君の話 / シゲ
text by シゲ
posted on Feb 21,2021
あれは22歳の時。
名古屋から帰ってきてしばらく経ったが静岡に音楽仲間がまだおらず、バンドが出来ない事に毎日イライラとしながらバイト生活をしていた。名古屋にいた時はもう本当に「俺にはバンドしかねえ!」みたいな感じで生きていたので、静岡に帰ってきてバンドが出来なくなってからはフラストレーションが溜まる一方だった。
そんな俺を見兼ねてか、学生時代の友人が「何か他の事に意識を向けれたら良いんじゃないか」と突然合コンに誘ってきた。当時の俺はバンドをやっていてこその自分!みたいな考え方だったので、バンドをやっていなければ自分に自信が全く持てず、そんな自信の無い自分が合コンなんか行けるわけないだろうと今思うと大変恥ずかしい理由があったので断ろうとしていたのだが、何となくこのままイライラしていても仕方ないのかもしれないとも思っていたので、せっかく誘ってくれた友人にも悪いしあまり乗り気にはなれなかったがなけなしの勇気を出して行く事にした。
数日後の夜、合コン会場の飲み屋に友人と向かった。詳細を全然聞いていなくて、男が俺と友人だけでいいんだろうかと思ったので行く途中に友人に聞いてみたら、お相手は友人の彼女とその友達の女の子だけで合コンというよりお見合いみたいな形の飲み会であった。拍子抜けしたが、個人的に人数の多い飲み会はあまり好きではなかったので少しホッとした。と同時に、なんか俺みたいな奴とお見合いさせられてその友人の彼女の友達がかわいそうだなぁと思った。俺がというよりは向こうが初対面で微妙な感じだったら、適当に話を合わせて早めに切り上げようと思った。
行った事もない小洒落た感じの飲み屋さんに友人に案内されて到着し、中に入って店員さんに席に案内されると、友人の彼女さん(会った事はある)とそのお友達らしき女性が先に隣り合わせで座っていた。
そこで、俺は背中に電流が流れる様な凄まじい衝撃を受けた。友人の彼女のお友達さん、めちゃくちゃ可愛い。タイプとかそういう問題ではなく、とにかく超絶に可愛い人だった。普通に俺が俺として生きていたら全く縁が無いんじゃないかと思うような、べらぼうに美しい人だった。
席に座りもちろん正面に彼女がいたのだが、軽く挨拶は出来たけれどあまりの可愛さに目を全然合わせられなかった。これはやばい。ちょっとまじで呼ぶ奴間違えてるからなまじでこの野郎と友人と友人の彼女に対して思った(もちろん俺の事)。俺と友人は最初にビール、女性陣2人は甘い系のカクテルを選んで注文しようとしたのだが、颯爽と店員さんに声をかけて注文をしてくれたのは彼女だった。なんだこの子は、べらぼうに可愛い上に気もきいちゃう系かと、つーかなんで女子に注文させてんだと、なんだか俺はとてつもなく居たたまれなくなった。
もう駄目だ、俺じゃ駄目だ、早く帰ろうと思った。普通はこんな可愛い子を紹介されたらテンションが激上がりするものかもしれないが、あまりに彼女は可愛すぎた。
とりあえず飲み物が来たので乾杯をし、しかしやっぱり彼女とは恥ずかし過ぎて全く話せなかった。今でこそライブハウスの店長等を経験して色々な人と接してきたのでどんな人でも初対面でもある程度は話せるが、当時の俺はコミュ障の上に童貞力も半端なかったので(今も童貞力はまあまああるけれど)ただでさえ普段から女性と接する機会が少ないのにいきなりとんでもなく美しい女性を目の前にドン!と置かれて話せるわけがなかった。
しかし彼女は、凄く優しい女性だった。目も合わせられない俺に色々な話を振ってくれた。好きなものは何ですかとか、休日は何をしていますかとか。「マジお見合いか!」と心の中でツッこみつつ、彼女の質問に辿々しく答え彼女の気遣いに救われていた。
彼女がある質問をしてきた時、事態が少し変わった。「好きな音楽はなんですか?」と聞かれた時だった。バンドマン、ロック好きがされて一番困る質問だ。「好きな音楽…色々あるんですけど…う~ん…」と返事に困っている所、友人が「こいつはバンドをやったりしていて(その時はやってなかったけど)、ロックとか色々好きなんだよ」と彼女に言った。思えばそれはかなりナイスアシストだった。それを聞いて、彼女が突然少し大きな声で「え!?じゃあレディオヘッドって好きですか!?」と聞いてきた。
