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【短編小説】氷の教卓 #3

 こちらの続きです。


 昇降口から現れた、今回の騒動の元凶――ヒョウガは、まるで自分を出迎えるかの如く集っている人々に目を丸くする。その集団の中にノアとラスターもいたものだから更に驚いていた。
「な、何? みんな集まって、どうかしたのか?」
「どうしたもこうしたも、あんたが魔力を暴走させて校舎を氷漬けにしたからみんな逃げてきてるんだよ」
「暴走!?」ラスターの説明にヒョウガは飛び上がった。
「オレ、暴走なんてしてない。ノアから魔力の操作を教わってからは基本的に暴走したことないぞ、今だってそう……だと思う多分、きっと」
 ラスターがノアの方を見るのが分かった。ヒョウガは変わらずぺらぺらと喋り続けている。
「そ、そりゃ、生徒会長に努力不足だとかなんだとかって言われたときはすげー傷ついたし、ちょっと魔力もざわついたかもしれないけど、でも、暴走はしてない、してないはず。そうだよな、ノア? オレの魔力なんかまずかった?」
 ノアは、あえて声を張った。
「大丈夫。何も問題なかった」
 ヒョウガは「だよなー」と安心した様子だった。教師陣はヒョウガに向けて小さく頭を下げている一方、生徒たちはざわついている。誰もが皆――一部を除いて――、「精霊族と契約した未熟な魔術師が、魔力を暴走させた結果の事故」だと思っていたからだ。
「じゃあ、何で校舎を氷漬けにしたんだ?」
 当然、この疑問が出てくる。ヒョウガはあっさりと答えた。
「それは、その……。魔術師は自分の魔力を最大限に活用できないといけないって、フォルが……」
 その答えに周囲がざわつく。一方で馬鹿でかい声を張り上げる者がいた。
「だからあんたは……っ! 程度ってものがあるでしょう!」
 凄まじい勢いで怒鳴るフォルに対し、ヒョウガは体をびくりと震わせる。が、意外なことに彼は言い返した。
「なぁ。オレが努力しなかったからって、お前になんの不利益があるんだ?」
 フォルの目がぎらりと光る。コガラシマルが警戒を示す。ヒョウガの声は若干震えていたものの、それでも言葉を続けた。
「なんでオレが頑張れないことを、全く関係のないお前にどうこう言われなきゃならないんだ? そんなの、結局、ただの八つ当たりじゃないか」
「あんたのその言葉自体が八つ当たり。自分が頑張れないのを環境のせいにしてるだけ」
「……本質をはき違えるな、小娘。全ての人間が貴様の前で努力を重ねるとでも?」
 いよいよコガラシマルから殺気が立ち上ったのを、ノアとラスターはもちろん、教師陣も勘づいていたようだ。
「ドニモナーナ、お話があります」
 フォルの聴取ついでに彼女をコガラシマルから引き離すファインプレーを見せた教師に、ノアは安堵した。安堵しながらの身体拘束魔術は過去最高の質を見せていた。
「ノア殿!」
「怒るなよ、フォルの手首切り落とそうとした時点であんたは身体拘束魔術の刑」
 ラスターはそう言って、コガラシマルの頬を指先でつんつんした。その際に「異国の魔術ごっこー」と呟いていたのをノアは聞き逃さなかった。ラスターが最近読んでいる小説に、そういうシーンがあったのを覚えている。
「コガラシマル、オレは大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「驚いた程度でそんなに手足が震えるわけなかろう」
「ほんとに、大丈夫。お、落ちこぼれって怒鳴られたの、久しぶりで」
「ヒョウガくんはちょっと休もうか。休憩室に行こう。ラスターはコガラシマルのこと見張ってて」
 オッケー、と調子のいい返事がくる。そこに紛れて「つつくな、ラスター殿! つつくな!」という悲鳴も混ざっていたが。



 規模の大きな魔術学校には休憩室が設置されている。医療行為を受けることができる医務室は別途あり、この休憩室は魔力を消費しすぎた生徒が魔力回復のための休息をとる他、図書室が満席のときの勉強部屋としても役に立つ。
