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【短編小説】心配性な兄と姉
近隣の洞窟に住み着いたゴブリン退治。
村の警備任務。
薬草の採取依頼。
「ねぇ、ノアは大丈夫なの?」
シノはラスターから報告書を受け取りながら尋ねた。ラスターは肩をすくめた。
「生きてはいるよ」
「その言い方は大丈夫じゃない方の答えよ」
ラスターはおどけた様子で肩をすくめた。
「ちょっと、まぁ、調べ物をしているんだ」
「何の? 何の調べ物?」
ラスターは視線を逸らしてあからさまに誤魔化す仕草を見せた。シノは目を細めて、ギルドの受付から伸び上がる。ラスターの外套を掴んで彼の身体を無理矢理こちらに引き寄せると、耳元で囁いた。
「――賢者の剣」
ギルドの雑音が、シノの声を隠す。ラスター以外にその声を聞いた者は居ないだろう。
「……どこで聞いた?」
「ノアが周りを見なくなるのなんて、それ以外考えられないわ。あたしの知る限りでは」
「何故知ってる?」
「忘れたの? あたしがアカツキ探しをあんたたちに依頼したときの」
「そういえばそんなことあったな」
夢と熱の加護を受け、幻を司る精霊であるシノ。彼女は夢の世界を経由して死者を呼び出すことができる。夢の中であれば故人と再会することが可能であると知ったノアは、自分の父――カルロス・ヴィダルと会わせてほしいと頼んだのだ。快諾したシノだったが、肝心のカルロスの魂を呼び出すことができなかったのだ。死者の世界にいなかったと告げたとき、ノアは焦燥を見せた。シノにもう一度挑戦すると言って聞かず、大声を張り上げ……コバルトがあの場にいなかったらシノは強硬手段に出ていたかもしれない。
「普段のあの、穏やかな感じからは全然想像がつかなくて、ちょっと怖かったのよね。だから覚えてる」
「……まぁ、うん。ちょっと話せるか?」
シノは時計を見た。
「定時に上がる。あと二時間待って」
手記。未発表の原稿の束。価値のない走り書き。ヴィダル定理の証明に書かれた「どうでもいい」記述。
世に出た書籍や情報については既にトレジャーハンターの類いが動いている。賢者の剣捜索についてノアが圧倒的優位な場所にいる理由は、父が生前に残した記述を洗いざらい調べ上げることができるからというのが大きい。
子供たちの名前の由来。母へのプレゼントについて。そして、賢者の魔道具のアイディアメモ。
ヴィダル家の次女、メリッサ・ヴィダルが賢者の剣を探す旅に出た以上、ノアも動かないというわけにはいかなかった。今まで目を背けていた父の手記を片っ端から読みあさり、賢者の剣についての情報がないかを探す。しかし、父がそう簡単に情報を残すわけもなく、結局得られるものはない。暗号についてはここ数日引きこもってようやっと一つ解読した。賢者の剣の在処についての暗号の答え。しかし難解な暗号を解いたあとに現れた文字列が「ソリトスのどこか」だったのでノアは本当に脱力した。父に対して若干の殺意すら覚えたが、そんな自分にも嫌悪感が湧いた。
扉がかちゃりと音を立てる。調査に集中したいのでドアに鍵をかけておいて正解だった。飯についてはラスターが扉の前にパンやスープを置いてくれるので困らないし、風呂や排泄については流石に部屋から出る。
が、ノアは忘れていた。
「生きてる?」
ラスターの前では、一般的な鍵なんてマトモに役割を果たすことができないということを。
「……鍵をかけているってことは、意味分かるよね?」
「おいおい、そんなピリピリしなくていいだろ」
少し見ない間に、ノアの部屋は酷いことになっていた。床には走り書きが散乱しており、本もあちこちに積まれている。ベッドも本置き場になっており、ラスターは慎重に床を踏んだ。
「別に踏んでいいよ、汚れて困るものは床に置いてないから」
「そうか」
ラスターは床に落ちていた羽ペンを拾い上げながら言った。ノアはなんとも言えない沈黙を繰り出した。
「聞いていた話よりも重症じゃない」
いつの間にか部屋に入っていたシノが、部屋の片隅で浮いている。魔力を使って空中に滞在しているようだ。
「……俺は元気だよ」
ラスターから羽ペンをひったくるようにして奪うと、ノアはそれを雑に引き出しにぶち込んだ。
「妹さんが心配?」
「喋ったの?」
ノアはラスターの方を見た。
「今はあたしが話をしてるのよ」
