【短編小説】本当なんだって!
コンビニバイトの給料日直後の日、昼に食べるマックが一郎の一番の楽しみだ。ボリューミーなパティにかぶりつき、セットのマックシェイクの甘味で脳を溶かす。ポテトは言わずもがな、手へ永遠の労働を強いる。
この日は少し遅い時間の昼飯となった。一郎の隣にはイマドキの女子高生二人が座っていて、スマートフォンを見ながらアイドルの話をしていた。彼女たちのテーブルにはマックフロートとポテトが置かれている。一郎は極力女子高生二人の方を見ないようにした。
「そういえば、どうしてユミコはケンイチのことフッたの?」
いくら一郎が隣と関わらないようにしたところで、会話はどうしても聞こえてきてしまう。ユミコと呼ばれた女子高生が「えー?」と困ったような声を上げる。が、話題を切り出した女子高生がそこにすかさず追撃を食らわした。
「だってケンイチって学年で一番人気のイケメンだよ? 勉強だって常にトップテンには食い込んでるし、スポーツだってサッカー部のエース。非の打ち所なんてないと思うけど」
一郎は先ほどの「極力女子高生二人の方を見ないように」するという決意を簡単に崩した。ユミコは口を尖らせた。唇がつやつやしているのは、化粧品ではなくマックポテトが理由だろう。
「だって、好きな人がいるんだもん」
「えっ、誰々!? 教えてよ!」
「……マキ、すぐに他の人に喋るじゃん」
「そんなことないもん! ユミコの秘密をペラペラ喋るほど、あたし薄情じゃないよ!」
マキはユミコに身を乗り出す。イスがガタンと音を立てた。一郎は平静を装ってビッグマックとシェイクを交互に食した。
だがその平静もあっけなく崩れることになる。ユミコの口からとんでもない爆弾発言が投下されたのだ。
「マキだよ」
「えっ」
「あたしが好きなのはマキだよ」
一郎は思わず咽せそうになったがなんとか堪えた。バイトの時だってここまでの精神力を発動させたことはない。おっほ、百合キタコレ。随分と手垢のついたフレーズが浮かぶが、キモオタの残骸が残るフリーター男がリアルJK百合でニヤニヤしてたら彼女たちに失礼だ。一郎は少し冷静にマックシェイクを飲んだ。
当のマキはユミコの言ったことを理解できていないらしい。目立たないアイシャドウ(おそらく、先生にバレないようにするための)が塗られたまぶたがパチパチと開閉を繰りかえす。
「ま、またぁー」
そうやって、ようやっと彼女はなんと言うべきかを判断したらしい。
「ダメだよ、ユミコ。いくらケンイチくんと付き合いたくないからって、そんな嘘は――」
「嘘じゃない」
「…………」
「あたしはマキが好き」
「ひゃあ……」
「つきあってくれる?」
ユミコは本気でマキのことを好きらしい。突如訪れた濃厚な百合の香りに一郎は満足していた。それに、今の一郎は端から見れば「やたら美味そうにビッグマックを食う男」なので、人目を気にせずに百合を楽しむことができる。ポイントが高い。
「い、いいよ……つきあっても?」
ユミコの直球ドストレートな物言いに、マキがオーケーを繰り出そうとしたそのときだった。
「だめだよ、おねーちゃん」
百合ップル誕生の瞬間に割りこんできたのは、まだ幼稚園に通っていそうな子供だった。一郎はポテトをつまみながらことの成り行きをそれとなく見守る。
「じぶんが、ほんとうに『れんあいてきないみ』でスキなのかもわからないのに、そのばのノリだけでオッケーをだすのは、あいてをきずつけることになるよ」
こんなガキがいてたまるか、と一郎は思った。今まさに美しく咲き誇るはずの花が、膨れたつぼみが解けようとする一瞬を、あのガキは無惨にも切り取って捨てようとしている。
親はどこだ、と一郎は思ったが、どうやらそれらしい奴はカウンターで注文のまっただ中。店員の胸元には初心者マークがつけられている。研修中の店員が何かトラブルを起こしたのだろう。同じようなバイト戦士の一郎は、ちょっと同情した。
「ありがとう、ボク」
見知らぬ子供にド正論を捻じ込まれたマキが、ゆっくりと口を開いた。
「確かにあたしは、まだユミコのことを友人として好き。でも、折角ユミコがあたしに告白してくれたんだ。どうなるか分からないけど、もしかしたらユミコを傷つけてしまうかもしれないけど、あたしはユミコの好意……好きってキモチに、応えてあげたい!」
その瞬間、彼女たちの近くに座っていた別の客がスタンディングオベーション。それにつられて他の客もスタンディングオベーション。何かよく分からないけれど一郎も波に乗っておいた。
注文を終えて慌ててやってきた子供の母親は、「あんたまた余計なこと言って!」と説教しながら子供をしょっ引いていった。マキは照れくさそうに頭を手に置き、ユミコは顔を真っ赤にして、しかし嬉しそうにして俯いていた。
拍手の波が引き、客たちが席に着いたとき、一郎はスマホでTwitterを開いた。今の出来事を書いて投稿しなければと思ったのだ。
突然のリアル百合供給にネットは盛り上がった。しかし、それは百合だからではなかった。
こんな散々な反応に、一郎は思わず叫びそうになった。
――本当なんだって!