当然俺はビックリした。こんな場でこんな可愛い子からまさかレディオヘッドの名前が出てくるとは思わなかったからだ。レディオヘッドは普通には好きで、アルバムも一応ほぼ全て持っていたので「あ、す、好きですよ!」と俺は答えた。そう言った時の彼女の花が咲くような笑顔は今でも忘れられない。彼女はとても喜んで、「本当ですか!?私大好きで、でも周りに好きな人が全然いなくて…嬉しいです!」とかなりテンション上がり気味に言った。
それから少しだけ彼女と会話が弾んで、サマソニやフジロックに出る様な洋楽のロックバンドが好きな事、フェスには行った事がないけど外タレのライブがあると時々1人でも見に行く等色々と音楽の話をしてくれた。俺は当時時々クロスビート等を見ながらCDを買ったりしていたので、話を結構合わす事が出来た。意外な所で接点があり、正直なところ久々に人と音楽の話が出来た事よりこんな可愛い子と共通点があった事が嬉しかった。友人と友人の彼女も、音楽の話は全然わからないけれど微笑ましく俺と彼女を見ていてくれていた。
音楽の話で結構彼女とは打ち解ける事が出来、一通り良い感じに会話をして、そろそろお開きにする雰囲気になった。会計はさすがに俺と友人で済ませ、俺以外は静岡市在住組だったので静岡駅まで4人で向かい、3人が俺を見送ってくれる形となった。駅まで向かう途中、友人と友人の彼女が気をつかったのか、それとも自然とそうなったのか、前を友人カップルが歩いて後ろを俺と彼女が歩いていた。
友人カップルと少し距離が出来た時、ふいに彼女が「今日は楽しかったです。もし良かったら、今度は2人で遊びませんか?」と言ってきた。俺は心の中で「えぇ!!?」と思いながら口にも「えぇ!!?」と声を出していた。まさかそんな、ちょっとくらい話が合ったからといってこんなとんでもなく可愛い子が俺なんかにそんな事を言ってくれるなんて。あまりの衝撃と嬉しさに酔いも覚めてしまった。これは何の恋愛漫画だろうと現実を疑いながら、また辿々しく「え、い、良いんでしょうか…是非…」と答えた。彼女はまた花が咲くような笑顔で「良かった!じゃあ連絡先を交換しましょう」と言ってくれた。俺は慣れない赤外線通信に苦戦しながら、なんとか彼女と連絡先を交換した。
3人と静岡駅で別れ、電車に乗り込み安倍川の橋をボーっと眺めながら、今日の事が未だ信じられずにいた。しかしこれはもしかしたらバンドが出来なくて苦悩していた俺を見かねて神様が(友人がだけど)気をきかせてくれたのかもしれないと、西焼津に着く頃にはそういう事にして「よーしちょっと頑張ってみるぞ」という気になっていた。
家に帰って自分の部屋で少し深呼吸をし、早速彼女に「今日はありがとうございました、楽しかったです。良かったら今度空いてる日ありましたら2人で遊びに行きませんか?」というようなメールをちょっとがっつき過ぎだろうかと思いながらも送ろうとした時、まさかの彼女の方からメールが来た。内容は、今俺が送ろうとしていた文章ほぼそのままだった。まじかよ、なんだよこれ、奇跡体験アンビリーバボーに投稿出来んじゃねえのかと言わんばかりの驚きと喜び。俺はすぐ様「こちらこそ今日はありがとうございました。大体暇してるんでいつでも大丈夫です、そちらの都合に合わせます」というようなメールを送った。
それから30分もしない内にトントン拍子で次に彼女に会う日が決まった。
次の日からの俺といったらもう浮かれまくりで日々を過ごしていた。バイトもやたらと気合いが入り、バイトリーダーから「小林君凄いじゃん、出来る男じゃん」と言われる程だった。家にいる時はずっと彼女の事ばかり考えてニヤニヤしていた。もし彼女が恋人になったら…とか考えるだけで幸せ過ぎてしょうがなかった。妄想がいき過ぎて結婚後の事まで考えてしまい、仕事から帰ってきて家のドアを開けたらエプロン姿の彼女が笑顔で「おかえり!」と言って出迎えてくれる姿を想像してさすがに恥ずかしくなったりして布団の中で悶絶したりしていた。
そして彼女とのデートの日がついに来た。
狙ってか狙わずか、彼女の真意はわからなかったがその日はなんとクリスマスイブだった。ちょっと展開が早すぎる気がしたが、これは今日何も起こらないわけがないと何処かで確信していた。
静岡駅で彼女と待ち合わせをし、もちろん約束の15分前くらいに俺はスタンバっていた。デートプランは夜だったので良い感じのお店を予約して2人で軽くお酒を飲み、店を出たら青葉通りのイルミネーションを見に行くというものだった。そこから先は考えてはいなかったが、まあなんとかある程度ロマンチックにはなるやろと思っていた。そわそわしながら静岡駅の南口のマクドナルドの前おたりで煙草を吸いながら彼女を待った。南口近くのお店を予約していたのだ。まだ全然吸える長い煙草を消し、また新しい煙草に火をつけ、また長いまま消し、また火を付け…と、緊張している時にやってしまうクセを思いっきりやってしまっていた。
