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『ぼくとバク。』30 ショートとバク
「ところで、この可愛い小鳥さんは?」
ハクタクは自身の右肩を示して尋ねた。ピヨ助がいつの間にか彼の肩に移動していた。羽根をしまいこんだ黄色のまん丸がハクタクの肩にすっかり腰を据えている。
「ピヨ助っていうの」
「この前は一緒じゃなかったよね」
「うん。前はショート君の方についていて、
私ははぐれちゃったから一緒じゃなかったんだ。帰らなきゃいけない時間を知らせてくれたり、パピヨンが近付くと教えてくれるんだって」
驚くほどにパピヨンの名を口にした心は落ち着いていた。それよりもハクタクが知らないことを教えてあげられることにあつゆは嬉しさを感じていた。時間の流れがとても穏やかに感じる。
「そうか。それは心強い味方だね」
ハクタクは微笑みながらそう返した。彼の穏やかな視線が進む先へと戻っていく。
パピヨンの言葉に対しての特別な反応は見られなかった。ハクタクは肩に乗る小さな頭を人差し指で撫でていて、そのピヨ助は気持ち良さそうに目を細めている。彼の背景からは無色のはずの空気がほんのり赤みを帯びているように感じた。
「ショート君の好きな物とか、あつゆちゃん分かる?」
問い掛けとともにハクタクの瞳が向けられた。思わずあつゆは見つめられた瞳から逃れて視線を宙に泳がした。耳が熱くなる感覚を覚えながら、口を尖らせて考える素振りを見せる。
ハクタクの隣りを歩けることが嬉しくて、ついここに来た目的を忘れかけていた。焦るあつゆの真っ白な頭にはショートの好きなものなど浮かんでくるわけがなく、ピヨ助に視線を送ってみたけれど彼は知らん顔で気持ちよさそうにハクタクの肩に身を任せて知らん顔だ。
「じゃぁ、男の子が興味のありそうな所へ行こうか」
ハクタクは繋いでいた手を離し、二回靴を鳴らしてからスキップした。彼の足底から突然様々な色が飛び出した。それも青や黒や赤が中心。白い世界はたちまち男の子の好きなそうなカラーで染まっていく。
「わっ」
突然現れた巨大な影にあつゆは声を上げた。ひどくゴツゴツした凸凹な岩と思えばよく見ればそれは大きな恐竜模型であった。牙をむき出しにして今にも食べられてしまいそう。あつゆは身震いしてから後ずさりする。ポップなカラーで染められた世界は他にもロボットやスポーツカーが並べられ、レールの上を電車が走っている。色付けされただけではなく、周りは男の子の好きな物で溢れていた。
「あつゆちゃん」
声に振り返ればシルクハットを被ってスワローのスーツを着たハクタクが、両手のヨーヨーを自在に操っている。
「ハクタク、すごい」
あつゆは拍手した。彼の技術に安心しきっているのかピヨ助は肩に乗ったままである。ハクタクは少し照れくさそうにしながらいくつか技を披露した。
「きゃっ」
彼に見惚れていたあつゆが急に声を上げた。目の前に全身黒タイツを纏い、目出し帽を被った男が現れたのだ。さすがにピヨ助も驚いて飛び上がった。全身黒タイツ男の数は一気に増え、あっという間に二人と一匹は囲まれてしまった。あつゆとピヨ助はハクタクの後ろに隠れて肩を震わせる。
「大丈夫。パピヨンではないよ」
一人と一匹の盾になったハクタクは笑っていた。片手でヨーヨーを回して動じない。彼の言う通り、奇声を上げてわめくだけの彼らは鎧のような全身を工具で固めたヒーローにあっという間に倒されてしまった。握手をしたヒーローが消えたかと思うと、鼻の上に大きな角のある怪獣が襲ってきた。またもあつゆとピヨ助が飛び上がって驚くが、ハクタクだけは落ち着いていた。怪獣が目の前まで迫って大ピンチとなったその時、後方から眩しい光線が飛んできた。ビームが直撃した怪獣は真横に倒れる。仰向けに倒れたその向こうに目を向けると、シルバーの体に赤いブーツを履いた別のヒーローが仁王立ちで得意げに立っていた。彼は胸のランプを高らかに鳴らして飛んで行く。先ほどと同じでヒーローが消えると同時に黒タイツの男や怪獣は跡形もなく消えていた。
あつゆにはこれらの展開に見覚えがあった。次に仮面を被った怪人が出てきた時にはもう驚くことはなかった。ちなみにピヨ助は現われる度に飛び上がってハクタクの後ろに隠れつづけている。その後にも次々と不思議な出来事が起こった。
ある時はゲームのキャラクターが出てきて、キャラクターの主となってカードを繰り出してハクタクとあつゆが対戦する。また、魔法使いがやってきてあつゆは赤ずきんちゃんに、ハクタクは狼、ピヨ助には冠とマントが着せられ王様に変身した。そのうちどこからかカカシもやってきて一緒に踊った。妖怪たちのエリアでは足が十本あるふにゃふにゃの生き物だったり、目玉が上半身にいくつもある緑色の生き物だったり、杖を持って老人のような姿をした者もいた。でもどこにもショートの姿はなかった。「ここも違うようだね」
彼の視線は次を催促している。あつゆは記憶の中の情報を出来るだけ絞り出した。