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【短編小説】星の居場所【星屑ドライブ】

※毎週ショートショートnoteの自分ルールに「410字程度厳守」があるのですが、このお話は410字で収めるには勿体ないので文字数を気にせず書きました。
※文字数からしてショートショートと言い張るには微妙なところですが、お題をお借りしているのでタグはつけておきます
※問題等ありましたらご一報ください。

   星の居場所

「人は死んだら星になるんですね」
「うん、そうだよ」
 運転手の峰岸はそう言って、煙草をくわえた。彼は三途の川を渡り終えた私を待ち構えていた男で、このオンボロ中古車で私を送り届けるのが役目らしい。峰岸が言うには、私のような死者は珍しいそうだ。死んだあとはなんとなく極楽か地獄に行くと思っていた人々は、お星さまになるなんて思っていないパターンがとても多いという。
 私はというと、あっけなく納得した。犬のペロが死んだとき、母が慰めに「ペロはお星様になったのよ」と言って、目立つ輝きを見せる適当な星を指差したのを覚えていたから。
「どの辺りがいい?」
 峰岸はそう言って、カーナビを操作していた。
「ペロの近くがいい」
 峰岸はちょっと怯んだようだった。
「ペロ?」
「ペットの犬。かわいいの」
「へぇ、どんな犬?」
「おっきくてモフモフしてる」
「そりゃあ最高だな」
 峰岸はカーナビを操作した。連れていってくれるようだった。ボロ車は悲鳴のような音を立てながら、星空を進んでいく。だとすればこの星屑の道をゆくのは死体を轢いてるようなものではないだろうか。思わず眉間にしわを寄せた私を、峰岸はバックミラー越しに見たらしい。
「これは死体じゃないよ。悪い人にはそういう嘘をついて脅かすことはあるけど、この星はただの道だよ」
 そう言ってゲラゲラ笑った。カーナビがポーン! と高い声を上げた。
「長旅になりそうだけど、いい?」
 星屑の道を延々と進んでいく車の中で、私は頷いた。
 峰岸とは断続的な会話をした。学校のことや家族のことを話した。生きている間一番うれしかったことに「先生に作文を誉められたこと」と言ったら峰岸は内容を聞きたがった。私は遠足の話をした。
 峰岸は一通り私の話を聞いていた。峰岸は聞き上手だった。私からいろいろなことを聞きたがって、いろいろなことを知りたがった。一通り話し終えた私に、峰岸はこんな質問を投げてきた。
「君はどうして死んじゃったの?」
 なぜ死んだのかという問いをいきなりぶつけてくるとは失礼な人だな、と思ったけれどここにいる人たちはみんな死んでいるのだ。私は「病気」と答えた。
「お父さんが、冷房つけちゃダメだって言ったから冷房を付けなかったの。暑くてふらふらになって、気が付いたらここに来てた」
「どうして? お母さんはなにも言わなかったの?」
「お母さんは、外に男を作ったってお父さんが言ってた」
 私はその言葉の意味はよく分からなかったが、お父さんを捨てたんだなというニュアンスだけは分かった。峰岸は難しい顔をしたが、すぐに話題を変えた。
「ペロは見える?」
 私は身を乗り出して窓の外を見た。無限に連なる星々がこちらに何か合図を送ってきている。
「いない」
 私は座席にきちんと座った。座ってから落胆した。
 静かな車内でにぎやかなのは車のエンジン音だけだった。私は沈黙に耐えられなくなって、峰岸に質問をした。
「あなたも死んだの?」
 峰岸はおどけた顔をした。
「そうだよ」
「どうして?」
「君にはちょっと刺激が強いかな」
 私はちょっと不服だったが、その言葉に嘘はないのだという勘が働いていた。子供には難しい内容なのかもしれない。生前、母の持っていた少女漫画を読もうとしたときにも同じことを言われた覚えがある。
 私は話題を少しだけ変えた。
「あなたは星にならないの?」
「場所がないんだ」
「場所?」
 私は外に目をやった。無数の星空を抱いていてもまだ空間に余裕がある。場所がないということはないだろう。
「君たちのような死者を空に送り届ける中で、自分の居場所を探してる」
「ペロの近くは?」
「ペロの?」
「うん。人懐っこいから、きっとおじさんのことも好きになってくれると思う」
「そりゃ悪くないなぁ」
 峰岸はそう言った。悪くないというのは本心だろうけど、ペロの近くに落ち着こうという気はないのだなと思った。
「ぽーん!」
 カーナビがいきなり鳴いたので、私は飛び上がってしまった。峰岸がちょっと笑ったのが見えた。
「あと一キロで、ペロです」
 雑な案内だが私の心に期待が満ちる。
「ペロ、見えるか?」
 車の速度を少しだけ上昇させた峰岸の問いに、私は頷いた。強く静かな輝きを放つ星が、私の目にまっすぐ届く。私にはすぐに分かった。あの星がペロなのだと。
「わぁっ! ペロ! ペローっ!」
 私の声に呼応して、ペロの星が輝く。車はお世辞にもスムーズとは言えない止まり方をして、ぼん、という変な音を立てた。星屑の道に降り立った私は、ペロの星めがけて飛んだ。
「峰岸さんも――」と言いかけた私だが、峰岸は車中で手を軽く上げる簡単な挨拶をして、そのままUターンをしてもと来た道を戻って行ってしまった。私の傍にはペロが輝いて、ペロの傍には私が輝いている。私は峰岸のボロ車が星屑の道を降りていく様子をぼんやりと見つめていたが、彼の車が通りがかったとき、星々が輝くのをしかと見た。それはまるで「おいでよ」と彼を誘っているかのように見えた。居場所というものは案外身近なところにあるのかもしれない。私は何年振りかにペロのぬくもりを感じながら、徐々に遠のいていく車の影と星々の輝きを見つめていた。


 毎週ショートショートnote
 裏お題「星屑ドライブ」

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)