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【短編小説】ヒョウガと遺跡調査

 賢者の剣の隠し場所として有力とされた六つの遺跡は、今は観光名所と化している。
 あの・・賢者の剣が見つかる「かも」? という謳い文句で一気に売り出し、各地から集まるトレジャーハンターやその類いの人々から金を巻き上げるのだ。そのいい例が入場料だ。
「一人銀貨五十枚……」
 ヒョウガは眉間に皺を寄せながら、入場受付の老人に銀貨を百枚渡した。老人はわざわざヒョウガの顔を見て鼻を鳴らす。
「保険も兼ねてるんだよ。万が一ケガしたときの保険」
 そして、二人に遺跡の地図を手渡した。
「分かるか坊主?」
 子供扱いにむっとしたヒョウガの背を、コガラシマルがそっと押す。
 どこの遺跡も出涸らしだ。墓や宝を守るために作られた魔導人形ゴーレム黒い犬ヘルハウンドも退治された。地下に広がる巨大な迷宮だってそこには限りがある。無限ではないのだ。
 受付のすぐ傍ではツアーの団体客がガイドから注意事項の説明を受けていたし、その手前の広場では所狭しと屋台が並んでいた(賢者の剣まんじゅうだよ! と叫んでいた男の頭には角があったので、おそらく同郷だ)。最早ただの観光名所である。
「魔力の気配とかはあるか?」
「扉の紋様を見る限り、魔力を遮断する機能がついている。探知は意味を成さぬであろう」
 まぁそういうもんだよな、とヒョウガは納得した。魔道具を隠すのにその魔力がダダ漏れであれば隠す意味がない。
「そもそも……」
 ヒョウガは辺りを見回した。薄暗い迷宮の中には順路表示があり、往路と復路の区別をするために道の真ん中にはロープが張られている。所々に光源があるので暗闇を行く緊張感などまるでなく、そもそもここに潜っている連中の大半は観光客だ。
 とはいえ過去に数度、未発見の扉の向こうから魔物がなだれ込んで怪我人が出たこともあったようだ。なんせこの遺跡を作った――というより、遺跡を改造したのがカルロス・ヴィダル張本人なのだから。
 ソリトスにある六つの遺跡。そこにカルロス・ヴィダルは賢者の魔道具を一つずつ隠した。自分の子供たちにアトラクションのつもりで作ったという迷宮に、活躍の機会は来なかった。なんぜ、あまりにもクオリティが高すぎたのだ。本物のゴーレムやヘルハウンドと戦えるお茶目な機能は子供にとっては脅威に他ならない。これについてカルロスの妻が本気ビンタで説教を垂れたから、魔道具はそれぞれ子供たちに手渡しされた。
 賢者の剣を除いては。
 だから「カルロスが魔改造した遺跡に賢者の剣があるのでは」という憶測が囁かれ、更にそこから飛び火して「もしかしたら魔改造されていない遺跡にもあるのでは」という推測まで生じる始末。パニックになった人々を冷静にさせたのが、他でもないノア・ヴィダル――賢者の剣を手にするはずだった、カルロス・ヴィダルの長男――が言い放った「賢者の剣は存在しない」という一言だった。
「折角五十枚も払ったんだから、見れるところは全部見ておきたいよな」
「全くだ」
 遺跡――というより、完全に迷宮という方が正しい。地下の更に奥深くへと伸びている階段を下りながらヒョウガは地図を確認する。カルロスの記述によるとこの迷宮は地下十階まであるらしいが、地図では地下六階までしか記述がない。まだ見つかっていない階層フロアがあるということだ。ヒョウガが地図を確認しているすぐそばで、コガラシマルが遺跡の壁に触れる。そこに描かれていた絵の線に、魔力が通って僅かに青く光る。
「…………」
 そして、足を止めた。
「コガラシマル?」
「ヒョウガ殿。この模様、似ていないか?」
「へ? 何に?」
 ヒョウガもコガラシマルが示した壁画に顔を近づける。コガラシマルの魔力がよく通っていることしか分からない。渦巻きと直線で構成されたそれは言われてみればと人の顔にも見えるが。
 しかしコガラシマルの言葉は、ヒョウガを壁画に近づけさせるための嘘だったようだ。その理由は単純明快。
「……この奥に空間がある」
