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【短編小説】メリッサと閉ざされた遺跡 3話
突如現れた人物にゴーレムは当然反応を示す。もの凄い勢いでゴーレムが腕を突き出すのと、アカツキが錫杖の先端をコアに向けるのは同時だった。
「アカツキさんっ!」
聞き慣れない音がした。メリッサはこのとき初めて人の骨が砕ける音を聞いた。だが同時に、アカツキの錫杖からはもの凄い量の魔力が放出される。確かにゴーレムのコアは魔力を弾く。魔力をぶつけるだけではコアは砕けない。だが、魔力による圧力となれば話は別だ。メリッサが作ったコアのヒビに、アカツキの魔力がこれでもかと注がれる。ヒビに入り込んだ魔力は膨張し、そして――。
「メリッサ! 目を閉じて!」
コマチの声に、メリッサは従った。コアの破片が飛び散ったのだ。そんなものが目に入れば当然危険だ。暗闇の中で、ごとん、と重いものが落ちていく。恐る恐る目を開いたメリッサが見たものは、稼働を停止したゴーレムと、キラキラと散らばるコアの破片だった。
「……終わったか」
その声にメリッサははっとする。
「ケガはないか?」
左腕を潰されたアカツキに、メリッサはぶんぶんと首を縦に振った。アマテラス名産の土産にああいった民芸品があったような気がする、とアカツキは思った。
「あ、アカツキさんは無事じゃ、ないよねこれ! えっと、えーっと! どうすればいい?」
「……別にいい。このくらい治せる。それよりあっちの、お前のツレが居る方に怪我人がいる。アイツを救助してやってくれ。あれをちゃんと助けてやれば、文句はいわれないと思う。おれも、お前も……」
意識が遠のく。アカツキはこれを知っている。夜が近い。太陽が水平線の奥に頭を隠した瞬間から、アカツキの身体は眠りの体勢に入る。普段なら自分の身を守るために結界を展開しながら眠るのだが、今回は準備が上手くいっていない。無防備に身体を晒すのはこの状況では避けたい。
「ともかく外に出るぞ」
アカツキはそれだけを言うと、メリッサとコマチを置き去りにして階段を登っていった。メリッサは指示通り、ケガをしたと思われる隊員に声をかける。
隊員は「遅い」と吐き捨ててメリッサを睨み、すたすたと階段を上っていってしまった。
「あれだけ元気があるのでしたら、自力で脱出していただきたかったですわね」
コマチの皮肉に、メリッサは三回頷いた。
外はとても暗かった。
遺跡から出てきたメリッサが最初に聞いたのは、誰かが怒鳴る声だった。
「どういうつもりですか! 怪我人の障壁魔術を無理矢理破るなんて!」
メリッサとコマチは顔を見合わせる。あれは確か、アカツキに隊員の救助を押し付けてトンズラした隊長だ。
「そりゃ自分から解いてくれないならそーする他ないだろ、それともなんだ? 魔術の維持ができないくらいまで弱らせるのが正解か?」
「普通は声をかけますよね?」
「ゴーレムが暴れまわる中でそんな悠長なことできない。……ともかくおれは休む。続きは明日の朝にしてくれ」
「待ちなさい! あなた、緊急救助隊の――!」
ふらっと背を向けたアカツキは、呼びかけを完全無視してすたすたと去って行く。隊長は近くに居た隊員に何かを伝えると、明らかにお節介な顔をしてアカツキを追いかけていく。
「メリッサ、わたくしたちも宿を探さないと」
「う、うん。行こう」
とはいえ、宿があるのはアカツキたちが向かった方と反対側……などという都合の良い話はなく、メリッサたちも二人の後を追いかける形になってしまった。空は夜にどっぷりと浸かっていたが照明装置のおかげでそこまで暗くはなかった。
「あれ?」
ほぼ一本道を進んでいたのに、先に行っていた二人の姿がない。この周辺には脇道はなく、あるとすれば坂を越えなければならない(メリッサがハンカチを受け取った場所の近くである)。