「災難だったね」
 室内に設置されているセルフドリンクサービスで、ノアは少し迷ってハーブティーを選んだ。
「う、うん。でも、オレは平気。学校氷漬けにしちゃったから、そっちの方が心配……」
「建物にダメージはほとんどなさそうだし、大丈夫だと思うよ」
 淹れたてのハーブティーを受け取ったヒョウガは、ちみちみとそれを飲んだ。
 フォルが事情聴取を受けている間、生徒たちは自由だ。学校を氷漬けにした奴がどんな顔をしているのか見に来た野次馬たちが見える。と、同時にラスターがコガラシマルを担いでこっちにやってきた。
「どうしたの?」
「いや、なんか……精霊族が珍しいみたいで逃げてきた」
 ヒョウガが「コガラシマル、女の人に言い寄られるの嫌いだから……」と補足を投げる。それなら納得だ。また変に暴れられても困る。
「でもここに逃げたところであんまり意味はないんじゃない?」
「コガラシマルストッパーを近くに置いておきたいんだよ。分かる?」
 うん、とノアは頷いた。なんならヒョウガも頷いていた。
 休憩室の窓から廊下が見える。野次馬たちがヒョウガとコガラシマルを一目見て何やら言っている。集団の一部がわちゃわちゃしたと思うと、一人が意を決してドアを開けた。先陣を切った男子生徒の後ろに、その友人らしき面々がぞろぞろと続く。
「お前、すっげえな!」
 男子生徒がそう言って、ヒョウガの肩を叩いた。
「へ?」
「あの生徒会長をぎゃふんと言わせるなんて、いやー見ててスッキリした!」
 彼の友人たちもうんうんと頷いている。一人はマイペースにココアを作っていたが。
「あ、俺はセージ。セージ・ジュナム。よろしくな」
 セージはそう言って、ヒョウガの意思を無視して勝手に握手をしてきた。
「流れが変わったな」
 ラスターはそう言って、「魔力回復促進クッキー」を勝手に開けて食べた。一方でコガラシマルはノアの身体拘束魔術の影響で体を動かせないままだ。
「あの女は嫌われていたということか?」
「おいおい、少しは言葉を選べよ」
「嫌われてましたよ」
 二人は同時に声の方を見た。おとなしそうな女子生徒だ。
「生徒会長は自分の言う努力をしない人を攻撃するタイプの人ですから」
 長い黒髪をみつあみにした女子生徒は、「ペトラと申します」と軽い自己紹介をした。ラスターとコガラシマルもつられて同じような自己紹介をする。
「私の友人もそれで、耐えきれなくなって転校していきました」
「そなたは平気だったのか?」
「私は精霊文化を学びたくて来ていますので、魔術師がどうこうとかには興味がないんです。それで、その……」
「なるほどね。せっかく本物の精霊族ちゃんがいるからお話を聞こうと」
 ペトラは顔を赤くして、手元の本で顔を隠した。
「か、風の部族の古代文字がよく分からなくて」
「古代文字? 他部族を排斥するために部族長が適当言って作り上げたあのややこしい線の羅列のことか?」
「あ、はい。そうです。文献を読み解くのに必要な知識ですから……」
 ペトラはそこまで言うと、唇を尖らせてひゅう、ひゅう、と音を出した。へたくそな口笛にしか聞こえなかったが、コガラシマルは背筋を伸ばした。
「驚いた。我々の言語を話せる人間は初めて見た」
「え? 言語? 今のが?」
「風の部族の皆様は、風で会話をするんです。今のは一応、こんにちは……って」
 ペトラは再度、ひゅう、ひゅう、と音を奏でる。ラスターはコガラシマルの方を見た。
「元気ですか、と言っている」
「音程と風の強弱の加減で会話するのか……」
 とはいえ、その差は誤差と言って差し支えない程度のものだ。
「あ、よかった。通じるんですね。ほとんど独学だったので」
「それもそうだ、風の言語は他部族を排斥する目的で作られたもの。外部の者に教えるわけがない……が、解読が進んでいるというのもまた、なんというか……」
「うん? じゃあ何でコガラシマルは俺たちの言葉をしゃべれるんだ?」