 ヒョウガ以外の他人に、この声が聞こえないようにするためである。
 コガラシマルが囁いた言葉にヒョウガは声を上げそうになったが、ギリギリなんとか堪える。通りかかった観光客が「きれいだねー」という雑談をしながら通り過ぎていく。
「でも、どこから?」
 顔を寄せながらヒソヒソと会話をする様子は他人からすれば異様な光景でもある。
「少し待たれよ。……」
 コガラシマルが地図を見ながら、魔力を動かす。現在値は壁に張り紙があるのですぐに分かった。
「地図に反映されて、ない?」
 コガラシマルは小さく頷いた。
 ヒョウガは地図のすみっこに書かれた注意書きに目をやった。
 ――未発見の扉や空間、その他何か不自然な箇所に気がついたお客様は、速やかに遺跡管理職員までご報告をお願いいたします。
 まぁそれもそうだ。未発見の扉を開け放った結果、中にいた魔物やゴーレムが暴れ出すという事故が何度かあった。だから(例え、扉の中に賢者の剣があったとしても)ヒョウガは素直に職員を探した。その時だった。
 階段の上から悲鳴が聞こえる。重たい何かがズズズ、と動く音も聞こえる。
「ヒョウガ殿」
 徐々にパニックが伝搬する気配を感じるヒョウガの耳元で、コガラシマルは慎重に囁いた。
「どうやら、魔力を注ぐと動き出す種類の扉だったようだ」
「…………」
 ヒョウガは歯を食いしばった。緊張によるものではない。「お前、なにやってんだよ!」という正直な悲鳴を堪えるのに必要な動作だった。
「行こう、コガラシマル」
「しかし順路を逆走するわけには」
 開けちゃいけない扉を開いておいてその言い草はなんだと言いたくなったが、ヒョウガは無言で順路を区切っているロープをくぐった。コガラシマルは「ふむ」と言って、ロープの上をひょいと飛び越えた。
 あとは簡単だ。
 反響する悲鳴の先に向かうだけのこと。


 避難誘導する職員の指示に従わず、ヒョウガとコガラシマルは敵を見据える。コガラシマルの魔力で開け放たれた扉の向こうに居たのはどうやらゴーレムだったようだ。様々な大きさの岩石を適当にくみ上げただけの造りを見ると、最も単純な構成を持つ一体と見て良いだろう。
 実際、動力源となるコアが胸元で輝いているのもそうだが、顔の部分に「カルロスゴーレム・試作品」と記載がある。
「ヒョウガ殿、客人たちの避難は――」
「職員がやってる。それより、核はどうだ? 壊せそうか?」
「不可能ではないが、刀の手入れを考えると極力控えたい」
「りょーかい。だったら整え次第オレが討つ。その間ゴーレムの足止めよろしく」
「御意」
 冬風が飛んだ。
 ゴーレムは急に距離を詰めてきた生命体を敵と認識したらしい。頭に取り付けられた鉱石が赤く光り、図体に似合わない速度で殴りかかる。が、一般的に「速い」と表現される速度でもコガラシマルの前では蝶に同じ。拳が遺跡の床にめり込んだ頃には、コガラシマルは既にゴーレムの頭上に居た。
 両腕を上げる。手のひらに組み込まれた発射装置は魔力を放つ。穴の奥で濃縮されるそれにコガラシマルの口元が緩む。
 冬の魔力が部屋に満ちる。
 ゴーレムは基本的に視力を有しない。生物の位置を把握する際に使うのは目ではなく魔力の探査装置だ。高位ゴーレムとなれば熱源発生装置やらなんやらでもっと高精度な位置把握ができるが、あのような簡易的な構造をしている個体はその辺りが相当お粗末だ。だからこそこの芸当ができる。ゴーレムはコガラシマルの存在しか把握していない。つまり同じ魔力を持つ別の者が近づいていても気づく余地がない。
 ゴーレムが魔弾を放ち、コガラシマルがそれを片っ端から切り伏せる。その死角でヒョウガが構え、魔力を凝縮させ――跳ぶ。
 明らかに膨れた魔力の存在に気づいたゴーレムが頭を下方に向けるのと、ヒョウガがゴーレムのコアを砕くのはほぼ同時。コガラシマルの納刀の音を聞いたヒョウガは、己の攻撃が上手く通ったことを確信した。
 ゴーレムの身体を構築していた岩石がぐらぐらと崩れ、ただの石塊となる。後方で「お客様!?」という声がしてきた辺りで、ヒョウガは自分のしでかしたことが正しいことなのか分からなくなった。
