けむ
「それで面ぁ割れたってぇのかい」
太平洋上空を飛ぶ旅客機の中、矮小な空間には収まり切らぬ巨躯を半ば溢れさせ乍ら、私の右手に着席して居る大男――三毛が大声を上げました。
我乍ら、余りにも遅れたものだと当時も思いましたが――。
いざ祖母を訪ねんと云う旅の真ッ只中に、漸く同行者に二人静事件の顛末を語るに至ったンで御座います。
「余り叫ばンで下さいよ」
唯だでさえ狭苦しいンですからねと続ける私に、三毛は二三度頷いて、今度は落ち着いて詫びてから、
「すると矢張り之ぁ唯だの小面じゃあ無ぇンでは」
「真逆貴方も殺生石やら面霊気やらと仰るンですか」
・・・
*力尽きたので中略(笑)←は?キモ
・・・
・・・
――なんだ之は。
――この姿形は、まるで。
否、丁度将しく――。
そう思って私は。
その妖しい毳毛に手を伸ばして。
刹那。
「触っちゃあ可けないよッ」
突然の大声に愕いて振り向くと、其処には御顔を真っ紅に上せた婆様が、鬼の形相で立って居りました。
「此奴はね」
――毒蟲さ。
だからその毛毳戯には努々触れるなと、婆様は元のように素く為って御叱りになりました。
はあ。
御存知の方も多いと思いますがねぇ。
婆様の談では。
それは、仔猫毳蟲と云う渾名の生物だそうで御座いました。
体表をすっかり覆い尽くす程豊かに伸びた和毳は、この矮さな怪物の俗称から察する通り、慥かに小畜の体毛に見えなくも無いのですが――。
それ以上に、それは。
私の眼には。
――毛羽毛現
そのものに視えたンで御座います。
それは。
怪しい処か妖しいもンで。
外から下を覗けぬ程繁りに繁った毳毛は、一見して好奇の目を惹くものでしょうが――。
人間様を傷めるだけの猛毒を具えた刺棘に他ならず――。
だから掻き分けて裡を覗き見る事も叶わない。
否。
仮令毛毳戯の中身を暴いて観たとして――。
其処に在るのは。
悍ましく醜悪な毳蟲なのだ。
おお厭だ。
堪らなく厭だ。
――そんなものは。
目に為たくない知りたくない居ては可けない。
――だとしたらそれは。
それは毛羽毛現なんかではなくて――。
恥辱に塗れて。
他人様に知られては可らぬ、穢れた秘密の裡に没して。
傍目に見ても唯だ其処に居るだけで不快で。
好奇心から覗いて見ても、知れば知る程に厭な気持ちになるだけの――。
――嗚呼、
――この私だ。
・・・
ええ。
それからですな。
何と云う事も無く帰国しまして。
それから御焚き上げに御座います。
旧い檜にゃあ霊も宿りましょうからなぁ。
煙ン裡にはね。
色ンな御人が見えましたよ。
気の所為でしょうがねぇ。石燕が創作に倣えば煙煙羅とでも申しましょうか――。
而して彼等にゃあ地獄は不釣合いで御座いましょう。
ですから唯だ――。
安らかに眠り給えと、そう祈り願い乍ら。
ゆらゆら。
ぶすぶす。
立ち昇っては拡がり散っては消えて行く妖煙を眺めて――。
それでもう小面の謎とも謎の小面とも、今生の御離別に為りましたよ。
はい。
侘しいもので御座いますな。
人との別れも。
人ならぬ物との別れも。
それが――仮令どれだけ恐いモノで在ったとしても。
寂しいものでは御座いますが――。
未練さえ断ち切ったンなら。
不思議ともう狐者異もンではないンでさぁ。
――怖かねぇのかい。
その酒の席で。
「まあ君が可しと云うンならそれで善いんだがぁね」
無理だけは止めなぃよと、中野先生は茹蛸のような御顔で、そう仰せになりました。
空ン成ったジョッキの結露を恨めしそうに眺めて、鈍臭い手付きで懐弄ってねぇ。
何だか愛しくって。
こンだけ可愛がって頂いて居るンですから、何処までも憑いて行きたくも為りまさぁな。
本当に好い御仁で。
ええ。
全く以て上司にも恵まれたもので御座います。
「煙だって遠慮なく止めて呉れ給えよ」
無理はせんで頼むよと釘刺し乍ら紙巻咥えて荷物纏め出した中野先生に従って、その席は御開きに為りました。
ええ。
煙草もそうですが。
淫ク☆は尚更、無理は決して致しませんよ先生。
こンな酷い声音ですから。
先ず何も起きないでしょうし。
何かの間違いで何か起こっても、私もまた――。
煙のように。
煙の中の人達のように。
ゆらゆら。
ぶすぶす。
気楽に流れては。
その裡に消えて往きますから。
けむ――了
但し未完成
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