山火事を生きた、めす鹿が語る絵本『わたしたちの森』。 訳者、小手鞠るいさんがくらす森からおたよりが届きました。
『わたしたちの森』は山火事をテーマにした絵本。
地球環境の変化や気候変動について考えてほしい絵本です。
森の音や風の音、動物たちの息づかいなどを感じるすてきな訳をつけてくださった小手鞠るいさんは、30年ほど前からアメリカ東海岸にあるニューヨーク州の森のなかでくらしていらっしゃいます。
今回は小手鞠さんを通じて、森のお友達からおたよりをいただきました。
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みなさん、こんにちは。わたしの名前は「プリティガール」といいます。小手鞠るいさんの住んでいる森に、わたしも昔から住んでいます。
絵本『わたしたちの森』の主人公は、西海岸の森に住んでいますが、わたしたちは東海岸在住の鹿です。しっぽの裏側が白いので「オジロジカ」とも呼ばれています。
好物は、草とお花。特に、きれいなお花が大好きで、小手鞠さんが庭に植えたお花をかたっぱしからむしゃむしゃ食べてしまうので、彼女からは「花泥棒」と呼ばれています。
わたしたちの「家」は、豊かな森のなかにあります。春は新緑、夏は若葉、秋は紅葉、冬は雪景色。四季折々に美しい森です。
小手鞠さんとは数年前の冬、豪雪と凍結で草が食べられなくなっていたわたしたちに、彼女がりんごを分けてくれたことから、仲良くなりました。その後「野生動物に食べ物を与えてはいけない」と考えるようになったらしくて、このごろでは何もくれないので、ちょっとつまらないです。
西海岸の鹿たちは、山火事による災難に見舞われることが多いようですが、ここでは、山火事はめったに起こりません。地震もありません。でも最近、大洪水が起こることが増えました。地球温暖化の影響で、大雨がよく降るようになったからです。いつもなら雪になるはずなのに、それが雨になってしまう。そのために、森では、倒木や洪水がひんぱんに起こります。
ハリケーンの被害も年々、深刻になるばかり。「わたしたちの家=地球」は、これからどうなっていくのでしょう。とても心配です。
午前中、小手鞠さんはいつも熱心に机に向かって、何かを書いています。ときどき、窓辺に立って、わたしたちに声をかけてくれます。
「プリティガール、元気?」「はい、元気です」
「池の睡蓮、咲き始めたけど、食べないでね」「とってもおいしそうです」
「食べないでよー」「あとで、池に入ってみます」―――そんな会話を交わしています。わたしたちにお花を食べられることに懲りたのか、今では2階のバルコニーで鉢植えの薔薇を育てているようです。さすがのわたしも、2階までは上がれない・・・。
午後、ランチのあとで、彼女は森へランニングに出かけます。とちゅうで、立ち止まって、野の花の観察をしていることが多いです。
彼女の姿を見つけると、わたしも立ち止まって声をかけます。
「それは、クイーン・アンズ・レースです。雑草みたいに見えないでしょう」「うん、見えないね」「すごくおいしいです。食べてみますか?」「遠慮しておく」―――そんな会話を交わしています。
もうじき、森に秋がやってきます。豊かな実りの秋です。
そして、雪の季節に備えて、冬支度をする秋です。
来年も、森に美しい春がやってきて、子鹿が生まれますように。
写真©Glenn Sullivan
(文:小手鞠るい )
小手鞠るい 1956年岡山県生まれ。同志社大学卒業。エッセイスト、小説家。詩とメルヘン賞、海燕新人文学賞、島清恋愛文学賞、2009年原作を手がけた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』(講談社)でボローニャ国際児童図書賞などを受賞。2019年には『ある晴れた夏の朝』(偕成社)で、子どもの本研究会第3回作品賞、小学館児童出版文化賞を受賞。主な作品に『空から森が降ってくる』(平凡社)、『ウッドストックの森の日々』(ポプラ社)、『森の歌が聞こえる』(光村図書出版)、『おしゃべり森のものがたり』(フレーベル館)など多数。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。