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ストラテラ(アトモキセチン)しんどかったこと

こんにちは。ぽんぽこぽんこです。
夫、中学三年生の娘のぴょんこ、猫2匹と暮らしているアラフィフです。
(2024年2月現在)

2023年8月、生きづらさから精神科を受診。
発達検査をうけたところ高IQが発覚。
医師の診察と合わせてカウンセリングを継続中。

診察のほうでADHDの治療薬ストラテラ(後発医薬品のアトモキセチン錠)を処方してもらったが、しんどくて飲み続けることを断念した。

今回は具体的にどんなことがしんどかったのかと、
服薬を経て得た気づきを記していこうと思う。


頭が全然働かない

頭の後頭部がぱかっとと開いていて、集中していないとそこからどんどんいろんなことが流れ出てしまうような、
逆に頭の中にみっちりと黒い真綿が詰まっていて、一生懸命それをおっぺさないと、今見ているものが何一つ頭の中に入っていかないような。

服用時間による波はあるけれど、この感覚が消えないことはなかった。
服薬1時間後~数時間は思考ができない感覚が強くて、夕方に向けて段々弱くなって寝るころには気にならなくなっている感じ。

なので、集中していると言えば集中している。
今自分は何をしようとしているんだ、と言い聞かせて集中しないと
目を開けたまま何もせず何時間でも過ごせてしまいそうだから。

見たものを判断することはできるので、例えば車の運転はできる。
判断のスピードは服薬前より落ちているけれど、そもそも処理速度値は143とか出ている感じなので、運転に支障はなかった。
あ、今は赤。あ、左手に歩行者。あ、一時停止できる場所があるな。
こういうのは大丈夫。今までより判断が遅いのは、「危ないから無理しない」で対応できた。
だから駐車場所とか右折のタイミングは良く逃してたけど。

困るのは仕事で、私は、Excelで関数を組み込んだシートを管理したり、VBAというプログラムを書く機能を使ってツールを作ったり、PowerQueryというデータを成型する機能を使っているのだけれど、
例えばあるセルに書かれている関数が何をやっているのかわからない。
あの感覚をどう説明すればよいのか本当に難しいのだけれど、
ただただ、わからない。
わからない、以外に適切な説明が出来ない。
今までわかっていたことが、わからなくなった。

これは怖かった。
今までは「ややこしいことやってるな」と思っても、一つ一つ紐解いていけば理解できていたのに、まずその「紐解く」という作業ができなくなった。
絡まっている紐の先を辿っている傍から、さっきほどこうとしていたルートを忘れるような。
そんな感覚。
そして気づくと始業から3時間も立っている。何ひとつ進んでいないのに。
能力が退化しているな、と思った

ずっと薬の事を考えている

寝覚めはすっきり。
朝が始まる漫然とした悲しさを感じながら一日が始まるが、
この悲しさは、日ごろから少し気持ちが下がっているときには感じることだったからまぁいいとする。
だけれど、朝一番に必ず思い出さなければいけないのは
「あ、薬飲まなきゃ」だ。
ストラテラは食事の時間を気にせず飲むことができるので、
朝起きたら真っ先に服用したかった。
先に挙げたような服用後のポンコツ状態を少しでも早く初めて、なるべく早く薄まってほしいから。

そして
「きた。頭がぱかってする感覚始まった」
「あぁ、集中できないな。飲んでから…2時間か。あと1時間くらいで収まるかな」
「あれ?もう〇分も立ったのか。あれ?仕事してたっけ?今って何考えてたんだっけ?」
「コーヒー飲もうかな。カフェイン入れたら少し考えたり覚えたりしやすくなるかな」
「ダメだコーヒー飲んだら苦しくなってきた。飲み切るスピードが速すぎたか」
「すっきり…してきた…かな?してないかな?よくわかんないな…今日って何やるんだっけ?え?もう16時?」

