小さなUSBが絵本になるのがおもしろい~なかえよしを先生~ロングセラー絵本「ねずみくん」最新刊ができるまで
『ねずみくんのチョッキ』にはじまる、ねずみくんの絵本シリーズの最新刊『ねずみくんのピッピッピクニック』がこの4月に刊行されました。
おかげさまで今年で47周年目、既刊37巻を数える本シリーズですが、今回はシリーズ初の「春」がテーマ。ねずみくんはお弁当を持って春のピクニックへと出かけます。いつものなかまたちとの楽しい掛けあいの中で、身近にある幸せや楽しさにも気づかせてくれるお話になっています。
”いつもの公園の前で、待ち合わせをしたねずみくんとなかまたち。今日はおべんとうを持って、みんなでピクニック。
ねみちゃんの吹く笛の音にあわせて、ピッピッピッと出発です。
でもどこを目指そうか、みんなの意見が合いません。そのとき、ちょうちょうがやってきて……?”
今回はこの絵本ができるまでの様子を、著者・なかえよしを先生のお仕事場はもちろん、いったい出版社や印刷所とは何をしているところなのか……?という点も含めて、担当編集からご紹介させていただきます!
■満を持して復活!『ねずみくんのピッピッピクニック』
『ねずみくんのピッピッピクニック』ラフスケッチ 表紙案
実はこの『ねずみくんのピッピッピクニック』のラフは、昨年刊行された『ねずみくんはめいたんてい』よりも前、2018年末には、すでに出来上がっていました。作家のなかえよしを先生、画家の上野紀子先生ご夫妻から、次回作としてご提案いただいていた作品です。
その後2019年に上野先生がご逝去され、これまでの方法では続けることができなくなってしまったのですが、なかえ先生は『ねずみくんはめいたんてい』ではじめて、パソコンでの合成による作画に挑戦。これならばシリーズを続けていけるぞ、ということで、眠っていた『ねずみくんのピッピッピクニック』が再登場となったのでした。
『ねずみくんのピッピッピクニック』ラフスケッチ
■Mac PCでの作画開始
なかえ先生による作画で元にするのは、過去のねずみくんの絵本の絵たち。
過去の絵のリスト。これを見ながらどの絵を使うか決めていきます
ただ今回の新刊は、どの巻からとったのか担当でもわからないくらい、なかえ先生によるPC上での合成・描き足しや描き下ろしも多数含まれています。
見返し(表紙をめくったところ)にも絵や模様がちりばめられ、シリーズの中でも特に、絵がたっぷり入った作品になりました。
MacPCの前で作業中のなかえ先生
レイヤーを使い分けリュックサックを合成しているところ
制作期間中、なかえ先生からは進捗報告とともに、いろんな画像を送っていただきました。中には、制作方法の解説がついたものも。
みなさんもぜひ、どの絵本からとった絵か探してみてくださいね。
うきわがリュックサックに大変身!
本作の重要なキャラクター・ちょうちょうはなかえ先生の描き下ろし
■47年間で初めて「会わない」絵の受け渡し
こうしてやりとりを重ねる中で、ついに「絵が完成しましたよー!」と連絡をいただいたのは、1月半ばのこと。今年はコロナ禍もあり、お会いせぬままに郵送でのデータ受け渡しとなりました。
USBとディスクそれぞれに絵とテキストのデータが入っています。どちらにもねずみくんのマークが!
なかえ先生からのお届け物はいつも見た目も可愛らしくて、開けた時の驚きがあります。ちなみに35巻『ねずみくんのうんどうかい』は、なかえ先生お手製の原画ケースに入っていました。
『ねずみくんのうんどうかい』原画ケース なかえ先生・画のねずみくんとねみちゃんがかわいい……
こうしてデータが届いたら、いよいよお話部分や表紙、帯などのデザイン作業が開始です。
■表紙の草、どうしよう?
ここ数年のねずみくんの表紙は、先生とデザイナー・編集者が相談をして決めています。
すでに36冊もある、ねずみくんの絵本シリーズ。被らない色を探すだけでも一苦労です。
緑の表紙だけを集めても、こんなにいっぱい!
今回は、「草っぽいデザインにするのはどうでしょう」というなかえ先生のご意見をもとに、デザイナーさんとも相談をして草風デザインをたくさん検討しました。
グラデーションにしてみたり、草模様をいれてみたり……
なかえ先生に描いてもらった草模様2パターン
結果、Aを元にした草模様案に落ち着きました!
