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「別にこのままでいいんじゃね!」・・[横道世之介]を読んで。

[この本との出会い]
つい最近、吉田修一作品「パークライフ」を読んだ。作品から滲み出る著者の時間感覚やゆとりに対する愛みたいなものにグッときて、「この著者の本をもっと読みたい!」と本屋に行き手に取ったのが「横道世之介」だった。

[あらすじ]
主人公「横道世之介」は長崎から大学進学のために上京してきた18歳の青年。彼の上京してからの1年間を描いた小説。
「横道世之介」がどんな人物かというと、まっすぐで優しくて不器用で生活がへたっぴ。斜に構えてない。ひねくれてない。隙だらけ。本能に従って生きてるようで、時に図々しさも見せるが、なんか嫌いになれない。愛されキャラである。
そんな「横道世之介」を軸に、彼と出会った人たちとの様々な出来事が描かれている。

[感想]
正直、ちょうどいまおれは焦りを感じつつあった。20代後半に差し掛かり、周りは結婚だのなんだのと次々と大人の階段を順調に登っていく中、おれは結婚の「け」の字すら考えたこともなければ、何か目標に向かって努力しているわけでもない。ただ、のうのうと生きていた。ほんとにこのまんまでいいのか、そろそろ将来のことを考えなければいけないのでは。
そんなことを考えていた時におれは[横道世之介]に出会った。
読み終わって思ったのは「あ、やっぱこのままでいいかも」である。

この本のおもしろいところは、世之介と出会った人物たちの10~20年後も描かれているところ。ふとした瞬間に彼のことを思い出す登場人物たち。彼のことを思い出すと自然と笑顔になってしまう。
このnoteのあらすじのところでおれから見た世之介の人物像をざっと書いたが、登場人物の一人である加藤は世之介のことをこう振り返る。

“世之介と出会った人生と出会わなかった人生で何かが変わるだろうかと、ふと思う。たぶん何も変わりはない。ただ青春時代に世之介と出会わなかった人がこの世の中には大勢いるのかと思うと、なぜか自分がとても得をしたような気持ちになってくる。”(吉田修一、『横道世之介』文春文庫、2012、P189)

[横道世之介]とは、そんな人物。
そんな世之介の数々のエピソードが作中に盛り込まれているわけだけど、おれが「あ、やっぱこのままでいいかも」と思うきっかけとなるシーンが以下の、さくらと世之介の会話シーンだ。

“「世之介って、このあと何か予定あるの?」{中略}
「予定?ないない、そんなもん」”((吉田修一、『横道世之介』文春文庫、2012、P253)

“「世之介って、もうずっと東京にいるつもりなの?」
「そんなのまだ何にも決めてないよ」
「じゃあ、いつ決めるのよ」
「いつって、そりゃ就職活動する時じゃないの」
「じゃあ、どんな会社に就職しようと思ってるわけ?」
「そんなのまだ決めてないよ」
「じゃあ、いつ決めるのよ」
「だから就職活動する時」”(吉田修一、『横道世之介』文春文庫、2012、P258~259)

こんな具合である。世之介は先のことなんて特に考えていない。
ああ、この手の質問はおれも実生活で何度か受けてきたな。どうなりたいの?何になりたいの?目標は?などと。おれも世之介と同じように「特に」なんて言ってやり過ごしてきた。でも内心焦りを感じつつあった。
「将来の目標を持ち、それに向かって進んでいくことで人生は充実し楽しくなる。だから目標を持て。」と言われたことがある。ほんとにその通りだなとも思う。実際にそれを実行している人は自分の周りにもいる。とても立派だなと思う。だから焦りを感じてた。おれも何か目指すべきものを見つけなければと。
そしておれに「目標を持て」と言ってきた人は、このときの世之介に対してもきっと同じことを言うだろう。

でも、でも!じゃあ、もし世之介が何か将来の夢や目標を持ってそれに向かって人生を歩んでいこうとしていたら、室田さんの写真やカメラに興味を持って何気ない写真を撮ったりしていただろうか。子猫を拾っただろうか。犬のあとを追って公園に入っていくだろうか。頬を撫でる風の春の匂いに、ふと地元と東京のそれが何か違うと感じるだろうか。何かに向かって生きていたら、きっとそういう瞬間を素通りしてしまっていたのではないだろうか。そしてその後、フォトグラファーとして活躍していた人生だっただろうか?

世之介の場合、特に周りを気にして焦ったりすることはなく自分の時間軸で生き続けた結果(?)、将来有名なフォトグラファーとして活躍することになる。
結果オーライで運がよかったと言われればそれまでなんだけど、そんな世之介の学生生活1年間を覗いてみて思ったのは、「なんか別に焦らなくてもいいんじゃね?別にこのままでいいんじゃね!」

おれも、世之介が持つゆとりみたいなものを忘れず大切にして生きたいと思ってる。好きなことや興味を持ったことにふらふらと寄り道したりなんかしちゃったりとかして。そして寄り道した先に何か楽しいことやわくわくすることが見つかるかもしれない。そこで出会った人やものを大切にしていきたい。世之介でいうところの「カメラ」を、自分でいつか見つけられたらすげえよくない?「このまま」もうしばらく寄り道していこうかなって思う。おこがましいけど、何年後かに誰かに「あんなやついたな」と記憶の中で笑顔で登場できたら、なおいいよなあ。

#読書の秋2020 #横道世之介



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