恋人とのホテル暮らし
恋人とホテル暮らしを始めたのは2022年の春のことだ。
もともと彼が先に、ホテルのサブスクを使ったアドレスホッパー(という名の住所不定)をしていて、そこにわたしも巻き込まれる形になった。
ホテル暮らしを続けたい変人、いや間違えた恋人と、結婚を見据えてそろそろ同棲したいわたし。その折衷案が「ホテル同棲」だったわけである。ちなみに恋人の好きなキャラクターは自由な旅人、スナフキンだ。
ホテル暮らしで問題になるのが荷物だが、幸い、ふたりとも実家が近所なので不要な荷物は置かせてもらえた。必要最低限なものだけスーツケースに詰めれば、すぐに引っ越せる。
それに同棲のスタートとしては、逆にホテル暮らしは良い案かもしれないと思った。万が一、関係がうまくいかずに同棲を解消することになっても、敷金や礼金、家具などにお金をかけていないので金銭的ダメージが少ない。
というわけで、ふたりで軽い気持ちで始めたホテル暮らし。
これが非常に楽しかった。
毎月、街を変えながら、いろいろなホテルに住む。刺激があるし、何より最高だったのは1か月かけて、ふたりでその街の居酒屋をどんどん開拓していくことだ。
気に入ったお店には何度も入り浸ったので、常連さんやお店の人にも覚えてもらえた。もともと近場でばかり飲むタイプなので、その街に住まなければ難しかったと思う。
いろいろ住んだ中でも、大好きな街になったのが門前仲町だ。おいしい居酒屋がたくさんあるし、サブスクで住んだリッチモンドホテルもサービスがすばらしく、延長して2か月ほど住んだ。常連さんに「門前仲町 清澄白河 森下の会」というLINEのオープンチャットを教えてもらい、今でもそのチャットを見ながら街の情報をチェックしているくらい好きだ。
だが、そんな楽しいホテル暮らしも、同年の冬、1年たたずに終わりを告げる。
コロナ禍が落ち着き、観光客が戻ってきたことで部屋の料金が爆上がりしたのだ。予約も取りにくくなり、これを機にわたしたちもそろそろ定住するか、となった。(ちなみに当時わたしたちが使っていたサブスクは今はなくなったらしい)
次に住む家はわりとすぐに決まったのだが、入居可能な日がホテルの契約が切れてから半月後だった。すなわち12月の寒空の下、30過ぎた大の大人ふたりが、半月のあいだ“家なき子”となったわけである。
家なき子生活は、実家に泊まったり、恋人の実家に泊まったり、友達の家に泊まったりして何とかやり過ごした。スーツケース1つとはいえさすがに毎日の荷物の移動が大変で、クリスマス前にようやく入居できたときにはホッとしたことを覚えている。
スナフキンのような身軽な生活も、今となっては良い思い出である。
……などと浸っていたら、変人、いや間違えた恋人が、最近しきりに「ハイエース手に入れてバンライフしたいな〜」とのたまう。スナフキン生活に戻る日も、そう遠くないかもしれない。