シノがノアの目の前に降り立つ。
「ラスターから話は聞いたわ。妹さんが賢者の剣探しの旅に出たって」
「…………」
「心配なのよね?」
ノアは黙り込んだままだ。一方でラスターは床に散らばった紙の隙間から色々な道具を見つける遊びをしていた。羽ペンが二本。インク瓶がひとつ。そしてノアの手帳が一冊。
シノは長いため息をついて、
「分かる。あたしもそうだったし」
と言い切った。
ラスターがもの凄い勢いでシノの方を見た。ノアも驚いているようだったが、シノは二人にお構いなしでぺらぺらと言葉を紡ぐ。
「アカツキねー。あいつ最初は島に戻るとか馬鹿げたこと言ってたし。ほんとヒヤヒヤしたわ。今でもちゃっかり戻ってるんじゃないかって心配で心配で、こっそり尾行したこともあるけど」
「尾行したの!?」
「ええ。でも尾行したところで安心感なんて得られないのよね。今日はシロだった。じゃあ明日は? 明後日は? いつか海にコッソリ向かって、精霊族の連中とソリトスを出る話をまとめているかもしれない……ってね」
相談相手を間違えたかもしれない。ラスターは床に散らばる紙切れを集めながらそう思った。どちらも長子。弟妹を心配するのは自然の流れである。
「まぁ、だからあたしはノアの気持ちが分かるのよ。でもね、あたしたちが『きょうだい』を心配するのと同じようにして、身近な人はあたしたちのことを心配しているってこと、ちゃんと気づかないとダメよね」
「……でも、俺が賢者の剣をきちんと受け取ってさえいれば」
「きっとどこかにあるわよ。もしかしたら家の倉庫とかにあるんじゃない?」
それは流石にないだろ、とラスターは心の中でツッコミを入れた。
「ともかく、あたしの話はこれで終わり」
シノは手をひらひらと振って、部屋の外に出た。
「熱心な調べ物もいいけれど、ほどほどにしなさいよね」
「…………」
言いたいことを言うだけ言って、シノはあっさり去ってしまった。
「ラスター」
「うん?」
「色々心配かけてごめん」
「俺はある程度慣れてるからいいよ」
「…………」
ノアは自分の部屋を見回した。思った以上に散らかっている。ラスターが少しだけ紙切れをまとめてくれたからちょっと片付いているエリアができているが、それ以外は酷いものである。
「あんた、あれだけスッキリした顔で妹さん見送ってたのに」
「だんだん心配が勝っちゃって」
「平気だろ、賢者の手袋とこまっちゃんがいるなら」
「手紙書こうかな」
ノアは引き出しからレターセットを引っ張り出そうとしたが、ラスターがそれを阻止する。獲物を丸呑みする蛇のような動きで腕を掴まれたノアに、ラスターは口元を僅かに歪めて笑みを見せる。
「妹ちゃんが戻ってきたときにあんたが過労でぶっ倒れてたら、俺は妹ちゃんに何て説明すりゃいいんだ?」
「……まずご飯を食べようか」
「大正解。いいミートパイを買ってきたんだ。シノのお墨付きだぞー」
ラスターがノアの手を引く。ノアは少し肩をすくめて、それから小さく息をついた。不安がそこで淀んでいるのが見えた。
「……ぶえっくしょん!」
もう何度目か分からないくしゃみを繰り出したアカツキは、部屋で一人「あー!」と叫んだ。
「誰だよ、おれの噂してるやつ! どーせねーちゃんなんだろうけど!」
そして引き続き作業を始める。自分の魔力を込めた札はアカツキにとっては必要不可欠な武器の一つ。こういうのは普段の準備が物を言う。暇なときにちまちまと作っておけば、有事の際に役に立つからだ。紙には自分の魔力を込め、それが勝手に消えないように留めておく為の術式を特殊な墨で記述する。こうすることで詠唱どころか術式を練り上げる必要すらないお手軽な携帯魔術の完成。
だが、問題がひとつ。
「ぶえーっくしょん!」
それは、術式を記載する際には手元が狂わないようにする必要があるということ。誰かのウワサのせいでくしゃみを連発している状況では、線を一つ引くことすら難しい。
「なんなんだよもう!」
アカツキは文句を言った。そして勢いよく立ち上がり、道具類の後始末をする。片付けをせずに寝てしまうと翌朝を姉の説教で迎える羽目になるからだ。
全て終わらせてから、アカツキはその場に寝転がった。
――どーせ日没が近いんだ。強制的に眠る羽目になるんだ。どーせ。
ふて寝である。
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