「メリッサ、あれ……」
コマチが声をひそめる。
大股で構える隊長の姿があった。事情を知る者がこれを見れば、間違いなくアカツキを探していると分かる、そんな風貌である。メリッサもその場でキョロキョロと辺りを見渡す。アカツキは宿についたのだろうか、と一瞬思ったが、もしもそうだとすればあの隊長が宿に乗り込んでいるのをメリッサたちは目撃していることだろう。
と、その時、隊長はずかずかと藪の向こうへと歩いて行った。メリッサとコマチは顔を見合わせて、隊長の後を追った。彼女が何故、急に藪の奥へと歩を進めたのか。メリッサもコマチもすぐに理解することになる。藪の奥、木陰の下。アカツキはそこに居た。木に体重を預けてぐっすりと眠っている。砕かれた左腕には数枚の札が湿布のようにして貼られていて、自動的に治癒の魔術が展開されているのが見えた。
「なんてところで眠ってるの。さあ起きなさい。言いたいことは山ほどあるのよ」
隊長がアカツキの肩を掴み、ゆさゆさと身体を揺らす。が、アカツキは起きない。「夜の間眠りにつく」という体質は言い換えれば「夜の間は何をされても起きない」という意味だ。そんな事情をこの場に居る者が知るはずもなく、隊長はあからさまに苛つき始めた。アカツキの身体を背後の木に叩きつけてみたり(雪がはらはらと落ちただけだった)、頬を張ってみたりとやりたい放題。しかし起きない。すやすやと気持ちよさそうに眠っている。
いよいよ怒りのボルテージが限界に達した隊長が、アカツキの左腕を見る。頬を張られた痛みで起きない奴も、潰れた腕を思いっきり踏むか何かすれば流石に飛び起きるだろう。立ち上がった隊長がアカツキの左腕に狙いを定めようとしたその時、メリッサは勢いよく飛び出していた。
意図せぬ頭突きが隊長の脇腹にクリーンヒット。思っていたより吹っ飛んだ二人に、コマチは「まあ」の一言で驚きを示す。
「だ、ダメだよ! 今、腕を踏みつけようとしたでしょ! アカツキさん疲れてるんだよ、きっと朝になったら起きるよ!」
「な、なんなのあなたは!」
「あ、あたしはメリッサ!」
「自己紹介を求めてるわけじゃないのよ! どいて!」
「ど、どかないよ! だってどいたら、何するか分かんないもん!」
メリッサが全体重を隊長にかけたそのとき、後からやってきたコマチが優しく声をかけた。
「メリッサ、そのくらいにしてあげましょう。隊長さんも、いくら精霊族を痛めつけたいと思っていても、わたくしとメリッサの目がある中で暴力行為はできないでしょう」
メリッサは素直に「確かに!」と思った。ぱっと飛び退くと、隊長は不機嫌そうな顔で立ち上がり、メリッサをぎろりと睨み付ける。
「大人げないですわね。隊員を見捨てて自分だけ助かろうとする。それが統率者のやることですか?」
「リーダーに要求されるのは最後まで生き残ることよ、素人さん。統率者を失った組織の末路を知らないからそんなことが言えるの」
隊長はコマチに対して嘲笑を繰り出してから、わざとメリッサの脚を蹴って去っていった。
「なんて心が醜い人」
コマチがそう吐き捨てる中、メリッサはアカツキの隣にハンカチを敷いて、そこに座った。
「メリッサ、そんなところにいたら風邪を引きますよ」
「大丈夫。見様見真似だけど賢者の手袋で障壁魔術のおうちを作ったの。これなら風はしのげると思う。こまっちゃんも入れるよ」
まぁ、とコマチは感嘆の声を上げる。言われて気がついたがメリッサは確かに障壁魔術で簡単な小屋(というより直方体の部屋)を作っていた。当然暖房はなく、ただ寒風を防げるというだけの作りだ。
「こまっちゃんは宿に行ってもいいんだよ?」
「メリッサを置いていきたくありませんから」
コマチはそう言って、メリッサにぴったりくっついた。
地平の際から太陽が顔を出すのと同時に、アカツキは目を開いた。時間がなさ過ぎて慌てて隊長を撒いて、こうして藪の奥の木陰で寝る羽目になったわけだが……。
