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『ぼくとバク。』32 ハクタク

「わぁっ」
あつゆは思わず声を上げてしまった。自分の体がヒラヒラのレースとピンク色に包まれていたからだ。ヒラヒラで、淡いピンク色で、自分には似合っていないドレス姿にきっとハクタクは変に思うだろう。あつゆは顔を覆ってしゃがみ込んだ。顔面が恥ずかしさで火が出てしまうんじゃないかと思うほどに熱かった。
絵本の中のお姫様みたいな素敵なドレス。女の子らしくて可愛らしい姿。ヒラヒラのレースがたくさん付いていて色も可愛いピンクで。長い髪の毛先はふわふわ揺れて。雫ちゃんだったらお似合いだったのに。私は、私には……
「お姫様、お手をどうぞ」
両腕で頭を隠すようにうずくまるあつゆに優しい声が降ってきた。腕の隙間を開けてそっと覗くと伯爵姿のハクタクが微笑みかけてくれている。
ハクタクは笑うでもバカにする様子でもなく、優しい笑みで私を見てくれていた。
顔を上げて彼の手を取って一緒に歩けたら……
あつゆの不安と葛藤で支配されていた真っ暗な心にほわっとハクタクの微笑みで優しい光が灯される。
「ごめんなさい……」
彼の手を取るべきだと分かっていても、あつゆには今の格好をすぐに受け入れるなんて出来なかった。腕の隙間も隠してより深く自分を隠そうとうずくまる。
「失礼します」
ハクタクの声が聞こえたと思うと、背中に温かみが伝わった。何だろう、とあつゆが頭を覆う腕を離した瞬間、自分の体が浮いた。
「わぁっ!」
ハクタクの顔がとても近くに来ている。
「あつゆちゃん、とっても似合ってる。可愛いよ」
ハクタクはそう微笑んで馬車へと運んでくれた。
伯爵姿のハクタクにドレスを来た自分がお姫様抱っこをされている。それはおとぎ話のような体験だった。
馬車に乗ってから改めて自分の装いを見てみると、フリルのたくさんついた淡いピンクのドレスに毛先がふんわりとしたロングヘアをしてして、自分ではない感覚に違和感を覚えた。なんだかふわふわした気分になる。嬉しいけれども気恥ずかしい、自然と口元がニヤけてしまうようなむず痒い気分。視線を上げれば素敵なスーツを来たハクタクが向かい合わせに座っている。
私は今、憧れていたお姫様の恰好をして、素敵な伯爵様と馬車に乗っている。
美しい白さを纏ったパールの髪色。長いまつ毛。整った顔をさらに美しさで包むような襟の高いジャケットは光沢のある深いビリジアンの生地にゴールドの縁張り。彼が動くたびに光の加減で生地にあしらわれた模様が浮かびあがる。首元のフリルをまとめる紅いブローチがハクタクの透き通った白い肌をより一層綺麗に見せている。
窓の外を見つめるその横顔は本物の王子様のよう。絵本の中から飛び出してきたような、あつゆが想像していた夢の世界の住人そのものだ。
「ハクタクの姿も夢の姿なの?」
ふとした疑問があつゆの口をついた。
その言葉に淡いブルーの瞳が窓の外からこちらへと視線を移す。彼の肩にかかる毛先がサラリと揺れた。彼は首を傾げるようにして悩むような表情を浮かベる。そして薄い唇が口角を上げたと思うとゆっくりと言葉を紡いだ。
「あつゆちゃん、アルビノって知ってる?」
その声は最後が少し震えているように掠れていた。真っ直ぐ見つめる彼の淡いブルーの瞳はあつゆを通り過ぎてずっと後ろを見据えているようだ。
「ううん、知らない」
あつゆはハクタクの質問に素直に答えた。ハクタクの問い掛けが何の意味を持つのかも分からない。
ハクタクはあつゆを通り越していた視線を足元に落として静かに微笑んだ。そのまま窓に向き直り頬杖をついてさきほどまでと同じ横顔に戻した。
「僕はね、アルビノなんだ」
窓の外を見つめたまま彼がそっと呟いた。
そうなんだ、と唇だけが形を作ってあつゆの返事は声にならなかった。秘密をそっと打ち明けられたような胸の奥がキュッと締め付けられる感じ。それ以上は聞けなかった。ただ耳の内で自身の鼓動がうるさいほどに高鳴っていることだけは確かだった。
きっとこれがハクタクの答え。胸のざわめきは揺れる感覚にかき消されることなく馬車が動きを止めるまでずっと続いていた。

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