教室のすみっこで読んだ本は味がしなかった
小4のとき、先生になりたいと思った。よくありがちな、担任の先生に憧れて、という理由で。ピアノを習わせてもらった。ぴかぴかのピアノは、家賃2万のぼろぼろの宿舎には似合わなかった。
中学のころ、いじめられるようになった。自分は間違っていないと思ったけど、弱かったから戦えなかった。あの子は背が小さくて、かわいくて、かしこかった。好きだった。かわいいから、みんなが味方した。勝ち目がなかった。あたしをごみを見る目で見るから、ごみなんだと思った。ごみでもプライドがあったから、ひとりぼっちは嫌だった。自分をひとりぼっちの可哀想な子にしたくなくて、休み時間はトイレに隠れた。どうしても戻れなくて、授業が始まってもトイレにいたことがあった。そのまま保健室に行って、早退することになって荷物を取りに教室に戻ったら、どんだけ腹壊してたんだろうねー!って、あの子が笑ってた。トイレに居られなくなると、教室のすみっこで本を読んだ。読書好きの女の子のふりをした。楽しそうに笑うクラスメイトの声を、あたしのことを話すあの子の声を、一言たりとも聞き逃さないようにしながら、本を読んだ。優しいなと思った男の子はみんなあの子の味方で、優しくなんかなくて、あたしの反対側で暮らす人だった。はじめて、死にたいと思った。
やっぱり、先生になろうと思った。あたしみたいな生徒があたしみたいにならないように、絶対に味方でいようと思った。大嫌いな学校で、教室で、あたしを守りたかった。
高3の受験期、固定観念に襲われるようになった。あたしは人を殺してしまう。フォークやはさみ、包丁を見るとそんな気がして、おそろしかった。包丁が入っている戸棚は開けられないように縛った。久しぶりに死にたかった。インターネットに転がっている、話を聞いてくれるチャットのサービスは、ずっとつながらないままだった。やっぱり先生になりたかった。進路希望調査には、東京学芸大学と書いた。
東京学芸大学には入れなかった。地元の大学の教育学部に入学した。生きづらい子どもたちの役に立ちたくて、特別支援教育を学んだ。2年の春、気持ちがだめになって歩けなくなった。3ヶ月引きこもった。外が怖くて、太陽が怖くてカーテンを閉めっぱなしにしていたら、雪がとけて春になっていた。太陽みたいな眩しいひとと付き合った。あたしを女の子にしてくれた。眩しすぎて、あたしまで光ってる気がして、幸せだった。夜だけ会ってくれて、朝になったらいなくなった。太陽はみんなのものだから、あたしのものにならないのは当然だった。寝ぼけた顔で抱きしめられると、脳が麻痺して、全部平気になった。半年たって、捨てられた。大丈夫になったと思ったら、今度は双極性障害と診断された。大好きだった児童養護施設のバイトに行けなくなって、子どもたちとちゃんとお別れできないまま退職した。また3ヶ月引きこもった。気づいたら、採用試験が迫っていた。自分はきっと福祉がやりたいんだと言い聞かせ、勉強をやめた。それどころじゃなかった。10年変わらなかった夢を、鬱で捨てた。
腕を切って、薬を飲まないと、分からなかった。あたしがおかしくなった理由は、ずっと考えないようにした。ツイッターで、「旭川」という言葉をミュートにした。世の中はやっぱり狂っていると思う。汚いものが、間違っているものが、残酷なものが、平気で転がっている。死ねなかった。蓋をした記憶が出てきて苦しくなる。だめになると、インスタであの子のアカウントを探した。4月から始めたバイト先に、躁鬱の女の子が応募してきてくれた。社長はその子を当たり前のように落とした。精神科に通っていることを明かさず採用してもらっているあたしは、元気な女子大生のふりして、不自然ににこにこして働いている。こうやってはじめて、お金が稼げる。いつまで続けられるのかわかんないけど、このやりかたでしか生きられないんだと思った。
明日は教員採用試験がある。試験を受ける友達に応援してるよ!とLINEをしていたら、息が苦しくなってきて、この文章を書いています。先生になるのを期待して、お金をかけてくれたお母さん、お父さん、ごめんなさい。許してくれますか。試験を受けないって言った時のお母さんの顔。気を抜くと、涙が出てくる。あたし、学校が嫌い、あの子が嫌い、あたしが嫌い。心の中にずっとあの子がいて、いつまでも囚われている。あの子より、かわいくないと、幸せじゃないといけない。あの学校のトイレの壁のタイルの色は、ピンク色だったね。