昨日砕けた左腕は魔術を閉じ込めた札のおかげで完治していたし、手の開閉を繰り返しても異常はなさそうだ。
「おはようございます」
腕の調子を見ていると、隣から声がした。
「夜と同時に眠り、朝と同時に起きる。本当でしたのね」
コマチの口調は丁寧ではあるが、やはりどこかにトゲがある。アカツキはそのトゲを無視して会話に乗った。最悪、二人の間ですやすやと眠っているメリッサを叩き起こせば早いからだ。
「嘘だと思ってたのか?」
「ええ。少しだけ。精霊族は嘘つきが多いものですから」
「アマテラス人も性格悪いやつが多いよな」
朝の清涼な空気に似合わない険悪ムードが見事に淀む。お互いにお互いの方を向こうともしない。
「で、上手くいったか?」
「ええ。ですが、あの隊長は相当おかんむりでしたよ」
「知らん。おれには関係ない」
「あなたの左腕を踏み抜いて起こす気でいたのに?」
「……その割には随分と綺麗にくっついたな」
アカツキはもう一度自分の腕を確認する。いくら治癒の魔術中でも別の衝撃が加われば骨が違う付き方をしたり不具合が生じる。見たところ異常はなさそうだが。
「メリッサが止めたのですよ。身体を張って」
アカツキはメリッサの方を見た。ふにゃふにゃ動く口元が「そんなにたべられないってばー」と動く。随分とおちゃらけた夢を見ているらしい。
「それよりも……こいつ、何でおれの隣で寝てるんだ?」
「あなたのことを、随分と心配していましたから」
ふう、とアカツキはため息をついた。こんなクソ寒い中で一夜を過ごすなんて、例え風よけの障壁魔術があったとしても危険極まりない。メリッサが設置したお粗末な障壁魔術を指先で簡単に解除したアカツキは、再度似たような魔術を展開する。
「それで死んでりゃ世話ねぇぞ、世話係」
「わたくしはメリッサの世話係ではありませんわ。友人です」
「……そうか。そうだよな」
アカツキはメリッサの額に指を添えて、軽く魔術をかけた。
「ふぇ!?」
急に身体がぽかぽかしたのを感じ取ったのだろう。飛び起きたメリッサの第一声は「風邪引いちゃったかも!」だった。
「逆だ逆! 寒さで弱った身体を活性化させただけだっての!」
コマチから冷ややかな目を向けられたアカツキは、「ほら!」と言ってメリッサの手を握る。過剰に供給されていたらしい魔力が落ち着き、メリッサの身体にへばりついていた心地よい熱が引いていく。
「ほんとだ。なんか元気かも……って、それよりアカツキさん、腕は大丈夫なの?」
「治癒の魔術は得意中の得意だ」
メリッサはほっと息をついた。
「それで? お前らこれからどーすんの?」アカツキは遺跡の方を顎で示しながら続けた。「あっちはしばらくすったもんだだぞ」
「うーん。別の遺跡を調査した方がいいかもしれないよね」
「そうですね。わたくし、個人的にあの隊長とは二度と会いたくありませんもの」
方針が決まった。メリッサは大きく頷くと、アカツキの方を見た。
「アカツキさんは?」
「おれ? おれは、まぁ好き勝手やらせてもらうよ。一段落ついたら商業都市に戻る」
「商業都市かぁ。兄さ……あたしの知り合いのノアもそこの近くにいるんだよねー」
もうそのごまかしは意味がないのでは、とコマチは思ったがあえて何も言わなかった。
空が白くなる。木の上に太陽が覗き、夜が完全な朝に塗り変わる。アカツキが障壁魔術を解除し、コマチも気配に気づく。メリッサだけがキョロキョロと「どうしたの?」という雰囲気を醸し出す。
「朝から嫌なお客様ですわね」
「まったくだ」
「え? え?」
「メリッサ、走れますか?」
「う、うん。走れるけど……」
その時だった。
「いたぞ!! 遺跡調査を邪魔した不届き者三名!」
