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【短編小説】眠れない!
夜は強制的に眠りにつき、夜明けと同時に目を覚ます。これだけでも難儀な体質ではあるが、もう一つの特徴がある。
「…………」
まだほんのりと薄暗い部屋の中で、アカツキはしばらくぼーっとしていた。昨日の仕事が難儀だった。神経を極限までにすり減らし、体力も魔力も底をつきた。日没云々関係なしに泥のように眠ったところで、時期が悪い。今は夏。日が長く夜が短い。へろへろになった体が回復するのにはもう少し時間が必要である。
布団にもぐり、目を閉じる。
「…………」
しばらく、もぞもぞと動く。が、
「ダメだ」
結局、体を起こす羽目になる。
夜は強制的に眠りにつき、夜明けと同時に目を覚ます。
それすなわち、日が出ている時間は基本的に眠ることができない。
眠れない!
意識の底に眠気がこびりついているのは分かるのに、目を閉じたところでそいつがでしゃばる気配がない。アカツキは仕方なく食料保管庫に手を伸ばし、回復薬を手に取った。最近こいつの依存性が問題になっているらしいが、依存せざるを得ない環境にいるのが問題なのであって、薬に罪はないと思う。一口飲むだけできれいさっぱり疲労回復とはいかず、これが効くのには少々時間がかかる。だが、それを差し引いても疲れが取れず、逆に眠気が強くなってきた。これはおかしい、何かがおかしいと瓶を確認する。
リニューアル☆睡眠成分配合
思わず瓶を割りたくなった。何がリニューアルだと暴言が出そうになるのをこらえる。アカツキは瓶を持って、そっと扉を開く。隣の部屋ではまだ姉が眠っている。ドアノブに「出かけてきます」の札を下げて(これがアカツキとシノの間のルールになっている)から、玄関から外に出た。夜明けの風は心地よいが体にたまった疲れがそうは言ってられない不快感を残す。いつもなら体内の魔力が浄化の作用をもたらして最高の目覚めを得るのだが、昨日のアカツキは魔力をほぼほぼ使い切っていた。つまり自分の体を癒すだけの力が残っていなかったということになる。
ふと、アカツキはアングイスのことを思い出した。彼女は医者をやっている。彼女なら、この難儀な体質でも眠れるように何か施してくれるかもしれない。精霊族を診ることができるかどうかは別として、まぁ悪い話ではないだろう。アカツキは早速彼女のところへ向かうことにした。道中で眠気が消えたらそれはそれでよしとしよう。
アパートから地区までは少し遠く、途中でギルドの傍を通る。中で働いている連中たちには気づかれないようにして足早に通り過ぎると、地区まではあと少しだ。地区周辺のアパートは安いが治安に難があるので、姉は地区より遠い、しかし職場には近いところの物件を借りたようだった。
あくびを数度噛み殺し、眠る野良猫の背が数度上下するのを見てから、記憶をたどってアングイスのアパートへと向かう。彼女もまだ眠っているだろうか、と思った矢先だ。
「オマエほんと嫌い!」
馬鹿デカい声が窓ガラスをぶち抜いて響き渡る。どうやらアングイスは起きているらしい。アカツキはのんびりと彼女の部屋に向かう。筒抜けの会話(といっても患者の声は聞こえてこなかった)によると、アングイスは何らかの薬を処方しているようだった。少し迷って、アカツキはノックを数度してから扉を開けた。
「どわっ!」
悲鳴を上げる。反射的に簡易的な結界(ソリトスでは障壁魔術と言うらしい)を展開したので事なきを得たが、少し術が不安定だ。銃弾に魔力の流れを阻害する類の薬が塗られているようだった。
「コバルト! 来客に発砲するな!」
ツッコミどころ満載のツッコミを叫ぶ声は聞こえるが、アングイスは出てこない。代わりに自分よりも随分と小さな背丈の男が、こちらに銃口を向けている。
「何だ、強盗じゃないのか」
「強盗がドアをノックするかよ」
「家主の油断を誘う典型的な手口だろうが」
男は鼻を鳴らした。「勘違いして撃ってごめんなさい」の一言はついに聞けなかった。
「あれー? アカツキじゃん。どしたのこんなところで」
奥の部屋から顔をのぞかせたラスターが、へらへら笑いながら声をかけてくる。
