ活動へ
千葉 ここで、小田さんのご経歴についてお聞きしたいと思うのですが、もともとご出身は裾野市なのですか?
小田 私は5歳の時に、父の仕事の都合で裾野市に越してきたんです。父も母も市外出身で新興住宅地に住んでいたので、関わる範囲としては同級生と、その兄弟姉妹くらい。日頃から地域と強いつながりがあったかというと、そんなことはありませんでしたね。
千葉 すると、決して郷土愛が強い方ではなかったということですか?
小田 そうですね。裾野市を離れて海外で生活していたこともあったんですが、その時期は「地元は捨てた」くらいの気持ちでいたくらいです。
千葉 海外ですか? どちらにお住まいだったのでしょう。
小田 20歳から、イタリアのトロペアという、人口2000人くらいの小さなまちに暮らしていました。特にイタリアでなければいけない理由も、目的があったわけでもなく、中学生くらいの時から抱いていた漠然とした海外生活へのあこがれを、とにかく形にしたというだけです。それからルーマニアに移り住み、現地の女性と結婚して、家も買って仕事も持って、息子も生まれて。そんな折に、ルーマニアのEU加盟に伴う諸事情があり、26歳の時に帰国を決めました。
千葉 すごく意外なご経歴です……。そこから現在のご活動にどのようにつながっていったのでしょう。
小田 日本に帰ってきて数年経った頃、当時5歳だった長男と、小学校のグラウンドで遊んでいたんです。その時に、サッカーをやっていたり、おしゃべりをしている子たちがいたので、「せっかくだから一緒に遊ぼうよ」と声をかけて。それから、徐々に子どもたちと仲良くなっていく中で、スポ少や老人クラブのように、自分たちもグラウンドや体育館の利用時間を確保できればと考えて、「裾野ヒーローズネット」という任意団体を立ち上げました。場所を借りたら、あとは「遊びたい人は自由に来てください」と呼び掛けるだけの団体で、だんだん参加者が増えていった。これが私の地域活動の始まりでしたね。
千葉 ただ集まって遊ぶだけの場を用意するという点では、「何にもしない合宿」に通じますね。
小田 確かに、合宿を思いついた背景には、この活動の経験があったと思います。そして、おやじの会の当時の会長とも、ヒーローズネットの活動を通して出会ったので、まちづくりの取り組みはそこから広がっていきましたね。
千葉 一方で小田さんは、昨年までの3期12年、裾野市議を務められていますよね。郷土愛がモチベーションではなかったのであれば、どのような思いで立候補されたんでしょうか。
小田 外国出身の妻と外国ルーツの息子は、いわゆる地域におけるマイノリティで、私自身もコミュニティとのつながりは薄い。そんな私たちが、どうすれば裾野市で幸せに暮らしていけるのだろうと考えた時に、もっとも現実的に思えた手段が、市議になって、暮らしやすいまちを自分でつくっていくことだったんです。ただ、純粋に地域のために活動をしているのに、「市議だから」という理由で、身動きがとりづらい面も多くて。それで3期目を満了した昨年、市議としての活動からは身を引きました。
担い手不足はつながり不足
千葉 市議活動をはじめ、まちづくりに取り組むに当たって、小田さんが理想的なモデルとして描いたまちは、どのような地域でしたか?
小田 お手本として頭に思い浮かんだのは、自分が住んだトロペアでした。住民同士の人間関係が、すごく気軽で密接。誰でも目が会えば「チャオ!」「チャオ!」で、気が付いたら家へ食事に招かれていた、ということも当たり前にありました。そういうつながりにあふれた街なら、私たち家族が幸せに過ごせるだろうと考えましたね。
千葉 地元を捨てたつもりで移住した経験が、Uターンしてから活きたわけですね。でも、トロペアは2000人規模で、裾野市は5万人弱の人口ですから、まちづくりを考えた時に、スケール感の違いをハードルと感じませんでしたか?
小田 私たちが主に活動しているのは、市内でも東地区という限定されたエリアですからね。とはいえ、1万4000人と、決して少ないわけではないのですが、多い時にはそのうちの1%くらいの人たちが毎月1度、合宿に集まっている。まちの手触りのようなものは、そこで感じられます。
千葉 確かに集団の中の1%は、全体に変化を起こすきっかけになり得る、すごく意味の大きな数字だと思います。
小田 それともう一つ、何にもしない合宿につながる原体験があるとすれば、小さい頃に裾野市へ引っ越す前に、隣の家に住んでいたサコグチさんというおじさんの思い出。幼い私にはおじさんに見えていましたが、今思えばたぶん20代のお兄さん。私が父親に叱られて家を飛び出した時に、サコグチさんの家のチャイムを鳴らして、ご飯を食べさせてもらったりして、安心できたことを覚えています。その記憶があるから、自分の子どもたちにも、親でも先生でもない、頼りになる大人を用意してあげたいという気持ちが強いのかなと。辛いことだけではなく、やりたいことがある時に相談するのも、何も相手は親や先生に限る必要はないのですから。
千葉 小田さんたち大人は、合宿に来る子どもたちにとって、きっとサコグチさんのような存在になっているのでしょうね。
小田 「おだっち」と呼ばれたりして、大人というよりも「年の離れた友達」と思っているのかもしれないですが(笑)。
千葉 そういう関係性は、互いに歳を重ねても変わらないから面白いですよね。
小田 そうですね。そして、関係性が変わらずにあり続けるからこそ、参加者が大人になって、消防団に入団してくれたり、おやじの会に入ってくれたりしているのかなと。世の中でいわれる「担い手不足」というのは、多分に「つながり不足」という面も大きいのだと実感しています。
幸せに生きる力とは、想像する力
千葉 小田さんのお話を聞いていると、豊かさとはつまり、人と人のつながりなのだと、つくづく感じますね。
小田 そうですね。幸せに生きることについて考えた時に、やはり地域の人々が良好な状態でつながるのが重要だと思います。
千葉 その「良好な状態」を考える上でのヒントが、「何にもしない合宿」にはたくさんあるように感じるのですが、いかがでしょう?
