見出し画像

奢り奢られ論争:人類編

ツイッターの一部界隈で繰り返される論争がある。それが奢り奢られ論争だ。

奢り奢られ論争とは男が女に奢ることの是非を巡る論争である。男女平等が叫ばれる昨今の日本で、男側は『今の時代、女でも稼いでるんだから男が奢るのが当たり前なのはおかしい』『財布は男頼りのままなのに態度だけは男女平等じゃねーか』と男側は怒り、女側は『男と違って女は化粧やファッションに時間とお金をかけてるんだから奢って貰うのは当然』『男のくせに飯すら奢らないとか情けない』と怒る。この不毛な口論が永遠と繰り返されているのだ。

すでに結婚している男女や、割り勘が当たり前の若い男女は、この不毛な議論に対してやや白けた視線を向けているのが現実だ。しかし、この一見くだらない、いかにもツイッターらしい議論が、実は人類による社会の構築に非常に重要な議論であることが判明したのである。

奢り奢られ論争は実は人類を進化された『贈与』と『貸し借り』、それによって生み出される『格差』に深くつながるテーマであったのだ。

東京大学大学院総合文化研究科の金子邦彦東京大学名誉教授と板尾健司 博士課程大学院生(当時)は、贈与の相互作用によって様々な社会構造が組織されうることを理論的に明らかにしました。本研究では、文化人類学で議論されてきた競覇的な贈与(注1)による人々の相互作用を数理モデルで表現し、贈与に対するお返しとして適切な利率と贈与の頻度という二つのパラメータが大きくなるにつれて、社会構造が血縁関係に基づくバンド、同胞意識により連帯する部族、社会階層分化が進んだ首長制社会、安定的な王室を持つ王国の順に遷移することを発見しました。

【研究成果】贈り物の交換による地位の競争と社会構造の変化

東大の金子教授は人類が贈与とそれに対する返礼、つまり貸し借りによる人間関係が様々な社会構造を組織することを理論的に明らかにしたのである。つまり、奢り奢られ論争は人類社会の根幹にかかわる内容だったのである。

贈与の相互作用の模式図

人が誰かに何かを贈与した場合、受け取った側がそれに対等、タイムラグがある場合は利子を付けた分の返礼をすればお互い対等な関係を結ぶことができる。しかし、贈与された側が返礼をできない場合、2人の間には主従関係といった強弱が生まれる。

そして、この贈与による貸し借りが、人間社会に格差や地位、名誉などの関係性を生み出し、社会が構築されてきたのである。つまりは、人類社会の基本的な構造は『贈与』によって作られてきたというのである。

贈与は人間関係の格付けを行う効果を持っている。それをわかりやすく示したものが『ポトラッチ』という祭りである。北米西海岸の先住民が行っていたこの祭りでは、ざっくり言えば二つの部族がホスト側と客人側に分かれ、お互いが競って様々な贈り物を贈与しあう祭りである。

一見するとお互いの部族の親睦を深めるレクリエーションのように感じるが、その内実はもっとシビアなものであった。相手の部族からの贈り物に十分な返礼が出来ない場合、返礼が出来ない側の部族が相手よりも低い立場に立たされ名誉を失ってしまう。ポトラッチで行われる贈り物の応酬は、貸し借りの押し付け合い、格付け合戦なのであった。

ポトラッチは極端な例だが、現代の人間関係においても貸し借りによる上下関係は様々なところで見られる。反社会的組織の人間は、他者に強引に何かをプレゼントしたり食事を振舞ったりする。彼らはまさに贈与という力を使い貸し借りを生み出し、相手が自分に従わなければならない立場に追い込んでいくのである。

奢り奢られ論争ではしばしば奢らされる側が弱くて損で、奢られる側が強くて得だ、という文脈で語られることが多いが、本来の人類における常識では奢る側が強く、奢られる側は弱いことが基本なのだ。

贈与における貸し借りが対等であった人々の関係の中に上下を生み出し、それがどんどん膨れ上がっていくことで産まれるものがある。それが部族や街、そして国だ。

東大教授たちによる発表では、最も小さな贈与による人間関係がバンドと呼ばれていた。バンドとはつまり家族だ。そう、家族の関係の贈与によって生み出されてきたのである。

男性が生きていくための食糧を狩猟により獲得しそれを女性へ贈与し、女性は子供を産み育てることで返礼する。そうして次世代にバトンを繋いできたのが人類の歴史なのである。

しかし、その最も小さな贈与による人間関係がどうして令和日本ではここまで崩れてしまったのであろうか?それはズバリ……

ここから先は

1,062字

¥ 250

サポート頂けるとnote更新の励みになります!いつもサポートしてくださっている皆様には大変感謝しています。頑張っていきますので、どうかよろしくお願いいたします!