「外部の者と喋るのに不便であろう。あと、話す聞くは比較的得意というのもある。書くのはまだ不得手だ」
「で、では……やっぱり風の言語は教えていただけないと」
 あからさまにしょんぼりするペトラに対し、コガラシマルは少し悩んだ様子だった。
「某個人としては構わぬのだが……。同胞からあれこれ言われる可能性のことを考えると、風の言語をそなたに教えるのは難しい。が、精霊共通文字なら」
 ペトラの顔が輝いた。ラスターは席を立ち、ノアのところに向かった。先生が身体拘束魔術でがんじがらめというのはあんまりな話だからだ。
「にぎわってるねぇ」
「あ、ラスター。コガラシマルはおちついた?」
「ああ。身体拘束魔術を解除してやってくれ。精霊共通文字を学びたいお嬢さんの先生をやるんだってさ」
「分かった、いいよ」
 ノアが何かしたのかラスターには分からなかったが、コガラシマルの気配からして術が解除されたのが分かった。ヒョウガの方を見ると、男子生徒たちとなにやら楽しそうに話をしている。
「大人気じゃん」
「うん。あれだけ潤沢な魔力を持っていて、しかも精霊と契約している……魔術師のタマゴから見ればものすごい憧れだよ」
 ノアはそう言ってハーブティーを飲んだ。ラスターは苦笑した。
「あんたは?」
「俺はあえて……ね?」
 あえて、のところに変なアクセントが置かれたので、ラスターはいろいろと察した。それもそうだ。魔術学校のど真ん中で「ヴィダル」の名を出した瞬間、どうなるかは本人もよくわかっているし、ラスターにも想像がつく。
「それで、なんだか丸く収まった気がするけど……」
 ヒョウガは男子生徒たちから魔術について教わっているようだ。逆にヒョウガが精霊族について男子生徒たちに教える場面もあった。
「うん。俺たちの出番はもうないかも」
 その時だった。
 ヒョウガの周りから「えー!」という声が上がる。そして、生徒たちが一斉にノアの方を見た。
「お前ヴィダル知らないの? カルロス・ヴィダル!」
 ノアとラスターは顔を見合わせた。
「覚悟はできたか?」
 ラスターの問いに、ノアは諦めの混ざった笑顔を返した。
「できたよ」
 次の瞬間、生徒たちがノアめがけて一斉に駆け出してきた。ヒョウガが「なにがなんだか」という顔をしていたのが、ラスターには面白かった。
「何を話してたんだ?」
 生徒にもみくちゃにされているノアを無視して、ラスターはヒョウガに話しかける。ヒョウガの表情はいつも通りに見えるが、どこか晴れ晴れとしていた。
「魔術について、いろいろ。精霊族との契約とか、そういう話題」
「楽しめたようで何よりだ」
 ラスターは勝手にココアを作って、それを飲んだ。
「そういえば、ラスターたちは何でここに? オレが校舎凍らせたから?」
「まさか」ラスターは肩をすくめた。「別の依頼で来たら突然校舎が凍ったんだ」
 ヒョウガは何とも言えない顔をして、そしてそわそわと落ち着かなくなった。
「その依頼って何?」
「魔道書の封印依頼。普通は人か何かが魔力をこねくり回さないと発動しないんだけど、たまに勝手に発動しそうになってるやつがあるんだよ。最初ここに来たとき、てっきり氷の魔道書だと思ってたんだが違ったんだなーって思った」
「えっと? どういうこと?」
「ああ。魔道書に現れた異常ってのが、よりによって術をまき散らす類のやつでさ、うっかり誰かが触ったら――」
 ラスターの言葉は続かなかった。
 何か大きなものが強烈な勢いでぶつかる音がして、焦げ臭い風が熱を帯びてこちらにやってくる。
「……ああなるってこと?」
 恐る恐る疑問を投げてくるヒョウガに、ラスターは素直に答えた。
「はい」




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ぽんかん(仮)
気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)