「ゴーレムを止めてくださったんですか!?」
「あ、え、はい」
 上空待機を続けているコガラシマルに「さっさと降りてこい」という視線を投げながら、ヒョウガは職員に返事をする。
「ありがとうございます! 助かりました!」
 ニコニコ顔の職員にお礼を言われ、ヒョウガはほっと息をついた。コガラシマルも大丈夫だと判断したらしい。ヒョウガの傍に降り立った。
 が、
「既にゴーレムによる怪我人が酷くて、緊急救助隊を呼びつけた所だったんです。被害が広がらなくてよかったー」
 嬉しそうな職員は、ヒョウガがすさまじい勢いでコガラシマルの方を向いたことに気がつかなかった。
「これから遺跡はどうなるのでしょうか」
 その一方でコガラシマルは、まるで「それがしは、なんにも、関係ありませぬ」と言わんばかりの様子で質問をぶん投げる。
「ひとまず調査のために一部区域を閉鎖ですかねぇ。とはいえ、見た感じ個室なのでなんとも言えませんが……」
 職員はにこやかに答える。
「それにしても、いったいどうして急に扉が開いたのでしょうか。今まで調査隊の人々が壁のあちこちに魔力を通しても何もなかったのに」
「もしかすると、壁に通す魔力の量や時間も考える必要があるのではないか?」
 コガラシマルもにこやかに答える。
「かの大賢者殿ならそのくらいの機構を作るのも容易であろう」
 ヒョウガは、少しだけ頭痛を覚えた。


 外は思っていた以上にパニックになっていたのでヒョウガは今度こそ倒れそうになった。もの凄く涼しい顔をしているコガラシマルのふくらはぎ辺りをコッソリ蹴ってやったが、本人はそれでも涼しい顔だ。おそらく、ゴーレムとの戦闘を楽しんだ余韻がまだ残っているからだろう。
「しばらく立入禁止エリアになるなら、他の所に行くか」
「それがよかろう。落ち着いた頃にまた戻ればよい」
「お前なぁ……」
 はぁ、とヒョウガはため息をついた。コガラシマルは機嫌のいい足取りで宿の方へと向かう。早くしないと置いていくぞと言わんばかりの様子だが、実際に置き去りにされたことはない。
 道の向こうから、歳の近そうな少女が駆けてくる。宿へと続く道へ逸れようとしたヒョウガは、彼女がポケットから何かを落としたのを見た。
「……?」
 ハンカチだった。随分と小綺麗ではあるが皺がついている。刺繍にはMelissa.V……持ち主の名前だろう。
 ヒョウガはぱっと顔を上げる。少女の姿はまだ近い。
「コガラシマル! 先に行っててくれ!」
 返事も待たず、ヒョウガは地面を凍らせる。滑らかな氷に覆われた道の上を滑るには靴裏を凍らせる必要がある(普段は滑らない方が何かと便利で安全だからだ)。が、こうすれば早い。冬の風が頬を殴ってきても、常にコガラシマルと行動を共にしているヒョウガにとってはぬるいものだ。
 下り坂に差し掛かる手前。駆ける少女の隣に追いついたヒョウガはある程度の距離を取りつつも彼女を追い越し、通せんぼうをするようにしてその前に躍り出る。
「わっ!?」
 少女も流石に止まった。
「……落とした」
「え? あ、これ! あたしのハンカチ! ありがとう!」
「別に。気づいただけだし」
 こういうときにコガラシマルが居てくれればもう少し印象のいい言い回しを教えてくれるのだが、どうにもならない。ヒョウガはぷいとそっぽを向いて、宿の方へと歩き始めた。
 向こうから、同郷らしき女剣士が歩いてくる。鹿の角か何かを頭に生やした女は、ヒョウガに気づくと目を丸くしたが、ヒョウガはそれに気づかない。女剣士は少し足を止めて、宿の道へと向かうヒョウガを見つめていたが、連れの誰かに名を呼ばれたのだろう。少しの間を置いてからゆっくりと本来の行き先の方へと歩みを進めた。

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ぽんかん(仮)
気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)