連作の紹介(1)内田穰吉「調べ」8首
作品
解説
映画のワンシーンを見ているように、取り調べのさまが目に浮かぶドラマティックな連作である。全体はおおまかに場面描写→主体の心情→時間経過という構成をとっている。最後の句が「明日の調べは烈しくならむ」で終わっており、連作の出来事が何度も繰り返されたことを暗示する(→分析)。
内田穰吉(1912-2002)は日本の経済学者。戦前は共産主義運動にかかわり、何度も治安維持法違反で検挙されている。
連作のもとになった事件は「日本貿易研究所在勤中の1943年3月15日、輸出ブラシ工業の調査・研究・出版が治安維持法違反にあたるとして同僚とともに検挙された(日本貿易研究所事件)」というものらしい(参照)。
生涯にわたっていくつか歌集を出しているが、ネットで閲覧することができない。ここでは歌を小田切秀雄「内田穣吉「たたかひの獄」のこと」(『文学の窓』1948。初出『人民短歌』1947/11)から引用した。小田切秀雄はマルクス主義の立場をとりつづけた文芸評論家である。
小田切は歌集『たたかひの獄』を非常に高く評価する。なお、歌集の刊行前に小田切の文章が載っているので、事前に献本があったのかもしれない。
「調べ」についての評価は次のとおりである。
分析
小田切が述べている歌の緊迫感は、連作のなかで演出されているようにみえる。[①具体的な場面]からはじめることで臨場感が演出され、[②・④状況説明]は[①・③場面描写]に挟まれて置かれている。
[①~④]で舞台を整えたあと、ようやく[⑤・⑥主体の心情描写]が置かれ、[⑥・⑦時間経過]を経て[⑦・⑧刑事の心情変化]が導かれる。連作が[⑧明日の取り調べの予告]で終わることで、一連の出来事が何度も反復される(された)ことを強く示唆する。
結論として、小田切の評価はもっともだが、この連作のリアリティーはかなり意識的に構成されていると考えられる。
※『たたかひの獄』の歌の一部は国会図書館デジタルコレクションから閲覧することができます(リンク)。