「ラスター? お前こそ何してんだよこんなとこで」
「俺? 俺はアングイスからお薬もらってたの。最近また眠れないからさぁ」
ラスターはそう言って、小さな袋を見せてきた。睡眠薬の類らしい。
「それってよく効くのか?」
「まぁ割と。で、あんたは違うだろ? 夜になるときれいに眠れるんだから」
「いや、実は――」
「おっと。それは本職に話した方がいいぜ。……アングイス、次の患者だ」
ラスターはそう言って部屋を出てきて、すれ違いざまにアカツキの肩を叩いた。その際に、ラスターはコバルトを回収していった(助かった、とアカツキは思った)。
「俺の友人殺すなよー」
「お前さんの交友関係なんざ知らん」
「それで情報屋ってマジ?」
……などという会話が勝手に耳に入っていた。
「それで、オマエはどうしたんだ?」
すぐ傍までやってきていたアングイスが、頭をぼりぼりと掻きむしりながら尋ねてくる。アカツキは数度瞬きをした。
「こんな時間から診察してるのか」
「あいつらは人の都合というものを考えないからな。すぐに睡眠薬をねだってくるからタチが悪い」
「さっきの二人も不眠なのか?」
「ああ。あの二人はひどいぞ。オマエと違って眠れないからな」
「……その睡眠薬って、俺にも効くのか?」
アングイスはアカツキの顔をまじまじと見た。ご丁寧に頭の先から爪の先まで、アングイスの顔が数度往復する。
「オマエ、夜の間は強制的に眠るって話じゃなかったか?」
「逆に昼の間は眠れないんだよ」
「疲れか」アングイスの視線がアカツキの手の方に向いた。「そいつを飲まないとやってられないくらいに」
アカツキはここで初めて、自分が薬の空き瓶を持って来ていたことに気がついた。
「気休めだけどな。リニューアルで下手に睡眠成分なんか追加されたから余計逆効果だ」
「本当にその通りだ」
アングイスは歯をカチカチ言わせた。
「魔力の回復を促進する薬を処方してやろう。精霊族にもそれなりの効果はあるはずだ」
そういうと、アングイスはすたすたと部屋に向かっていった。アカツキがそのあとを追うと、彼女はアカツキにマグカップを差し出してきた。アカツキの知らない草花の匂いの中、ニッキの匂いだけが存在を際立たせているような気がする。
「これが薬か?」
「これはワタシの趣味のハーブティーだ。飲んで待ってればいい」
アカツキは素直に受け取った。ハーブティーの味はあまり好みではなかったが、なんとなく意識が冴えてくる気がする。ほどなくして粉薬特有の嫌な臭いがわずかに届いた。
手近な椅子に座る。少しきしんだが問題ない。
「…………」
改めて、アングイスの部屋を観察する。随分と雑多な部屋だ。彼女が向き合っている机には乱雑に本が詰め込まれていて、背表紙を見る限り医学書だ。ページから突き出た付箋はカラフルで、棚には小瓶がこちゃこちゃと詰め込まれている。それでもここは診療所ではない。診療所はもっと別のところにあると聞いている。少しガタガタするテーブルには余計なものは載っていない。本当に「寝に来ている」印象だ。なんせ、壁の時計が止まっている。
「よし、できたぞ」
そんな観察をしていると、アングイスが声を上げた。
「食後にこれを飲め。まずは一回だ。おそらく一発で効果が出ると思うが、それでも怪しければまた来てくれ」
「朝に?」
「ああ。ワタシは毎日朝の七時には起きているが、今日みたいにアイツらが来ていれば今の時間からでも起きてる」
「キツくないか?」
「慣れた」
アカツキは少しずっこけそうになった。椅子も少々がたついているらしい。アングイスは机の上を軽く片付けると、そのままキッチンの方に歩いていく。
「そんなことより、朝飯を食べていかないか? ワタシとしても薬の効能を確認できるから助かるんだが」
返事を聞くことなく、既にベーコンエッグを二人分焼き始めて、食パンのトーストも開始しようとしている。答えは決まっているようなものだ。アカツキは答えた。
「食べる」
アングイスは笑った。白い歯が窓の朝日を受けて輝いた。
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