小田 「何にもしない合宿」の例から言えるのは、むやみに役割を負わせるのは良くないということでしょうか。一例として、参加者を小学生に限定していた頃、中学生の子が参加したいというので、運営を補助する「サポーター」として登録する制度をつくったことがあるんですが、この役割が良くなかった。
千葉 そうなのですか? 世代間代交流にもつながる良い取り組みに思えるのですが。
小田 確かに、一見するとそう感じますよね。私も当初はそう思っていたのですが、サポーターという役割を負わせたら、その責任を果たしているかどうかをジャッジする雰囲気が生まれ始めたんです。これでは息苦しくなってしまいそうだと思い、制度は撤廃して小学生以外も役割なく合宿に参加できるようにしました。手伝ってくれる子は、何も言わなくてもやってくれるだろうと思いましたし、実際にその通りでした。
千葉 負わされた責任では、良好な状態でつながり合うことができないのだ、ということですね。先ほどの、「大人たちは『うちの子みたい』と思える対象のためなら、自主的に動ける」というお話にも通じますが、結局重要になるのは、相手のことを自分ごとに落とし込めるかどうかだと思います。
小田 そうですね。今の世の中は昔のように、地域コミュニティと関わらずには生きられない時代ではない。そんな中で、私がまちづくり活動に取り組むのは、「地域の人たちが幸せになることが、自分の幸せに結びつく」と想像できるからです。その背景には、「外国ルーツの家族とどう暮らしていくか?」という、ある種の切迫感があったわけですが、それ以外のごく普通に生活している人にも、幸せについてさらに一歩踏み込んで想像してもらうためには、地域とのつながりを増やすしかないのだと思います。
千葉 つながりがある地域の人の幸せを、自分の幸せの一部として自然に考えられる。そういう人を増やしていくことが、豊かなまちづくりにつながるということですね。
小田 はい。高齢者や子育て支援などの福祉分野で、よく「ともに支え合う共生社会」といった将来像が描かれますが、全くつながりのない人の幸せを想像して、自分の時間を使って支えてあげようと思える人は、なかなかいませんよね。想像する力はつまり、幸せに生きる力なのだと思います。
まちづくりへの思いを支えられる地域に
千葉 合宿には、全国各地から視察が訪れていますよね。そうした方々には、どのようなアドバイスをされていますか。
小田 宿泊場所が確保できて、5人くらい参加したい子がいれば、もうスタートを切った方がいいと言っています。あれこれ詰め込まず、とにかく始めてみること。「何にもしない」ことを心配される方も多いのですが、大人はその場をただ見守るだけで十分です。
千葉 視察に来られるのは、どのような方が多いのでしょう?
小田 まちづくり団体をはじめ、社会教育について研究されている方や、地域づくりに関心のある企業の方など、幅広くいらっしゃるのですが、特に自治体の関係者の方が多いですね。
千葉 行政が実施するのは、またほかとは異なるハードルがありそうですね。数字などの目に見える成果が出なければ、なかなか動きづらい傾向がある中で、「何にもしない」事業を行うわけですから。
小田 確かに、「合宿をやってどうなるのか」という説明に悩む自治体も少なくないようです。ただ、私の考えでは行政が直轄でやる意義は十分にあると思うんですよ。教育的プログラムがメインの事業に、それなりの参加費を払って子どもを行かせるのは、基本的に教育への関心が高い家庭ですが、行政が進んで接点を持ちたいのは、そうではない無関心層です。その点、「何にもしない合宿」は、無関心層が参加しやすい。それに、生活の困りごとを抱えている人に気付く機会として、社会福祉の面でも機能すると感じています。
千葉 そうしたお話を聞くほどに、「何にもしない合宿を全ての地域がやればいいのに」と思ってしまいます。ただ、ほかの地域には小田さんというキーマンがいない。裾野市との、その大きな違いをどう考えますか?
小田 それは全然、大きな違いではないと思いますよ。私のように、「自分の幸せのために、地域を変えたい」と考える人は、全国各地のどこにでもいるんです。大切なのは、そういう人たちが実際に行動して、壁にぶつかった時に、支えてあげられるまちであること。私の場合は、「外国ルーツの家族と幸せに生きる」という、覚悟に近い気持ちでなんとか壁を乗り越えていましたけれど、そんなモチベーションは誰でも持てるものではありませんから。
千葉 何かをしたい気持ちがある人を支え、応援してあげる。そういう関係もまた、人と人がつながり合うことによって自然と生じるのだということを、「何にもしない合宿」は教えてくれる気がします。私が今後、まちづくりについて「何かしたい」けれどやり方が分からない、と焦っている人に出会ったら、将来的に大きな成果を生むために、「何にもしない」という方法もあることを、伝えていきたいと思います。