見出し画像

デザインのススメ

第1章の始まり

昨年に続きデザインを学ぶことにした

それは建前だ
デザインを学ぶという大層な建前を掲げて
遊ぶ場をここに決めたというのが本音だ

今年も非真面目に適当にやっていきたい

先に言っておくが
自分のnote記事には学べる情報は何もない
自分のふりかえりメモだから当然ではある

暇つぶしに読んでいただくのは構わないが
正直おすすめはしない

そんな暇があったら
もっとやるべきことがあるんじゃないだろうか
わからんけど

ということで、今日はDay1
メンバーのテーマを興味深く聞くのが今日のメインだ

まず驚く
自分を除くメンバー全員
何かしらのアウトプットがすでにあったのには驚きだ

自分はそういうことは仕事以外では出来ない
人生半分は過ぎているだろうから
流石に自分のことがよくわかってくる

そもそも先は長い
なにせ、デザインを10年で極めよう、と決めたのが
つい昨年のことだ
これが自分の普遍的なテーマだ

最初の手元メモ

それはそうと、山ちゃん(講師)の話を聴く中で
最初に1つだけメモっていたことがあったので書いておく

ビジネスモデルキャンバスの話だ
ビジネスモデルキャンバスには抜けていることが2つある
ソーシャルとプラットフォームだと
これを取り込んだ
新しいビジネスモデルキャンバスを作っていかないとならないと

記憶に残った理由はこうだ

「それな」だ

もう時代遅れなフレームを
今から必死にやろうとしている人・研修など
そんなのを目にするたびに吐いていた一言だ

もちろん、これに限らない
フレームは使い捨て1dayコンタクトレンズと一緒だ
必ず賞味期限がある

「それな」の裏にあるのは
「そこじゃない」だ

フレームが出来た背景だ
背景を知らずして本質には出会えない

逆に本質を知ることでしか
使いこなせない、応用できない、昇華できない

守破離の守は、そういうことだ

智識で生き残る

ただ、こうも思っている
人が持つアクターなる二面性は適当に使おうと

例えば、所属する企業があるとしよう
起業家やフリーランスではなければ当てはまることも多いだろう

自分は所属する企業が、古臭く旧態依然である方が都合が良い
もう少し砕くと、自分のような無能な人には都合が良い
そういう仕組みの中では、無能を有能に見せかけることは
比較的容易であるので、生き残ることが容易である

この状況を戦略的に組み立てていく
根本は古臭く旧態依然のままであるよう維持させつつ
(ターゲットはエグゼクティブ層になる)
自分は新しい取り組みをしているように見せかけ
まず生き残ることができる地盤を築いていく
(新しい取り組みへの能動的行動を適当に散りばめる)
それと並行して、旧態依然の仕組みから見れば
少しだけ先の、大体5年から10年くらい進んでいるように
自分の力を小出しにしていく
(料亭の料理の如く小鉢から少しずつ出していく)

生き残るためのマネジメントをモニタリングしながらやる
そうすれば黙っていても余力ができる
余力は、旧態依然ではない仕組みでも生き残れる準備に使えば良い
テクノロジーやグローバルは当然軸になる
自分のような無能にはこのあたりを真面目にやるのはキツい
キツいから早く手を出し、直線的に正解の教科書を自分で探す

ざっくりいうとそんなのが生き残るデザインの概要だ
必死に、一生懸命に、死ぬ気で、大量の時間を投下する
その場所を間違わないように自分で自分をマネージする

ちなみにこの辺の考え方は
トヨタの本質に出会い、数十年に遡って
その背景を掘り下げていく中で自分なりに終着した感じだ
まだまだ視えてないことだらけなのは容易に推察できるが
トヨタにいる人が知らないトヨタを知る
そこにめちゃくちゃ智への楽しさを感じる

脱線ついでに余談だが
仕事内外含めた毎日行うふりかえりの時に
自分の場合、必ず最後は自分は何をするかで終結する
この辺りは前述したようなことが
無意識で出来るくらい癖になっているからだろう

ある意味面倒だが、そこはやるしかない
自分としては芯ではムダだと思っても
順応し生き残るために費やす時間はムダと考えなくて
良いように最近なってきたところもある
思えば、就活から相当の時間が経過し、
終活が見えてきたからそう感じたのかもしれない
そんな感じだ

長くて100年の人生ゲームだ
秒にしたら、たかだか30億秒くらいだ
想像できるくらいの秒数しかないわけだ

そもそも自分は
誰にも発見されずひっそり生き残ることが理想だ
微生物くらいニッチな存在でありたいと本気で思っている
生き残るために必要なことを学び(進化し)ながらそこに存在する
自分的にはめちゃくちゃ美しい30億秒のデザインだ

世界の中心で愛を叫ぶ、のは人だけではない
マジ、微生物だって世界の中心で愛を叫んでいる気がする
人だけが特異だと思っていると
見えないものは見えないまま、終わる気がする

2つ目の手元メモ

さて、デザイン学校の話に戻っておこう
山ちゃんの話の中に、暗黙知や形式知の話があった
最近はどこでもよく聞くようになった言葉と思いますが
仕事で伝える時は、もっとシンプルに表現している