この草模様は見返しにも用いられていて、絵本全体のさわやかな春の雰囲気を盛り上げてくれています。
■こだわりのねずみくんの色
つづいて色校(色の調子を確認するための校正紙)も少しご紹介。
ねずみくんの絵本シリーズの作品は、基本的に墨・赤・枠色の特色インキ3色で刷られているのですが、今回の『ねずみくんのピッピッピクニック』はお話の最後にあるとある素敵なシーンのために、全ページ5色印刷になっています。(細かく言うとCMYKのプロセスインキ4色+緑の特色インキ1色)
一般的にはCMYKのプロセスインキ4色だけで刷る本が多いので、これはちょっぴり豪華です!
ねずみくんの色校で特に気を付けているのは、ねずみくんたちの墨の濃さ。初校(最初の色校正)→再校(2回目の色校正)で、印刷所さんにだいぶ調整をしていただきました。
(左)修正後の再校 (右)修正前の初校
左側はだいぶ、薄くなっているのが伝わるでしょうか?
(左)修正後の再校 (右)修正前の初校
ねみちゃんもこの通り!
■「草」の最終確認で印刷所さんへ
デザインの時にも悩んだ表紙の草ですが、「目立ちすぎず、けれどちゃんと模様があって既刊と差が出るように」という加減をなやみ……結果、念のために印刷立ち合いにも伺うことにしました。
校了の前に、色の最終確認等のために印刷工場へ伺う印刷立ち合いですが、必ず伺うわけではないので(これは作家さんや編集者、どんな作品かにも寄ると思います)内心わくわくしながら、印刷工場へ。
今回印刷してくださったのは、精興社さんです。
印刷立ち合いには、精興社の営業・吉島さんが案内をしてくださいました
(左)本番の刷り上がり (右)修正前
目立ちすぎていた草模様が、だいぶ落ち着きました!
この色で大丈夫!と確認ができたので、刷り上がった本紙に校了のサインをして印刷立ち合いは終了。この校了紙が印刷をする上での色見本になります
この後の作業は、印刷所さんにバトンタッチ。今回はお願いをして、精興社さんに印刷の様子を撮影していただきました!
大きな印刷機械が並ぶ工場内部
1枚ずつ刷られていきます
刷り上がったら……
先ほどの校了紙と見比べて、色に差がないかをチェック! 微妙なインクの盛り加減を調整します。この部分はまさに職人技です
ドーンと刷り上がり! これぜーんぶ、ねずみくんの表紙です!
このあと、刷り上がった紙は、表面加工を行ったり、製本所さんへと送られたりして、だんだん本の形に……
そうして無事できあがったのが『ねずみくんのピッピッピクニック』!
『ねずみくんのピッピッピクニック』の見本
やったー!
先日、なかえ先生にできたてほやほやのこの絵本をお届けしたところ、「小さなUSBから、絵本になっちゃうのがおもしろいね」とおっしゃいました。本当にその通り、まるで魔法のようですが、その過程にはたしかにデザイナーさん・印刷所さんたちの技術があるのでした。
そして眠っていたラフを1冊の本にまでできたのは、なかえ先生のアイディアがあったからこそ。上野先生がのこしてくださった35冊分にも及ぶ絵があったからこそです。
いろんな人の思いが詰まったこの本が、みなさんのお手元にも、春をお届けしますように!
(文/上野萌・富山なつき)
★『ねずみくんのピッピッピクニック』の制作方法に関するお話は、こちらの記事でもなかえ先生にお話いただいています。ぜひ、合わせてご覧ください! また皆様からいただいたコメントは、著者にもお伝えさせていただきます。ぜひご感想などお寄せいただけますと幸いです。
【編集部からのご案内】
昨年9月から巡回中の「ねずみくんのチョッキ展」2021年秋までの巡回予定が決定いたしました! まだまだ不安は拭えない状況ではありますが、対策を行った上でねずみくんと共にお待ちいたしております。もしお近くにお越しの際にはお立ち寄りくださいませ。
■東京会場
2021年6月2日(水)~6月14日(月)
松屋銀座8階イベントスクエア(東京都中央区銀座3-6-1)
■兵庫会場
2021年6月19日(土)~8月15日(日)
姫路文学館(北館)(兵庫県姫路市山野井町84番地)
■長野会場
2021年8月21日(土)~10月18日(月)
イルフ童画館(長野県岡谷市中央町2-2-1)