約束の時間の5分ほど前になり、彼女らしき人が北口方面から来た。こちらに気付き、手を振る彼女に俺はもう見とれていた。この前もとてつもなく可愛かったが、今日はなんて神々しい可愛さなのだろう。北口から南口まで歩いてくるまでに10人くらいにナンパされてもおかしくないくらいだった。妄想の中で美化されまくった俺の脳内の彼女の更に遥か上をいっていた。
俺は今からこの人とデートをする、という現実感の無さが凄まじかった。こんな人とデートをするのは普通だったら中々のイケメンで仕事もバリバリやっていて上の立場にいるような、人生の上流階級の男である。しかし違う。俺なのだ。なんだこれは。だっふんだ。思わず志村けんになってしまうくらいの現実感の無さだった。そして彼女が俺に近づいてくるたびに、それは溢れんばかりの幸福感へと変わっていった。
俺の目の前に来た彼女は、見れば見る程とにかく美しかった。そんな彼女が俺に言う、「じゃあ行きましょうか」と。一体こんな美しい人と何処へ行くというのか、ディズニーランドより遥かに夢の国へと連れて行ってくれるのだろうかと思った。いや、連れて行くのは俺で向かうのは静岡駅南駅付近の少し小洒落た飲み屋さんである。彼女の美しさに若干飛んでいた意識を呼び戻し、「ではこっちへ」と彼女を予約したお店へ案内した。
お店に到着し、店内に入り店員さんに「予約した小林です」と言った。店員さんは男性だったのもあって、心の中で「クリスマスイブにこんな可愛い女子とデートで飲みに来ちゃった小林です」と完璧上から目線で言っていた。店員さんも「なんでこんな奴がこんな可愛い子と…」と思ったと思う。席に案内され、「良い感じのお店ですね」と言いながら上着を脱いだ時に彼女から凄く良い匂いがした。可愛い女の子から良い匂いがするというのはこんなに素晴らしいものなのかと、俺は彼女に会ってから今に至るまで感動しっ放しだった。
2人で飲み物と適当な食べ物を選び、今度は俺がちゃんと店員さんを呼び注文をした。彼女とこうして正面から向き合うのは前の飲み会以来である。今度はある程度目が合わせられる、がやっぱり可愛すぎる。まだ恋人でもないのに、俺の目の前で何気ない仕草をしたり、時折ニコっと笑う彼女が愛しくてたまらなくなった。
飲み物が運ばれて来て、彼女と乾杯をする。何に乾杯すりゃ良いのかな、と思っていたら彼女が「メリークリスマス!」と言ったので、俺もニヤッと笑いながら「メ、メリークリスマス!」と言った。よく考えたらクリスマスは次の日だったけど、その時はそんな事どうでも良かった。
それから彼女と音楽の話やお互いの生活の話などしてある程度盛り上がった。
ひとしきり楽しくお酒を飲み話も盛り上がり、さてそろそろお店を出ましょうかという事になった。会計前に彼女がトイレ…お花を摘みに立ったので、その間に会計を済ませておいた。お花摘みから帰ってきた彼女が「あ、お会計は…」と言ったので「いや、今日はいいですよ」とちょっとかっこつけて答えた。が、その瞬間彼女が見た事もないような真面目な顔になり、「いえ、駄目です。ちゃんと私にも払わせてください!」と結構な剣幕で言ってきてビックリした。結局会計の半分のお金を彼女に無理矢理渡され、ちょっと恥ずかしいな…と思いつつもそんな真面目な彼女の事が更に好きになった。
そして、じゃあ行きましょうかと青葉通りに向かった。お店を出てから歩き始めた俺と彼女は最初は良いお店でしたね等話をしていたのだが、五分程したら何故かお互いあまり口数がなくなっていた。お酒も入っていたのもあったが、俺が彼女に何かをしたいと、しようと思っていて、彼女もそれを何となく気付いていたからだった。
静岡駅北口を出て両替町通りに向かう途中の大通り信号で信号待ちをしている時、俺は「ここしかない」と思った。すぐ隣にいる彼女の手を取るならばここしかないと。
そして、俺はなけなしの勇気を振り絞って、彼女の手を取り握りしめ………………………………………………
な〜〜〜〜〜んてそんな事実際にあったわけないっつーの!!!!!ゲラゲラゲラ〜!!!
すいません、全部妄想の作り話です。
最後まで読んでしまった方、本当にすいませんでした(土下座)
シゲ_profile
静岡に住んでいます。
音楽が好きです。
バンドをやったりもします。
Gangliphoneというバンドでベースを弾いています。