標準化だ

人は、智の生物であると思っている
知識やノウハウを伝え、進化し、生き残るよう最適化してきた
人の世界には無駄な知識がそこら中で横行している
人はそれを全て適切に選別・記憶・記録する脳を持ち合わせていない
伝える必要があり、伝えるための手段としては形式知が適している
人という生物が得意な領域、目で見て脳に記録して必要な時に使う
インプット、レコード、アウトプットなんて表現すると
人はよくデザインされたシステムを持っているんだなと思う

企業を例にした組織デザインに関する話もあった
企業の話を聞くといつも考えることがある
そもそも企業の形態も生き残るための仕組みに他ならない
集合と組織化は単細胞生物でもできるので特殊ではない
逆に言えば、個で生き残るのは難しいということだろう
なので、個で生き残ることができるならそうすれば良い
羨ましい、おそらく最強だろう
自分は無能ゆえに個で生き残ることができないので
今の人の作り上げた仕組みの中で生き残る選択をし
それに必要な知的活動を死ぬまですると決めたわけだ

逆に、個で生きられる、そんな有能な人がいるなら
めちゃくちゃ興味あるし、ぜひ死ぬまで観察してみたい

しかし、相変わらず仕事のことは何も考えてないんだな
というのは、こうやってnoteを無意識にパチパチ書いててよくわかる
それで生き残れている事実があるのだから、いいのだろうし
自分にとってはこれが最適な生き残りデザインなのかもしれない

孫さんのスシテックの話もあった
この話、AIが登場した今だからの話ではなく
50年以上前から普遍とされている話なので
できている企業とそうでない企業で実際大きな差になっている
ドメスティックな視点を適当に取り入れるか否かだ
現地をよく知る人が関与し、
現地の環境をふまえた部品(材料)を用意し、
現地の状況をリアルタイムに捉えて、
適切なタイミングで素早く投入し、
アジャイルな活動を継続させる
多様性もない、戦略も戦術も通り一辺倒の古い考えでは
絶対に勝てない理由がパラっと数行書いただけでもわかる

テーマ

テーマについて書くのを忘れていた
一言で表現すると

みえないデザイン
生き残るデザイン

とした
前者は、自分以外に焦点を置いた話
後者は、グッと自分に焦点を置いた話
そしてこの2つはどこかで繋がる

説明は流石に面倒だから、何も事前準備してない自分が
メンバーのテーマ発表を聴きながら内職して書いてたメモを
そのまま載せて終わりにする
今日はこのその場しのぎメモで乗り切った
もし前述した内容と矛盾があったらあとで見直せばいいだろう

正直、個人的には、社会を変えたいとかは全然考えてないんです
微生物のようにひっそり生き残りたいと思っているのですが
ひっそり生き残るためにも智(部品)は身につける必要があるので
血肉になるための実験をしながら学んでいきたいと考えています

デザインと無理矢理結びつけるとすれば
午前中に少し話した
みえる、感じるという世界線のデザインではなく
何もみえも、感じもしないけど
生きるために必要で心地よい要素ってのは世の中に無数にあって
それをデザインとして捉えられるようになりたいと考えています

自分は幸いなのか、普通なのか、
息を吸えることについて普段は何も考えてません
酸素や二酸化炭素を感じるのは
スポーツをしたり、山に登ったり、普段とは違う時だけです
普段は何も感じない、そんなものをデザインの構成要素として
丁寧に捉えていったりするのもありだと思っています

逆にバーチャルな世界線にどっぷり入り込むのも良いと思っています
例えば、先ほども話題に出てきたApple Vision Pro
Vision Proだけで世界が変わることはないと思っているが
大それた空間デザインではなく、身近な生活空間をITで捉え直した
空間コンピュータというコンセプトは
みえないをみえるに変えた一例と感じていて、非常に興味深く
ここでどういう人がどういう活動をし、この世界を活発化させるのかを
考えていくのはめちゃくちゃ楽しそうな気がしている

そういう意味ではテクノロジーに振り切って
考えてみるのも良いかもしれないと思って
最近は物理学(高校生くらいの)からもう一度学び直したりしている
(これで良いのかはわからない)

そんな感じ

こんなぼんやりした活動から何がうまれるかはわからないけど
少なくとも、捉えようとするためには必要な知識がたくさんあるはずなので
それを1つずつクリアしていくことになるんだろうなと思っている

万が一、この活動から体系的なものに昇華できるタネが見つかれば
自分のように無能で無知な三流の人が生き残るための
大いに有効な教科書になるかもしれない
(ってテイで、会社から支援を受けている)

昨年はめちゃめちゃ非真面目に適当に時を過ごしまして
10年かけてデザインを極めよう、ってのをテーマにしました
極めるってのは、誰よりも優れているというわけではなく
ひっそり生き残るために必要な学びをやりきろうという覚悟です
1年先に何が必要になるかなんてわからないので、
何をやれば良いかは適宜考えていくというスタイルは
今年も変わらずやっていこうと思っている

そういう意味では
何も目標を定めないで何をどこまでやれるか
ってのがある意味いまいまの目標なのかもしれない

ポップなアルケミスト

忘れていた
冒頭の見出し「第1章の始まり」とは
昨年がプロローグ、今年が第1章ということだ
全部で8章、エピローグを含めて10年かかる計算だ

疲れたからやめる
あとで自分をふりかえるための
初日のメモとしてはもう十分だろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?