まだ事態を飲み込めていないメリッサも、その声で合点がいった。三人は同時に走り出す。少し遅れて背後の集団も走り出す音がしたが、アカツキが不規則に結界を展開し相手を妨害しているのだろう。結構な衝撃音と、「ぐえ」「ふぎゃ」という鈍い断末魔が聞こえてくる。
「アカツキさん! 色々ありがと!」
道を走りながらメリッサが告げる。朝にかけてもらった魔術のおかげでスタミナが随分と溢れている。
「……『さん』はやめてくれ。呼び捨てでいい」
「えー!」
「お前のにーちゃんはそれですぐに呼び方変えてくれたぞー?」
兄を引き合いに出されると反抗心が一気にしぼんでいくような気がする。その様子を見たコマチが隣でクスクスと笑っている。
「……じゃあ、ちゃんとした名前教えて」
しかしタダでは転ばないメリッサ。コマチが「まあ」と呟いたのがアカツキにも聞こえていたが、メリッサの言う「ちゃんとした名前」の意味が分からない。困惑するアカツキを見て、メリッサは補足を投げた。
「精霊族が信頼できる人に教えてくれるっていうすごい名前」
「あー、加護のことか?」
「そう、それ! でも教えてくれないなら教えてくれないでもいいよ、兄さんに聞くから」
そりゃ禁じ手だろ、とアカツキは思ったが言わなかった。
「どーかなー。信頼できるかって言われるとビミョーなんだよなー」
「えーっ! なんで!?」
分かりやすい。本当に分かりやすい反応だ。兄の素直な部分をもっと煮詰めた、もっと純粋な心の持ち主。
「……まぁ、夜の借りは返さないとならないからな」
金属が鳴った。
朝日を受けてより強烈な輝きを放つ黄金の錫杖。何もそこまで、と思ったメリッサだったがその考えはすぐに覆る。例の隊長だ。彼女は気が狂ったのかなんなのか、魔術装置を組んで即席の車を作ったようだ。
メリッサは生唾を飲み込んだ。このまま普通に走っているだけではすぐに追いつかれてしまうだろう。距離が縮まっているのが分かる。徐々に徐々に、姿が鮮明になっていく。
「後ろの連中はおれに任せて、お前らは先に行け」
「え? でもそれだとアカツキさんが……」
「炎と光の加護を受け、始まりを司る精霊――アカツキ、だろ? 呼び捨てはやめろって」
大地を蹴っていた脚がより強く土を抉る。空中で体勢を整えたアカツキは、血眼の隊長と相対する。
「ほら、さっさと走った走った! 追いつかれても知らねーぞ!」
「…………」
あんまりにもすんなりとした名乗りにメリッサは反応できなかった。
「アカツキ、っ、ありがとー! またねー!」
ただ、お礼の言葉を叫ぶので手一杯だった。
「おう! お前らも元気でな!」
アカツキが笑う。
メリッサはおもわず、コマチの脇腹を肘で優しくつついた。
精霊族に憎悪を抱く女剣士は、メリッサに促されてようやっと小さく頭を下げる。その様子を見てアカツキの口元は僅かに緩んだ。
「こまっちゃん! 次はどこに行こうか!」
「メリッサの行きたいところで構いませんわよ」
「じゃあ、こっち!」
分かれ道を右へと走る。
遠くで何か重たいものが思いっきり障壁魔術にぶち当たる音がした。
事故の衝撃で気を失っている隊長を一応縄で縛り、アカツキは息をついた。車の衝撃程度でブチ破れるほどアカツキの結界はヤワではない。それも逃走中に入念な準備をしておいた特別製の術式なら尚更。
この調子ならこのままアカツキが適当なところに逃げたとしても、あの二人は普通に逃げ切れるだろう。
……今回はなんとかなった。出会いも何もかもが偶然とはいえ、恩人の妹を死なせるようなことにならなくてよかったとアカツキは息をつく。気がかりなことといえば、彼女たちが戦闘初心者であることだろう。それに――。
コマチとの会話が、脳裏をよぎる。
――精霊族に親でも殺されたのか?
――ええ。
「……まさか、な」
冬の風が、火照るアカツキの身体を吹き抜けていった。
メリッサと閉ざされた遺跡 完
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