【短編小説】絶対に誰も傷つかない小説
「冒頭の交通事故のシーン、交通事故の当事者にとってつらい経験を思い起こさせるのでやめましょう」
「ヒロインが死ぬなんて以ての外でしょうよ」
「学校のシーン……学校に行きたいのに行くことができないという描写は実際の不登校の子供たちが傷つきます」
「雑踏にサラリーマンを置くのも、マズいですね。就職氷河期で就職できなかった人がつらい思いをするので」
「主人公に学校をサボらせないでください、子供たちに悪い影響が出ます」
「いじめの描写がひどすぎます。やめてください」
「そもそも男性主人公に対して、女性のヒロインというのも性的マイノリティーの人々への配慮が足りません」
「というか、男性主人公という時点で男尊女卑が……」
「あ、主人公をトランスジェンダーにしませんか?」
「主人公が遅刻しそうだからという理由で挨拶を無視するのはどうかと……」
「学校に行きたがらない主人公が学校に行くというのは、今学校に行けない子供たちを追い込むことになるのではないでしょうか?」
「この作品で主人公がトランスジェンダーなのはどういった意図があるんですか? 無理に作った設定ですよね?」
「なんでこの時間帯の駅前にサラリーマンがいないのですか? 世の人々は一生懸命に働いているというのに、この小説の中では存在すら否定されてしまうなんて」
「どうして主人公は遅刻しそうなのに丁寧なあいさつを返しているんですか? 担任の先生にいらない心配をかけさせて、仕事を増やすなんて。教師のみなさんに失礼な描写ですね」
「それにしても、この主人公はやたら幸せな学校生活を送っているんですね。実際はそうもいかない人たちが多いのに」
「ともかく……最近のエンターテイメントは、読み手の心を深く傷つけるものばかりなので、そういったお話は御法度です」
絶対に誰も傷つかないおはなし
序章
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本当にこれでよいのだろうか、と作家は思った。しかし、売れ行きは上々らしい。余白の多い物語は読み手の想像力を存分に刺激する。感動しました、というファンレターが掃いて捨てるほど届いた。担当編集者は大喜びだったが、それも長くは続かなかった。
「先生、大変です」
彼が持ってきた一通の手紙は、この小説に対する苦情のようだ。
「私もうっかりしていました。すべての人が傷つかないための小説に、ひとつだけ、たったひとつだけ欠けていたものがありました」
「それはなんだね?」
作家は心底どうでもいいといった口調で、編集者が望む問いを投げた。
「失読症の人たちのことを忘れていました……」
編集者は泣きながらその場に崩れ落ちた。作家は手紙を手に取ったが、冒頭の「私には失読症の兄がいます」で読むのをやめた。そして大声で笑い出した。
もう二度と、こんなバカげた作品を書かずに済むのだという喜びが、彼の全身を支配していたのだ。
気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)