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【短編小説】きみの可能性を信じてる 最終話
「で、なんであんたまでついてきたの?」
「こんな面白そうなこと、最後まで見届けない選択肢はないだろう!」
ラスターの背中にしっかりしがみついていたアングイスはニヤニヤしながら答えた。ナナシノ魔物退治屋の拠点前、先ほどラスターとメリッサが模擬演習をした場所である。
「賢者の手袋で俺が死ぬってことないよね?」
「いざとなったらワタシが治してやる」
ラスターの胃は一気に重くなった。アングイスの治療はバカみたいに痛いのだ。曰く「痛くない治療だとまた怪我をしてくる、怪我をしてきても治療を受ければ大丈夫だと思われる。だからあえて痛くしている」……勘弁してほしい話である。別に好きで怪我をしているわけではないというのにこの仕打ちなのだ。
花壇の花が静かに揺れる。ラスターは模造剣を数度振った。
「そっちが賢者の魔道具込みで来るんだったら、俺も容赦しないからな」
「わかった」
緊張した面持ちのメリッサがを手に取り、構える。ラスターの目が少しだけ見開かれた。構えが違う。素人同然のものから随分と様変わりした。これも賢者の手袋の効果なのだろうか。
「はじめ!」
模擬演習開始の合図が出される。メリッサがつっこんでくるが、ラスターの勘が働く。
――金属がぶつかる音がした。
素直に打ち込みを受けに行ったラスターを見て、ノアは少し驚いた。普段のラスターは相手のペースで距離を詰められることを嫌う。ここで動かなかったということは何かしらの理由があるはずだ。
「コマチさん、どう思いますか」
「恐ろしくなるくらいに変わりました。すべてが高水準です。だって、メリッサとの旅では私が彼女の用心棒でしたから」
「……妹がご迷惑をおかけしたようで」
「いえ、そんなことはありませんわ」
攻撃の速度も質も上昇しているが、速さに関してはラスターが一番得意とするところだ。メリッサの動きを読み、先手を打つ。いつか体勢が崩れた隙をつけばいい。幸い、メリッサは自分の成長を過信している節があった。動きが大振りになる。ラスターが踏み込む。相手が得物を振りかぶる前に――首を狙えばいい!
「そこまで!」
ノアの声が飛んだ。もしかしたら飛んでいなかったかもしれない。突如降ってわいてきた障壁魔術に、メリッサもラスターも思いっきり腕をぶつける羽目になっていたからだ。
「あたし、どうだった?」
息を切らせたメリッサが、高揚した様子で問いかける。が、コマチは何も言わない。もしも障壁魔術が展開されていなかったら、ラスターがメリッサの頸動脈をえぐる方が早かったからだ。アングイスは勝敗の言及を避けたがっている様子で、なんとも重苦しい雰囲気が漂っていた。
ラスターは模造剣を地面に置き、わずかにしびれる右腕を何度か振って、ノアの判断を待った。
「……月に二回、母さんに手紙を出すこと。無茶はしないこと」
「え、それって」
「ダメだと言っても行くんだろう? 賢者の魔道具が覚醒した今、ラスターと渡り合った。しかもまだまだ未知数の力を秘めている。メリッサがそれを知った今、仮に俺が止めたとしてもこっそりコマチさんと旅に出そうだから。それなら、無事が確認できる状況で旅に出てもらった方がマシだ」
諦めたかのような態度のわりにどこか嬉しそうなノアにラスターはちょっと呆れたが、にこにこ顔のアングイスが「よかったな!」とメリッサを祝福したのでなんだかどうでもよくなった。
「やったーっ!」
ぴょんぴょんと飛び回るメリッサを見ているとこれでよかった、とも思う。だが現実は頸動脈を突かれて死にそうになっているので素直に喜んでいいのかは微妙なところだ。ノアのほうを見ると、やはりだんだん心配が勝ってきたのが顔に出ている。
