【特別無料公開】「デビューしてもそこまで幸せになれなかった」新人作家が届けたい<1.5作目>――友情、希望、ちょっぴり未来が詰まった青春小説『ワンダー・ワンダー・ワールド』
「森さん、あの作品を無料公開したいんです」
虻川さんからそんなメールが届いたのは朝8時ぴったり。寝ぼけたままメールを立ち上げた、ちょうどその時でした。(※ポプラ社は在宅勤務中です)
虻川枕さんは『パドルの子』で第六回ポプラ社小説新人賞を受賞した新人作家。
以前にポプラ社一般書通信で『「デビューしてもそこまで幸せになれなかった」――書きたいと売れたいは両立できるのか? 人生二作目の壁にぶちあたる新人作家 VS 新担当編集者』というインタビュー記事が掲載されましたが、そこで登場いただいた作家です。
※未読の方はよかったらご一読ください。
記事公開後も厚い厚い二作目の壁に苦しみつつ、虻川さんは『ワンダー・ワンダー・ワールド』という作品を書き上げました。
虻川さん渾身の一作でしたが、この作品はまだ世に出ていません。
なぜなら、鬼の編集者(僕のこと)がストップをかけたから――。
そこには色んな理由や編集部としての戦略があるので詳しくはお話できないのですが(もちろん虻川さんとはじっくり話し合いましたが)僕が感じたのは、この作品は虻川さんにとって〈1.5作目〉とすべきではないか、ということでした。
すでに完成されていて充分面白いけれど、まだ熟成できるんじゃないか。もうすこし寝かせてから仕上げに取り組むことで、二日目のカレーのようなコクがだせるんじゃないか。
もしくはこの作品を踏まえて、先に別の作品に取り組むことで虻川さん自身作家として大きく伸びることができるのではないか。
そういう意味でこの作品にはしばらくの間〈幻の1.5作目〉として、少し、休憩してもらっていました。
今回、虻川さんが公開したいと言ってくれたのは、その〈1.5作目〉になります。
新型コロナウイルスの影響で右を向いても左を向いても暗いニュースばかり。これからどうなるんだろう、と僕自身もつい気持ちが塞ぎがちになりますが、そんな時だからこそ楽しい物語や元気が出る小説が必要なのではないかと思います。
この作品にはそんな勇気と希望が詰まっていて、本にはなっていないけれど、この作品をたくさんの人に届けたいという虻川さんの心意気に、僕は強く賛同いたしました。
作品の簡単なあらすじや、公開にあたっての想いは虻川さんにお任せいたしますが、自宅で鬱々としている方々に少しでも楽しんでもらえれば、虻川さんも僕もとても嬉しいです。
(担当編集:森潤也)
***
「ご相談がありますので、一度お会いしてお話させていただけないでしょうか」
そんな書き出しから始まるメール、そしてその相談の概要が森さんから送られてきたのは今から9ヶ月前。去年の7月4日、午後1時半頃のことでした。昼休みも終わり、午後の睡魔と懸命に戦う僕を援護射撃するフリしてもろとも撃ち抜いてくれた時のこと、今でもありありと思い出せます。
相談の結果、僕は約2年かけて(ほぼ)書き切った『ワンダー・ワンダー・ワールド(Wander_Wonder_World.)』という物語の完成および発表を断念することにしました。
呟きでは《思ったよりも山のコンディションが悪く》なんて表現していますが、決して出来上がった結果が“つまらなかった”から、という意味ではありません。むしろその逆で、少なくとも僕はこの作品がデビュー作に負けず劣らず“面白い”と、今でも信じています。(作者なんで当たり前っちゃ当たり前ですけど)
ただ、その時の森さんが言った内容を僕なりに超絶ざっくり解釈した結果、
「この作品は“今、無理して登頂すべき山”ではないのではないか」
とのことで、僕は納得したフリをしながらこの作品の完成を断念し、一方で未だに納得できない日もあったりしてモヤモヤするような夜を越えながら、デビューを引き受けた以上は仕方のない不幸だと自分をなおも言い聞かせ、今現在も新たな山を登ったり降りたりまた登ったり、と日々を過ごしていました。
そうこうして、それからたった9ヶ月で、世界の様子は大きく変わりました。
報道で繰り返し繰り返し情勢は伝えられていますので敢えてここでは繰り返しませんが、当たり前と思えた日々の生活は一遍にして奪われてしまいました。また、ここ1ヶ月のうちに日本に住む人たちの不安は、日に日に倍増していったように思います。
無論、僕も、そのうちの一人です。
ある夜、不安で不安で仕方がなく、空が明るくなるまで眠れない日がありました。
(もし、自分が罹っちゃってたら?)
(もし、自分が誰かに移しちゃってたら?)