こんな感じで一日が終わる。
終わりは唐突で
「あ、もう起きてるのつら。寝る。寝よ寝よ」
となり、ベッドに潜ってその後の記憶はない。

夜のめば?と思われるかもしれないが、夜飲むと、急にざざざぁっとフォーカスが合うような覚醒する感覚が何回かあり、眠った気になれず、朝、絶望的で悲しい気持ちになってしまう。

何にも楽しくない

そんな感じで、「考えろ考えろ」と動かない頭に鞭を打つように仕事をし、
仕事が終わったら後頭部がぱかっとかっぴらいたような感覚に任せて思考を止め、電池が切れて眠る。

何かを楽しいと思う余裕がない。
なーんにも興味がわかない。
何を見ても目の前をザーッと通り過ぎていくだけで「え?これなぁに?これはどうして?」というふうに気持ちを動かす機能が閉店ガラガラだ。

私が自分自身を「ガチャガチャしていて落ち着かない」と思う要素の一つに好奇心が湧きすぎる、というのがあった。
もちろん好みはあるけれど、「やらせてくれるならやってみます」の精神で生きてきた。
そして遊ぶことが好きだ(運動は苦手だが)。
あんまり体力がないので「活動的です!」とは言えない暮らしぶりだけれど
薬を飲む前の私の頭の中は、あちこちの情報を素早くキャッチして、美味しそう、楽しそう、何でこんなところにこんなことが書いてあるんだろう、ここにこういう出っ張りがあるのはこういう役割のためだな?こういうルールになっているのは原点にこういう問題があったからだな?
そんな風に常に賑やかな情報が波立っていたのだ。

そんな波が一切立たなくなった。
とても悲しくなった。

これからこの先ずっと、何を見ても「それが何か」を理解することに精一杯で、その先に思いを馳せることができないままなのか。

なんてつまらないんだろうと思い、とてつもなく悲しくなって
そうしたらもう、なんでこんなに苦しい体調に悩まされながら、能力が落ちて生きることが楽しくなくなるような薬を飲んでいるんだろう、と、飲むことがばかばかしくなってしまった。

とてもおこがましい、あさましい気持ちで服薬を選択しました

現在、薬を止めて3週間弱経った。
頭ぱか感覚は薬を辞めた直後から消え、Excelno関数やVBAのコードや複雑なPower Query の解読の時の「紐解けない」感覚もなく、
いろいろなものに感じる疑問質問好奇心はすぐに復活した。

良かった。
本当に良かった。

今回の服薬経験は日本昔話によく出てくる
「欲張りばあさんが欲かいて痛い目を見る」
あるいはドラえもんで
「のび太君が邪な目的で未来の道具を使ってトホホな結末を迎える」
というのととても良く似ている。

IQ値を知った時私は欲が出た。
今よりももっと高い能力が発揮できてよいはずなのだ。
今の私がこんな風にくすぶっているのは不当だ、私はこんなものじゃない、と。
そしてその能力を自分で開発する代わりにドーピングを試みた。
結果、能力は落ち不調を抱え不安な日々を過ごすことになった。

今までの私の能力が、精一杯の私の能力だったし、
努力をしていないにしては充分によくできていたし、
そもそもIQ検査で出てくる値なんて各能力の一部を測定しているに過ぎないのに、浮かれて調子に乗って自分を過大評価しただけだ。

ただ、発達障害用の薬を「スマートドラッグ」という呼び名があることは知っていたし、その効果についてはかねがね興味を持っていた。
実際に体験できたことに関してはとても満足している。

トホホな結果になったけれども代償として好奇心が満たされ、
頭の中に次々と増えていく「知らないもの」引出しの一つに、答えを入れることができたので、良い経験をしたとは思っている。

そういえば、服薬中は文章を書くことも全然楽しくなかったな。
薬飲んでても、うっかりが減るどころか、理解してないまま時間に追われて仕事しているせいで、今見返すとケアレスなミスがぽろぽろ見つかるし、
っぼーーーーーーーーっとしてる分、やらかしに気づくのも遅かったし。
うん今の私有能じゃんいろいろ出来てる出来てる、と自分の能力をちょっと認められるようになったからよかったと思おう。


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