「無茶だけはしないでくれよ。命がいくらあっても足りなくなる」
「私の刀で、メリッサをお守りしますから」
すかさずコマチがフォローに入る。そして、メリッサがコマチのフォローに回る。
「こまっちゃん、強いんだよ! 刀でばっさばっさと悪い奴をやっつけちゃうの!」
「安心してください。私の目的に付き合っていただこうとか、そんなことは一切考えていません」
「目的?」
「仇討です」
角の飾りが金属特有の美しい音を奏でた。ラスターは深く頷きながら、少し遠くに目をやった。
「なるほど。だからわざわざこんなところにまで来たってわけか。……どこにいるのか見当はついてるのか?」
「いえ。ですが、見ればすぐに分かります」
にこりと笑うコマチに、ラスターはあえてそれ以上何も聞かなかった。代わりにノアのほうを見た。ノアはアングイスに服の裾を引っ張られているが、それを気にする様子もない。彼は今、妹に対して旅の心得をレクチャー中であった。
「きちんと休息をとること。情報収集をすること。嘘かどうかの判別をすること。さっきみたいに油断していたら手痛い一撃……ってこともあるんだから。それから……」
メリッサは頭をかいている。わかってるよ、という顔だ。アングイスと目が合ったラスターは思わず笑ってしまった。
「なぁ、こまっちゃん。ちょっと手伝ってくれ。あのままだとノアは一生あそこでお説教続けちゃうから」
「まぁ。それは少し困りますね……」
二人がかりの説得。ノアはおとなしく家に戻り、メリッサも続いたが、結局家の中でも「ヴィダルの名前は名乗らない方がいいかも」「賢者の手袋もあまり見せびらかしたらダメだよ」「困ったときにはギルドに依頼を投げてもいいと思う」などと続いたのであった。
「けっこー過保護なんだな」
勝手にカラメルリンゴパイを食べていたアングイスがそんなことを言った。
「知らなかったのか? ノアお兄ちゃんは過保護だぞ。俺もこの前ばっちいお手々を洗ってもらったし」
ラスターは憐みの表情でメリッサを見た。「たすけて」と顔に書かれているがラスターにはどうにもできない。それに、ノアの言っていることはすべてが正しい。旅に出る――それも、女二人となれば危険性は跳ね上がるからだ。
翌日早朝。
「それじゃあ、いってきまーす!」
昨日のげんなりした様子はどこへやら。美しい朝焼けの中、メリッサとコマチは旅立っていった。
「賢者の剣、どこにあるんだろうな」
「それは誰にも分からないよ」
ラスターとノアは、旅立つ二人の後ろ姿を延々と眺めていた。アングイスはまだ寝ている。昨日夜遅くまで、メリッサたちのために簡易的な回復薬を大量に作ってくれたのだ。治癒の魔術とは違って即効性はないものの、魔力を扱う必要がないというメリットがある。
メリッサが時折振り向いて、ノアたちに手を振る。ラスターはノアの手をつかんで高く上げて、無理やり手を振らせてやる必要があった。
「何照れてんだよ、お兄ちゃん」
「……いや、だってこんなオーバーなことしたことないし」
「ことあるごとに頭を撫でるくせに手を振るのは恥ずかしいのか」
メリッサが声を張り上げた。「てがみーっ、おくるからねー!」結構な距離があるのにしっかりと聞こえる。賢者の手袋が光ったのを見ると、魔力で音を伝わりやすくしたらしい。
「待ってる」
残念ながら、こちら側にそういった手段はない。フォンに頼む手法はあるが、それでは意味をなさない。ノアは「待ってる」と言った。メリッサには伝わったようで、ぴょんぴょんと跳ねながら喜びを表現している。そして、再び前を向いて歩き始めた。
温かな始まりの日差しが、二人の旅立ちを祝福する。
きみの可能性を信じてる 完
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