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『ぼくとバク。』44

僕は生まれつき身体が弱く、色も白かった。人並みに日光に当たることも許されず、冬でもつばの長い帽子が必需品だった。クラスの席順は陽の当らないよう、いつも廊下側の席にしてもらっていたし、髪も瞳の色も友達と比べると薄いことが明らかで、夏は特に嫌いだった。みんな日焼けした褐色の肌の中に自分だけが白く浮いていたから。
両親にそんな体質はない。遺伝ではなく僕だけが生まれつき白く生まれた。両親のどちらにも似てなくて、金髪とも取れる白髪に薄い青色の瞳を持つ僕はよその子のようだった。本気で自分が両親の子ではないんじゃないかって考えたこともあった。
日光に気を付けることを除けば日常生活を送ることに支障はないけれど、激しい運動はお医者さんから禁止されていた。体育の授業は常に見学。休み時間は一人で読書。校庭ではしゃぐ友達の声を聞きながらいつも教室で過ごした。
「いつも本を読んでいるよね」
何度そうクラスメートにも先生にも聞かれたことだろう。僕だって出来ることならみんなに交じってサッカーやドッチボールをしたかった。軽い遊びなら参加できたけれど、ほんの少しの運動ですぐに息が上がってしまう僕が足手まといになることは分かっていたから無理をしてまで参加する気にはなれなかった。僕は一緒に遊ぶことが出来ない。そう割り切るようにしていた。せめて女の子であったなら良かったのに。先生には内緒で持ってきたお気入りのファッション雑誌を眺める彼女たちを横目で見ながら、教室の隅でそう思うこともあった。
ある日の帰り道、僕は公園のブランコに座っていた。空には鮮やかなオレンジ色と濃い青とのグラデーションが広がって沈む夕陽が影を伸ばしていた。僕の足元から伸びる影が遊具の影と重なって、その境界をあいまいに溶け込んでいるようだった。僕はこのまま、暗闇と同化していく影に呑みこまれてしまいたいと思った。気付けば足元を映す視界が歪んで、地面には落ちた涙の円が重なって増えていく。
「どうしたの?」
突然声を掛けられた。誰もいないと思って泣いていた僕はとても驚く。涙を拭って顔を上げると正面には人の姿があった。最初は男の人だと思ったが、ひょっとしたら女の人かもしれない。柔らかい顔立ちの人だった。顔のラインに沿った丸みのある髪型がとても似合っている。彼は大きめのニット帽を被り首に紅いスカーフを巻いて、肌寒くなったこの季節には合わないような薄手のシャツにカーディガンを羽織っていた。
筒状のウエストポーチを腰に下げ革靴を履いて、見た目はおしゃれな美容師のようだった。彼は隣のブランコに座りつま先を地面に着けて漕ぎだした。荷物はポーチだけのようである。
「泣きたいときは、おもいっきり泣くといいよ」
笑顔で彼は言った。泣いていたことを笑っているのか、それとも元々の表情がそのような作りなのかは分からない。でもとても目が細いことだけは強く印象に残った。彼はひどくタレ目で、瞳が開いているか分からないほどである。まぶたの線の下、右目の下には小さなホクロがある。
ニット帽からはみ出た前髪は僕よりも薄く、薄暗い中でもシルバーに光って見える。彼の風変わりな雰囲気に僕はすっかり惹きこまれてしまった。出会って間もない彼に、両親にも言えなかった孤独な胸の内を明かしていく。
本当は外で遊びたいこと。でも足手まといになるのが嫌で参加しないでいること。何でいつも僕だけが教室にいなくてはいけないのかと考えること。こんなことなら女の子に生まれたかったと思うこと。体質の違う僕をみんながどう思っているのか常に不安であること。溜めこんでいたことを全て話した。ずっと抱えていた全てをようやく吐き出せたようなとてもスッキリした心地だった。
話しきったあとの僕の心はとても軽く、スッキリとしていた。その全てを聞いてくれた彼には友達や先生より、両親よりもずっと近しい感情を抱くほどに。
 

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