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匿名掲示板はなぜSNSに敗れたのか?

平成の終わりとともに、インターネット上のコミュニケーションは大きな変革期を迎えた。かつて匿名掲示板を賑わせていた「名無しさん」という曖昧な連帯感は影を潜め、SNSにおける個人の明確な人格の表出と交流が主流となったのだ。人々はネット上でも、自分らしさを追求することに目覚めたのである。

SNSが匿名掲示板を駆逐できた理由は明白だ。SNSは匿名掲示板では得られなかった無制限の”承認”と”賞賛”を人々に提供したからである

匿名掲示板では、匿名ゆえに実績が積み上げることが出来ずに、いくら毎日のように面白い書き込みをしても、個人個人が注目され評価されることはなかった。匿名掲示板での名誉は一期一会なものだったのだ

中には”固定ハンドル”(通称コテハン)と呼ばれる名前を持つ者たちもいたが、彼らの多くは自己主張の激しいイタイ奴として、匿名から叩かれる所為”いじられキャラ”的なものが多かった。「出る杭は打たれる」文化が強くあった匿名掲示板において、目立とうとする人間は徹底的に排除されたのである。もちろん優秀は人間ほど、その空気を理解していたため、匿名掲示板上で出過ぎたマネはしなかった。

しかしSNSは違った。SNSは参加者全員にアカウント名という名前と、アイコンという顔を与えたのである。それによって引き起こされたのが、横並びで会った”名無しさん”たちの分断である。名無しさんとして溶け合っていた匿名掲示板ユーザーたちは、名前を顔を得て現実社会のように個々が切り離され、それによって個々の個性や能力の違いが露わになったのである。

人々を魅了し承認と賞賛のシャワーを浴びるごく一握りの成功者と、価値観や趣味を共有する仲間と楽しくコミュニケーションを楽しむ一般人たち、そしてコミュ力や能力に恵まれずに誰からも相手にされずに孤立する弱者。相互監視と出る杭は打たれる文化によって、人気者はもいなければ敗北者もいなかった共産主義の新大陸に、勝者と敗者が明確に切り分けられる資本主義という黒船が乗り込んで来たのである。

さらにSNSという黒船が破壊したものは横並び文化だけではなかった。それが”嫌儲主義”である。ネットでマネタイズが盛んに叫ばれている令和日本ではもはや想像も出来ないが、平成中期のインターネット世界ではネットで儲けることはご法度とされていた。お金が儲からないにもかかわらず面白いことをする奴が立派、という価値観が蔓延していたのである。人気サイトがアフィリエイトに手を出しただけで「卑しい」と匿名掲示板界隈から袋叩きにされる、などということは日常茶飯事であった。

そのため、人気のウェブサイトを運営する人間たちのほとんどが仕事をしながら趣味でサイトを運営している人間ばかりであった。だからこそネットには情熱を感じされる個人のウェブサイトが大量に存在した。今のような小綺麗さとは無縁の武骨なサイトが多かったが、情報の質と量については今よりも優れていた界隈も多かったように感じる。しかしながら、どれだけ優れた専門的な情報をシェアしたとしても、どれだけ大きなコミュニティを運営したとしても、彼らの手元に入るお金は極々わずかなものであった。

まとめサイトという匿名掲示板のレスをまとめて広告収入を稼ぐスタイルが出始めた頃から、少しずつこの嫌儲主義は精鋭化していき、その勢力を低下させていったが、それに止めを刺したのがYoutuberの出現である。Youtubeの動画広告収入のスタートと、ツイッターなどのSNSの隆盛と重なり、ネットで人気者になってお金を稼ぐことが急速に一般化していったのだ。長年続いてきたインターネット嫌儲主義が駆逐されたのである。

これまではインターネット匿名社会の「出る杭は打たれる」「嫌儲主義」の空気に合わせていた能力の高いクリエイターやライターたちは、このSNS資本主義の登場を機に一気に匿名世界からSNS世界へ移動した。クリエイターやインフルエンサーになれる能力を持った人間にとっては、自分の能力を活かせず稼げず、それどころか目立つな!と叩いてくる匿名世界よりも、バチバチに全力で戦えるSNS社会の方が居心地が良いし得だったのだ。

こうして出る杭を打ち続けた匿名掲示板や、クリエイターに稼ぐ道を示せなかった動画サイトや配信サイトなどは、勢力を急速に失っていったのである。そして何者かである人と、それらの取り巻きを失った匿名掲示板世界は、過疎化が進む地方都市のように活気を失い、界隈によってはポストアポカリプス世界のような無法地帯となっていったのである。そしてそれに嫌気がさしたまともな人ほど、インターネット匿名世界からどんどん離れていくこととなった。

匿名だったころのインターネットは、現実社会の弱者にとって居心地の良い環境だったはずだ。能力による格差が生まれにくく、お手軽に帰属意識を得ることができ、自分の居場所を見出しやすい。目立つ生意気な奴はみんなで叩いてわからせればよかった。しかしSNSはそうはいかない。面白いか面白くないか、カッコいいかカッコ悪いか、役に立つか立たないか、フォロワー数が多いのか少ないのか……一目で個々の能力が見抜かれ、つまらない奴、面倒な奴、ヤベェ奴と判断されれば、ボタン一つでミュートやブロックされてしまう。そしてインターネット世界の一人叫びおじさんに成り下がってしまうのだ

SNS社会で透明化される弱者たち。しかしSNSには彼らの存在をサーモグラフィースコープでしっかり捉えている者たちがいる。弱者を救うためではない。狩るためだ。彼らの名は……

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