そんな日は、よくないと思いつつ、ネットを見漁ってしまいます。
(みんな不安なんだろうな)(学生さんとか、特に暇だろうな)(景気、明らかに悪くなってんな)(バイト、クビになったりして)
また不安になって、最終的に、こんなことを思いました。
(そもそも、明日には死んじゃってるかもしんないんだよな、俺)
明るんできた空を窓越しに眺めながらため息をついた、そんな時です。ふと、ある思いつきに至りました。
それこそが、未公開の原稿『WWW』の無料公開でした。
論理は飛躍しているようで地続きです。
まず、おそらく現在は読者好きの皆さんの中にも、本屋に行ってあれこれと物色することも叶わず、あるいはネットで本を買いたいけど先行きの見えない状況にお金を消費するのが怖い、そういった方が一定数、存在するように思います。(もちろんこの外出自粛は積ん読を消化する良い機会でもあるように思い、読書家の全員にとってすべてが不都合、というわけでもないように思いますが)
そのような人に無料で何かをポンと提供できるのは、まさしくどこにも公開できていない、言い換えればまだ著作権がほぼ完全に僕の元にある、この『WWW』ならではの使い道なのではないか。そう思いついたのです。
それから何よりもこの無料公開は僕の意思、もっと言えばワガママなのです。
自分が、明日にでも、命を落としてしまうかもしれない。そう考えた時に真っ先に抱いた心残りは、この『WWW』のことでした。
僕はこれを隠し球のように思っていて、いつかどうにか世間に投げてやるんだぞ、と息巻いていたわけです。ところがそれを放つまでもなく死んでしまう、と考えてみたとき、とても死んでも死に切れない。そう思ったのです。
だって、まだ一作しか出せていないのに。あれだけ時間をかけたのに。
せっかく“面白い”と思えるところまで作り上げたのに――。
繰り返しますが、無料で公開したいと思ったのはあくまで、僕のワガママです。
その上でもしかするとこの公開することのなかった作品にも、今の時期ならば需要があるかもしれない。自宅待機で世界に貢献する人たちの、その大義ある暇つぶしに一役くらいは買えるかもしれない。作家の端くれオブ端くれとしてそんな使命感みたいなものを抱いた時、僕はこのワガママを森さんに思い切って提案してみていました。
森さんは、二つ返事で了承してくれました。さらには、ポプラ社のnoteの場を提供する、という後押しをしてくださいました。結局、僕はいい出版社でデビューできたものだなぁ、と感謝したのです。(とは言え『WWW』の寝かせの件についてはもうちょっと早く言ってくれたらなあとも思ってしまうので、これでチャラ、みたいなところもあります。笑)
以上というのが、公開に至った経緯です。
前置きだというのに随分、長くなってしまいました。
ここから『ワンダー・ワンダー・ワールド』という物語を簡単に説明します。
VR化されたインターネット空間・VRアースの世界をぶらぶらと彷徨う、自称底辺ユーチューバー集団の《ワンダーフールズ》。彼らがこの世界で行ったライブ配信は初回こそ低空飛行だったが、その最後に奇怪な人影が映る怪奇現象が確認されると、あれよあれよという間にメディアを席巻する時の人となっていく。やがてこのVRの世界を脅かすコンピュータウイルスを撒いたサイバーテロリスト《ノーネーム》を探す冒険へと変わっていく彼らのライブ配信は、VRアースの創始者《ダグラス》、延いては配信を眺める《視聴者たち》をも巻き込み、巨大なムーブメントに。
しかし、彼らの配信が注目されるようになった傍、初回の怪奇現象が自作自演だったのではないか? という疑いが、一部視聴者の間で囁かれるようになって――。
――と、いった内容になります。
奇しくもインターネットのいい面も悪い面も露わになっている現状とは、もしかすると少しばかり、リンクしているような内容になってる……かもしれません。
上記あらすじに興味を持っていただけましたら、お手すきの際にでも是非、冒頭だけでも、ご一読いただければ幸いです。
*
あと、誠に勝手ながら、読んでいただくに当たっての注意点です。
① 400字詰めにして500ページを超える結構な長編ですので【全7回】で公開していきます。明日からは【毎日20時】を目安にどんどん次の回を公開していくつもりですので、よろしくお願いします。
② 無料での公開期間はひとまず緊急事態宣言の解除される予定の【5/6まで】とします。
その後、このnoteをどうするかについては現状未定です。ただし5/6時点で状況が今と同等か今以上に緊迫していると思われた場合、無料での公開を継続することは森さんと僕の間で一致している方針です。
※【5/7追記】緊急事態宣言の延長を受け、無料公開は5/31まで延長いたします。
※【5/29追記】緊急事態宣言は解除されましたが、コロナが完全に収束したわけではない状況も鑑みて、1年後まで無料公開期間を延長することにいたしました。
③ これは、言い訳です。
この作品は当時、八合目まで登ったと思える部分までは行った――とは言え【校正やゲラチェックという段取りを経ていない作品】です。この校正という行程は、作品を仕上げる上で最も大事、と言っても過言ではありません。というかむしろ、八合目からが本番だったりします。
実際にnoteにアップするに当たって久しぶりにこの作品を読み返し、一部文言など急ピッチで修正しましたが、それでも読みづらい部分が往々にしてあるかと思います。そもそもnoteで読まれると思って書いていなかったこともあります。なので、ある程度の文章の乱れ・読みにくさはご愛嬌、と思っていただければ……。
また恐らく、文章内に日本語としておかしい箇所、明らかな矛盾/誤植などが含まれているようにも思います。(ないと思いたいですが、絶対にあるのが誤りです)そういったものを発見した場合には、そっと心のうちに留めておいていただくか、あるいは僕のTwitter(@abu_maku)にこっそり教えてくれると助かります。
皆で校正する、というのも新しくないですか? などと煙に巻いておきます。
長々と失礼いたしました。あ、あと。
「……とはいえ、これはあくまで1.5作目ですからね?」
と、自分で上げてしまったハードルを元に戻すような言葉も、付け加えておきますね。
それから最後に。
もう一つだけ、ワガママを言わせてください。
どうか、僕の(順当な)2作目が出るまで、皆さん、生きてお待ちいただければ。別にその時は買わなくてもいいんで、あるいはこき下ろしてもいいんで。
せめて、どうか、生きててください。
以上、僕からの、僕のことだけを考えたワガママでした。
(虻川枕)
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▼『ワンダー・ワンダー・ワールド』公開第一回はこちらから
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