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冬と春(backnumber)歌詞 考察小説 #1

backnumber「冬と春」の歌詞から着想を得た、短編小説を書いてみました。

不意に見上げた木には、もうどこにも花は咲いていない。これだけ寒ければ、咲く気が起きないのも分かる。何にも代えがたい唯一無二の花を、四六時中咲かせていられるほど、保持する力に余りはない。時には休みも必要なんだと、今更ながらに思う。

ただ、この木に一瞬でも、止まる鳥が現れたなら。溶けて消えてしまえども、雪が降りかかったなら。

自分に余力がないことを忘れて、一心に期待を寄せてしまうのだろう。

山手線内の吊り下げ広告に、劇団四季の広告を見つけた。演劇は、人生だ。高校時代、そんな文言をよく耳にした。

一人一人の人生を、あたかもその人物であるかのように演じ切る。ファンタジー、夢を提供する場に、現実はナンセンス。現実をいかにファンタジーへと落とし込むか、その方法をあみだしていくのが演劇だ、と。

高校時代は、そんなクサい台詞を信じ込んでしまうほどには、純度が高かったらしい。その純度が、憎たらしかった。

慣れないことをすれば、いずれどこかしらで蟠りが発生する。それがきっと、今なのだろう。電車が喧騒にまみれたホームを駆け抜けるたび、その蟠りは行き場を失う。

後輩から、自分が所属しているサークルの観劇チケットを押し付けられた私は、平日昼間の有楽町駅で下車した。休憩を取り終えたらしいサラリーマンが、次々とビル群へ吸い込まれていく。時計の針が止まっているかのようだ。

半ば強引に空気から押し出される感覚を覚えながら、私もチケットに記載された小劇場へと足を踏み入れ、受付を済ます。以前、偶然にも彼と隣席になったことを思い出す。

きっかけはほんとに些細で、だからこそ終わりも単純で。一つ一つの出来事を、重く受け止めすぎていたのかもしれないけど、やっぱり耐えられない。涙をすぐ流せばよかったけど、その思いを断ち切って言語化できるほど、まだ時間は経過していない。

端にちらほらと数名座っているだけの客席、会場の扉が閉まる。照明が落とされてブザーが鳴れば、幕が上がる。ファンタジーの始まりだ。

この話は、青春物語だ。主人公の女子大生が同大学の後輩男子と恋に落ちるが、その男子は素行が悪く、周囲に反対される。しかし、努力の甲斐あって二人の愛が次第に周囲へ認められつつある矢先、被災してしまう、というストーリーだ。たしかハッピーエンドだった気がする。

この脚本は、私が思いを寄せていた同級生の男子が2年生の秋頃から書き進めたものだ。何度も意見を乞われて彼の家に訪れ、話し合った。時間を共にする中で次第に距離は縮まったが、告白の文言はお互い口に出さなかった。疎かになった彼の家事は、いつの間にか私の担当になった。

私と彼が所属する学生の演劇サークルは、この小劇場で主に春・秋に公演を行う。今観劇しているものは春の公演で、昨年末から企画が進められてきた。私たちの世代はおおよそ内定も取得済み、あとは卒業論文との臨戦が待ち構えている。

主役の女子大生が桜の木を見つめ、台詞を述べる。

「咲くなら、自分が咲きたいと思ったときに咲きたい。強要されて咲いた花なんて、私は美しくないと思う。」

曇り空の下、高校時代に恋愛相談をされた当時の私は、そんな思いがよぎった。周りが次々と異性との関係を築くたび、殻に閉じこもった。今思えばそれはきっと、誰にも自分を左右されたくないとする、私なりの自己顕示だった。

しかし、大学へ進学してからというもの、無垢なままの自分に嫌気が差した。自我を貫くことの責任感と怖さを悟り、少しでも黒を混ぜようともがいた。何が正解かわからなくなって、そのたびに自分が削られた。

意見を求められた彼に対してこのセリフを吐いたのも、そのコンプレックス、自分の幼さを肯定してもらいたいがための言い訳所以だ。周りにあわせるべきか、どこまでも自分軸で貫き通すのか。彼がこの言葉を肯定して脚本の冒頭に差し込んだとき、ようやく小さな私は安堵したのだろう。

幼さとの葛藤に辟易していたとき、なぜだかあなたが持っていたそれは、とても居心地が良かった。自分を受け止めてくれたと錯覚するほどに、でも獲得感がないスリルも持ち合わせる、禁忌の果実。

脚本や監督方針の優秀さとは裏腹に、かなり癖が悪い話も聞いていた。でも自分が必要とされていること、支えていなければ崩れてしまう危うさに心酔して、いずれ傷つくことを勘付いてもなお、離れることができなかった。

3年生時の春公演で同脚本の第一公演を実施した。内容もキャストも演出も、劇場から人が溢れるほど大好評だった。公演後も、なし崩し的に彼の家へ通うことになり、秋公演前に燻ぶりつづけた思いを告白したけど、新作に集中させてほしいと、保留にされた。

そのあと、今観劇中の春公演準備期間から、彼と一つ下の後輩が付き合っているとする噂が流れ始めた。主演を務める彼女がその人で、可愛いと評判だった女子だ。私はそこですべてを悟った。

めんどくさくても劇に携わる者の端くれなら、最後まで演じきってよ。そんな暗い思いも持ち合わせながら。

彼は3年の年度末飲み会に、似合いもしないジャケットを着て、たらふく酒を注文していた。かなり上機嫌だ。

そりゃあまあ直前になって関係を迫る同級生の私より、なんて。ヤケになりかけていた私は、酔うと口悪いよねあいつ、と小声で毒づく。

すると、聞こえていたらしい彼女は純粋な目で、

「でも私、そこも好きなんです」

と答えた。反射的にいい子だ、と思った。と同時に、自分と同様の顛末がきっと惨い形で訪れる、とも感じた。いや、訪れて欲しいとさえ感じた。

あいにく、その程度の覚悟なら私にだって持ち合わせがあったから。

この無垢な瞳を濁らせるのが彼の所業、たまたま私が選ばれなかっただけ。今、ブームがあなたに回ってきただけ。いずれその純粋さも、彼によって取り払われてしまう。切り裂かれてしまう。

そう思い込むことでしか、自分を保っていられなかったから。

会計札を確認し、一次会で帰宅しようとコートを羽織る。今晩は泣き腫らす。自宅で再度飲み直そう。

店を出て駅へと向かおうとすると、後ろから腕をつかまれる。彼だった。

ごめん、たった一言だった。不意に抱き寄せられる。

「私じゃなくてもいいなら、私もあなたじゃなくていい」

確実に、抱きしめられながら言う台詞じゃない。せめてもの強がり。声と言葉を絞り出した。

私に振り向かなかったあなたへの、一人泣いている私への、せめてもの。

いつのまにか幕が降りて、長い拍手も終わっていた。演劇は終わってしまったらしい。感情移入しすぎて、というよりも、何かに転嫁させることでしか、この寂寞した思いを消化できなかった。パラパラとまばらな観客が会場を後にする中、私は一人舞台を見つめ続けていた。

出がらしは所詮出がらし、一度煎じられたお茶は、抜本的な改革がなければ淘汰されるものらしい。

劇場を出た頃には、雪が降っていた。そういえば今朝、天気予報で降雪情報が流れていた。来場する途中に見上げた木にも、そろそろ積もっているのだろうか。

次第に春が雪を溶かしたら、この気持ちの名前を知ることになるのだろうか。

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